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霊ノ謳  作者: しろくろあめ
第7章 極悪霊

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第89話 邂逅

琴葉(ことは)気づいてるか?」

「……え?」


 にじりよってくる新たな悪霊を睨みつけながら告げた劉兎(りゅうと)に、琴葉(ことは)は倒れた仁志(ひとし)を治しながら困惑の声を上げる。

 

 金属音を立てながら刀を構えた劉兎は、二人を守るように立ち塞がっていた。

 

「俺の刀、()()()()()()()()()()。理由はわからない、霊器(れいき)に認められたか、はたまた黒い霊力が妨げていたのか」


 劉兎の言葉を聞き、初めて視線を刀に移す。

 

 入会当初は通常とは少し短かった劉兎の刀だが、今現在霊器(れいき)から伸びている刀身は通常の長さだった。

 

「今の俺には黒い霊力がない。つまり漆黒の怒槌(大技)は放てない」

「いいことばかりじゃ……ないんですね」


 全身から琥珀色の霊力を放ち、纏っていく。

 黒い霊力との混じり気のない純粋な琥珀色は、闇夜を強く照らしていた。

 

 不安そうに見つめる琴葉に対し、少しだけ視線を背後に移して気づいた劉兎は、咄嗟に口角を上げた。


「アイツは、一体なんなんでしょうか」

「分からない……でも、俺から言えることはひとつ」


 ゆらゆらと歩いてくる悪霊。

 

 逆立った紫色の髪の毛が月の光に照らされている。全身に纏われた黒い霊力がコートのようになり、漆黒の瞳が強く劉兎を見据えていた。


「アイツはさっきのトンネルの悪霊じゃない。全く別で、さらに強い何かだ!」

「いい分析だ。でも――それ無駄だよ」


 刹那、悪霊を起点に繰り出される突風に、劉兎は防御の体勢を取る。

 

 数秒劉兎の身体を突き抜けた突風は、再び身体に傷をつけた。

 

 琴葉と仁志に下がるように命令しながら、攻撃を受けきった劉兎は悪霊を睨み返す。


「なんだ、お前」

「俺は極悪霊(ごくあくりょう)のオツ。お前を殺すように頼まれたんだ」

「そうか、ご大層にどうも」


 オツと名乗った悪霊は、不敵な笑みを浮かばせながらも地を蹴る。

 溢れんばかりの黒い霊力で強化された肉体は、瞬く間に劉兎に肉薄し、拳を繰り出した。

 

 即座に腕で防いだ劉兎だったが、直後聞こえた破裂音に劉兎の身体が背後に飛ぶ。

 

 下がっていた琴葉達を飛び越し、地面に激突を繰り返しながら塀に激突した劉兎はそのまま項垂れた。


「あれあれ? そんなもんかい?」


 琴葉達を無視し、ゆっくり劉兎へと歩みを進めるオツを見て、咄嗟に立ち上がる琴葉。

 

 ナイフを創造し、オツに向かって繰り出すものの、オツはノールックで琴葉に掌を向ける。突然現れた不可視の壁がナイフを阻んだ。


「キミには用がないなぁ」

「なに……これッ!」


 ナイフは壁に深々と刺さる。まるで弾性を持っているかのようにナイフを包み込んだ不可視の壁は、途端に跳ね返ると琴葉を弾き飛ばした。

 

 その後も飛ばされる琴葉を後押しするように絶え間なく壁を生成したオツにより、成す術なくトンネル横の壁に叩きつけられてしまった。


「て……めぇ!」

「手負いのキミにはもっと興味がない」


 壁に叩きつけられた琴葉を目で追っていた仁志は、満身創痍の身体を押して立ち上がると即座にオツを攻撃せんと創造を始める。

 

 しかし、オツは心底興味なさげに振舞いながらノールックで仁志の腹に手を翳すと、仁志の創造よりも早く衝撃波を繰り出し、山の土留になっているコンクリートの壁に打ち付けられた。


「あとは任せたよ、バラクラバ君」

「あいあい」


 壁に打ち付けられ、意識が散漫としている中、何とか正気を保った仁志が両手で地面を着く。

 

 すぐさま立ち上がろうと顔を上げた最中、仁志の視線はいつの間にか現れたオツの横の人物に釘付けになった。

 

 バラクラバと呼ばれたその男は、くすくすと笑いながら仁志に迫ると、呆けてるのをいいことに足で踏みつけて見せる。

 

 肺から空気が一斉に抜ける中、無理矢理蠢いて拘束から抜け出し、立ち上がりざまに対峙する。


 

 月明かりが雲の切れ間から漏れ、辺りを照らしていく。


 

 仁志達も例外ではなく、全員が平等に月明かりに照らされ、露わになったバラクラバの姿に仁志の思考が止まった。


「え……アニキ?」


 仁志の前で拳を構え、悪辣な笑みを浮かべているバラクラバと他称されたその悪霊は、嘗ての兄貴分、(りゅう)にそっくりな見た目をしていた。

 

 顔はもちろん、悪霊退散会でも一握りの者しか知り得ない、タオルに隠されていた蒼い髪の毛まで忠実に再現されている姿に、仁志は絶句する。

 

 全身に走る痛みなど気にすることができない程困惑に苛まれ、口内の唾液が急速に乾いていく。

 

 息が早く、荒くなり、目の前の事実が受け止め切れない仁志だったが、現実は非情である。

 

 笑みを貼り付けたままゆらりと迫るバラクラバは、仁志の気持ちを他所にその拳を突き刺した。


「おいおい、なんでそんな面ぁしてんだ?」


 繰り出された拳は容易に仁志の肉を突き破り、出血させる。

 

 遅れて痛みに気付き、咄嗟に腕を掴むがもう遅い。既に直撃している拳により絶え間ない出血が地面を濡らし、瞬く間に血の気を引かせる。

 

 困惑は続き、何が起きたのか理解できるほどの脳のキャパシティが無い中、仁志は苦し紛れに口を開いた。言葉を紡いで気を紛らわそうとしたのだ。


「アンタは……」

「仁志君!」


 けれどもその言葉は最後まで紡がれることは無かった。

 割り込むようにナイフを構えた琴葉が突撃し、空中を回転しながらバラクラバに迫りくる。


「しっかりして! コイツは、竜さんじゃない!」


 琴葉の振るうナイフを簡単に避け、バックステップで距離を取るバラクラバ。

 

 カウンターと言わんばかりに両手を翳すと、肉薄を試みる琴葉に向かって謎の爆発が放出される。

 

 反射的にバク転した琴葉は間一髪で難を逃れ、着地と共に弓を構えるとそのまま番えて矢を射った。

 

 ところがバラクラバはそれすらも予測していたと言わんばかりの速度で躱し、爆発的な速度で琴葉に肉薄、流れる様に膝を入れ、くの字に曲げたまま殴り飛ばした。

 

 仁志にすれ違うように土留の壁に激突し、力なく倒れる琴葉。それでも仁志は何とか立ち上がった。


「何やってんだよ! アニキ!」


 ゆらゆらと歩み寄るバラクラバは笑みを崩さない。

 仁志からの慟哭を受けながらも、一切返答せずに眼前に仁王立ちして見せた。


「アニキ……? お前、何か勘違いしているだろ? オレは胡堂(こどう) 竜じゃない……バラクラバの零番『ノイ』だ!」


 叫ぶように告げたノイは、衝動のままに全身に纏っていたコートのような黒い霊力を手で捲る。


 

 捲られた先にあったのは、激しく鳴動する人間の心臓だった。


「ま……まさか……!」

「そのまさかさ!」


 目の前に現れた奇妙な光景に、困惑は最高潮に達し、仁志の脳内に様々な憶測が流れる。

 

 そんな仁志を嘲笑うかのように、ノイはまるで自身が竜であると言わんばかりに正拳突きの構えを取り、防御など待たず、間断なく繰り出した。

 

 寸刻、繰り出された拳は黒い霊力を孕んだ衝撃波を放ち、仁志を通り越して背後にあるトンネルを半壊させた。

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