第88話 突風
「おやおや、まだ動くのかい?」
ボロボロの身体を押し、無理やり立ち上がった仁志。
手に創造した片手剣を構えると、静かに脚に力を入れていく。
その眼前には、仁志を嘲るように両手を広げ、ケタケタと嗤っている紅い人型が一つ。
力を入れた脚で地を蹴ろうとした刹那、人型の背後から飛んできた目玉に視線を奪われた。
「まあ、時間の問題だと思うケド」
不敵な笑みを浮かべ、手で口を覆った人型。追い越すように飛んできた目玉は無数に増幅し、仁志に様々な攻撃を与えていく。
爆散し鉄の破片を飛ばすもの、光線を出し貫こうとするもの、単純に体当たりをするもの、攻撃方法は多種多様だった。
迫りくる攻撃に対し、仁志は虚ろな眼でそれを見つめている。
上の空な仁志の頭の中には、ある思いだけが流れていた。
(オレは、オレの意志で一人になりに行ったんだ)
片手剣を強く握りしめる。
(でも別に、孤立したかったわけじゃない。オレだって、組織で戦うことの意味は分かってた、アニキに教えられていたはずなんだ)
仁志の全身から蒼い霊力が繰り出され、迫る攻撃の第一波を弾き落した。
しかし、目玉達は怯むことなどなく第二波を繰り出していく。
霊力の出力が増し、奥歯が強く噛みしめられる。
瞬間、仁志の瞳が強く光った。
「オレは、馬鹿だった! 馬鹿なガキだった!」
「なにッ!?」
迫る目玉を片手剣で弾き落し、人型に向かって駆けだしていく。
目玉達を反射する光線を刀身で弾き飛ばし、体当たりを目論む目玉を跳び避け、爆散する目玉を斬り飛ばす。
全身を霊力で強化された仁志は迷うことなく一直線に走り、その姿を見た人型は慄くように一歩下がった。
「逃がさねえよ! お前が本体だろうが!」
「く……来るな!」
迫る目玉を斬り飛ばし、目の前で爆散した破片が身体に刺さることすら厭わずその脚は強く前進していく。
慌てた様子で目玉を眼前に敷き詰めて壁を作る人型だったが、仁志は迷わずその目玉の壁を殴り壊し、人型への道を切り拓いた。
間髪入れずに繰り出された剣が人型の首を捉え、斬り飛ばす。
勢いのままにその場に倒れ、転がる仁志と共に、首を失くした人型は地面に叩きつけられた。
「ハァ……ハァ……クッソ……」
霊力は霧散し、片手剣も霊力に変わっていく。
今の一瞬に全力を使った仁志は、敵を斬ったことによる安堵で起き上がれずにいた。
なんとか腕を使って立ち上がろうとするも、疲労困憊の身体は言うことを聞かない。
それでも起き上がろうと試みる仁志の視線に、斬り落とされた人型の頭が映る。
人型は、不敵な笑みを貼りつけたままだった。
「言ったろう、こんなところに核を隠すわけないだろう」
「……マジかよ」
その言葉と共に、地面に溶けだした人型。液状化した肉体は、まるでスライムのような粘性を持って仁志に迫っていく。
赤黒い粘性の高い液体は、仁志を食おうとその口を開けた。
歯を食いしばり、何とか立ち上がろうとするも、もちろん動けはしない。
目の前に迫る死に、仁志の思考は冷めていくばかり。
「死にたくねえ……よ」
絞り出したように呟いた言葉は、トンネル内に響き渡る人型の笑い声にかき消される。
熱くなる瞼に視界が揺れていく、死は目前に迫っていた。
まとわりつく液体に、仁志は諦観から目を閉じる。
「『迅』」
仁志にまとわりついていた液体がゆっくりと沈んでいく。
聞き覚えのある淡々とした声に、恐る恐る目を開くと、そこには液体化した人型を斬り飛ばした劉兎が立っていた。
「ははは……遅いご登場で」
「何言ってんだ、この程度の相手に時間掛けやがって」
仁志の軽口を一蹴する劉兎。
すぐさま迫る目玉達を刀で斬り飛ばし、ナイフを創造すると天井に投げつけた。
ナイフが天井に刺さるや否や、断末魔が聴こえて人型が落ちてくる。
「敵の核は物の中心とは限らない、一つとも限らない、よく観察しろ」
仁志の理解をよそに、地面に落ちた人型は霧散を開始していた。
同じく仁志を襲っていた筈の液体も霧散を開始していて、劉兎の背中をただ見つめるだけに落ちる。
しかし倒れている仁志には見えていた。地面に沈んでいくもう一つの人型が。
「劉兎さ――!」
「ッ!」
仁志が呼ぶよりも早く跳び出した劉兎。
最低限の霊力強化だったものの、その速度はとてつもなく、沈んでいく人型を地面ごと抉る様に刀で叩きつける。
しかし間一髪地面に浸透した人型は難を逃れたようで、舌打ちをした劉兎が再び地面を蹴った。
「仁志、よく見とけ」
吐き捨てながら仁志を跳び越えた劉兎は、そのままトンネルの側面を駆けあがって天井に刀を叩きつける。
割れる天井と共に、悲鳴を上げた人型は地面に落ちて再度溶けていく。
けれどもそれを許さないと言わんばかりに地面に着地した劉兎は、迷いなくその手を地面に突っ込んだ。
そんな中、劉兎の背後には無数の目玉が迫りくる。
「危ない!」
「いいや、そこはあいつの領域だよ」
目玉には目もくれず、危険を知らせる仁志には反応すらしない劉兎はそのまま腕を突っ込み人型を掴む。
寸前まで迫っていた目玉は今にでも爆発せんと光り始めていたが、それよりも早く到達したのは桜色の矢。
まるでトンネルを一掃するように繰り出されたその矢は、劉兎に迫っていた目玉全てを貫く。
爆発してく目玉達を背に、劉兎は人型を引っこ抜き、刀を刺して絶命させた。
「……仁志、腑抜けてんのはどっちだ?」
振り返る劉兎、その手には肉片となった人型が霧散途中で握られていた。
目玉達は一掃されたのもあって再出現されることも無く、黒い霊力による圧力も鳴りを潜めていく。
震えるだけの仁志に、駆け寄った琴葉が治療を施し始めていた。
「別にお前が一人で強くなろうとしてんのは勝手だ、でもな、一人じゃ限界ってのがあるんだよ」
静かな足取りで歩いて来た劉兎は、優しい声色で語りかけ、仁志の前でしゃがむ。
段々と傷と疲労が癒されていく仁志は、ゆっくり起き上がると胡坐をかいて劉兎を見た。
「すみませんでした……オレは……オレは……」
「大丈夫だ、お前も大変だったんだろ」
今にでも泣きそうになっている仁志に対し、劉兎は優しく抱きしめる。
「だから、できる事を極めて、できなことはとりあえず俺らに任せてくれよ」
ハッとする仁志。
抱擁から離されたことにより見えた劉兎の顔が、かつての竜を彷彿させて涙を流させる。
「へえ……強いじゃんキミ」
「なっ!」
そんな仁志の気持ちを足蹴にするように、劉兎の背後から聴こえた声。
咄嗟に振り返った劉兎だったが、突然吹き荒れる突風が三人を吹き飛ばす。
トンネルの外にまで飛ばされた三人。盾になった劉兎の身体には無数の切り傷が入っていた。
「琴葉……仁志を連れて離れろ」
「そんな、でも劉兎さんは――」
「早く!」
琴葉の返答を食い気味に遮る劉兎。
事の重大さを察した琴葉が仁志を担ぎ上げる中、三人を吹き飛ばした人影もトンネルの外に現れていた。
華奢な身体つきに反し、全身が黒い霊力で覆われている。
霊の歌を彷彿させるような見た目と、逆立つ紫色の髪の毛が特徴的なその男は、ニヤリと口角を上げた。




