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霊ノ謳  作者: しろくろあめ
第7章 極悪霊

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第87話 荒療治

「ぐっ! 一体なんだ!」


 無防備な背中に爆破を喰らい、前方に転がった仁志(ひとし)は、すかさず片手剣を創造する。


 転がりざまに振り向いて構えなおすものの、まるでその動きを読んでいるかのように天井から降ってきた目玉が誘爆し、手に持った片手剣を簡単に壊してみせた。

 

 刹那、爆風の中から飛び出した赤黒い腕が身体に付着し、仁志を地面に押し倒すと同時に爪を針に変えて地面と縫い合わせる。

 

 身動きが取れなくなった仁志を嘲笑うかのように、斬られたはずの首が元通りになった赤黒い人型悪霊が姿を現した。


「てめぇッ!」

「こんな分かりやすいところに核なんて隠すわけないだろう」


 嘲るように吐き捨てた人型は、液状化して地面に浸透していく。

 

 身じろぎ抜け出そうとする仁志だったが、矢庭に腕が動き出し、貫いている身体ごと天井や壁に這いずり回っていく。


「お前はまんまと罠にハマった、愚かな男さ! このままミンチにしてやるよ!」

「くっそ! ふざけやがって!」


 抵抗するにもとてつもない力に引っ張られ、全身を強く地面や天井に打っていく。

 

 身体中から出血をし始めた仁志の肉体は、精神的にも肉体的にも悲鳴を上げ始めていた。


(何でオレがこんな目に! 何で、何で!)


 必死に腹部を貫く腕を引き抜こうと試みるも、腕の力は一切落ちることは無い。

 

 全身から噴き出していた蒼色の霊力は既に鳴りを潜めていて、今やトンネル内に響くのは悪霊の狂笑だけである。


(何でこうなった! アニキなら、アニキならもっと上手く――)


 歯ぎしりが鳴るほど強く食いしばり、再び霊力を練り始める。

 しかし這いずる痛みが邪魔をして上手く思考が纏まらない。

 

 次第に仁志の心にはネガティブな思いが募っていく。

 

 なぜこうなったのか、自分は弱いのか、そして行き着く先は――


「アニキ!」


 叫ぶように(りゅう)を呼ぶが、その音は風の音に遮られてしまう。

 

 もちろん竜は居ない、呼んだところで現れることも無い、そんなことは分かっていた。それでも、ほとんど無意識に仁志は叫んでしまっていた。

 

 同時に、天井に強く頭を打った仁志は意識を落とす。



 


「やっぱりアニキは凄いな!」

「……何が?」


 ある日の昼下がり、竜に稽古をつけてもらっていた仁志は突然竜を称える。

 

 全身に打撲痕を作り、草原に寝っ転がり肩で息をする仁志に対し、竜は汗一つ垂らさず涼し気にペットボトルの水を飲んでいた。


「だって強すぎじゃないかよ、オレマジで一生勝てる気がしない! アニキが居れば、悪霊退散会あくりょうたいさんかいは安泰だろ!」

「……そんなことはねーぞ」

「え?」


 倒されながらも笑顔で話す仁志を見て、竜は少しだけ訝し気にその顔を見つめる。

 

 まさか否定されるなどと思ってもいなかった仁志は目を丸くした。


「オレ一人居たって、できる事なんて数知れてるよ。それに、オレから見たらお前の方がうらやましいね」

「うらやましい? 何が?」

「才能に溢れてて」

「才能ぅ? オレがぁ?」


 冗談めかしく微笑みつつ、息を整えて身体を起こす。

 

 へらへら笑う仁志を横目に、竜は未だに真剣な目つきのままだった。


「じゃあ聞くが、お前とオレの違いはなんだ? 長所は、短所は?」

「オレとアニキの違い? そんなの、実践の有無じゃねぇの?」

「違う、それは単なる経験だろう。そんなどうにか補填できるものの話をしてるわけじゃねぇよ」


 適当に出した意見を真っ向から否定されて唸る仁志。

 

 数秒腕を組んで考えていたが、ついぞ見つからなかったその答えに、大きく声を上げて再度草原に横たわった。


「何だよ違いって、オレにゃ分かんねーよ!」

「分からんか? よく考えたか?」

「考えたよ!」

「そっか……なら教えてやるよ、オレとお前の違いはいくつかあるが、大きいものとしては筋肉のつき方の違いと、霊力を創造に使えるかどうかの二点だろう」


 竜の分析に改めて気づいた仁志は再び目を丸くした。

 

 確かに、竜は骨格から筋肉のつきやすい身体をしており、鍛えれば鍛えるほどその練度は増していく。

 

 反して仁志の身体は筋肉が着きにくく、顔も竜とは違って中性的と言える。

 

 そして更に大きな違いは、霊力行使における創造の有無にあった。竜は身体強化にしか霊力を使えないのに対し、仁志は霊器(れいき)なしに創造が容易にできるという特異体質だった。


「お前はオレとは違って華奢だし筋肉も付きにくい、なのにオレに倣って拳での戦いをメインにしてる。オレから言わせれば勿体ないね」

「……そんなの、オレはアニキに憧れてるから」

「それは結構。だけどよ、できないことをできるようにするよりかは、できることを超できるようにした方が効率は良いぜ? 俺だって創造はどう頑張ってもできねぇし、霊器だって反応してくんなかったから拳で戦う」

「そんなの、悔しいじゃないかよ。だったら、オレは尊敬するアニキみたいにはなれねぇってのかよ!」

「ああ、なれないね」


 怒りで顔をゆがめて立ち上がる仁志。眉間によるしわを見て、竜は再度水を流し込む。

 

 空になったペットボトルを握りつぶし、仁志に向き直った。


「オレに倣うのは構わん、戦い方だって何だって教えてやる。でもな、人には適材適所ってもんがある」

「適材適所?」

「オレは創造だってできないし、霊器だって使えない。だから拳で戦うしかないけど、それでもオレは強くいられる。それは別に鍛えたからじゃない」

「じゃあ、なんだってんだよ」


 仁志の問いに、竜はニッと笑みを見せた。


「任せてるんだよ。できないことは仕方ないって割り切って、得意な奴に任せてる。創造も複雑な霊力行使も、できる奴に任せるんだ。だからオレはそんな奴らに背中を任せて戦える」

「……仲間ってやつ?」

「お前が生前の経験で群れ合うことが嫌いなのは分かってるけど、それでもやっぱりオレは仲間も大切だと思ったよ。面白いんだぜ、他人って」

「オレは、アニキと居れればそれでいいよ」

「いいや、それじゃあダメだ。お前にもいつか分かる時が来るよ――」




「ッ! アアアアアアッ!」


 意識を取り戻し、頭から流れる血をそのままに拳を構え、力一杯に腹部を刺す腕を殴りつける。

 

 一度ではびくともしない腕だったが、殴り続けることで綻びが生じ、崩壊した。

 

 力なく地面に落ちた仁志は全身ボロボロになってはいたが、意識はあった。


(結局、仲間とかよく分かんねぇし……でも、よく考えたらアニキの話にはいつも、萌葱(もえぎ)さんが居たな……拳と刀で戦闘スタイルは真逆なのに、いつも……対してオレはどうだ?)


 ゆっくりと目を閉じ、思い出す。

 

 悪霊退散会に入ってからというもの、仁志はまともに交流をしてこなかった。唯一決闘した時の劉兎と交流しただけで、それもお盆後は仁志から避けていた。


(ああ……そうか、そうかよ)


 熱くなる瞼を感じ、無理やり歯を食いしばって起き上がる。

 涙は流さない、それだけはダメだと言い聞かせながら。


「オレは、一人になりに行ってたんだな」


 フラフラと立ち上がり、眼前に立つ人影を見つめる。

 人型の悪霊は、不敵に笑って仁志を見ていた。


(適材適所……今でもよく分かんねぇ。オレの良さって、アニキとの違いってなんだ? 仲間? 組織? 長所、短所……補完? 分からん!)


 手の中に霊力を込め、片手剣を創造する。

 

 少しだけ鮮明となった視界で、少年は歩みを進めた。

 

 己に向き合うように。

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