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霊ノ謳  作者: しろくろあめ
第7章 極悪霊

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第85話 薄氷

「おーい、これはそっちに運んでくれ〜」


 早朝の霊界(れいかい)昴流(すばる)の声が木霊する。率いている軍神部(ぐんしんぶ)は、全員がダンボール箱を抱えていた。

 

 その後ろで並んで歩いているのは劉兎(りゅうと)達。次いで走ってくるトラックに道を譲り、目指す先は見慣れた建物だった。


「すみません昴流さん、手伝ってもらっちゃって」

「いいのいいの、正直君らが居なかったら霊界は守れなかったしさ、これくらいはさせてくれよ」


 ケラケラと上機嫌な笑いを浮かべる昴流だったが、劉兎の目線は痛々しく包帯の巻かれた腕に向かっている。


「……結局、霊力(れいりょく)使えなくなっちゃったんですよね」

「……まぁな、悲しくないといえば嘘になる」


 襲撃事件時、バラクラバのひとり『ドライ』と相対した昴流は、土壇場で『白明の炎槍(えんそう)』という漆黒の怒槌(いかづち)と対になる技を繰り出した。

 

 しかし、元々霊力を上手く操れないこと、補助をしていた霊器(れいき)を壊されたこと、無理やり霊力を放出したことなど、複合的な理由により昴流は再起不能となってしまった。

 

 今でこそ自壊をせずに怒槌を使える劉兎だったが、一歩間違えれば自分もそうなっていたと考えるとゾッとする。

 

 そんな背中を激しく叩かれハッとした。


「ガチで気にしないでくれよ! 俺だってもう気にしてないぜ? それに、俺にはまだ役目があるからよ」


 ニッと笑顔を見せる昴流を見て、少しだけ安心する。

 押されるように荷物運びを再開すると、間もなく元々の詰所が眼前に現れた。


「戻ってきたんだな……」

彼ら(軍神部)には感謝しかないね」


 ダンボール箱を抱えたまま静止する劉兎の横に並んだのは幸太郎(こうたろう)。『割れ物注意』と書かれたダンボールを抱え、幸太郎の視線が劉兎に向く。


「あれから黒い霊力が使えないって聴いたが……本当かい?」

「ええ、試みてはみたんですけど、どうやら綺麗さっぱり俺の中から無くなってしまったみたいなんですよ」


 お盆の父との和解後、劉兎の中にあった黒い霊力は鳴りを潜めていた。

 

 今までは黒い霊力を使役しようとしてみれば容易にできたものだったが、お盆から数日経った今、何度試そうとしても叶わない。

 

 創造する投げナイフも黒い霊力が混じらず爆発する気配を見せず、黒い霊力は使役できなくなったと確信していた。


「……そうか」

(……あれ?)


 劉兎の説明を聞いた幸太郎の表情は何故か浮かなかった。

 

 悪霊だと暴露され、一悶着あったこともあり、劉兎としては喜ばれるものだと思っていたために拍子抜けしてしまう。

 

 けれども、訝しむような表情を隠すようにダンボール箱を持ち直した幸太郎は、軍神部達に促されて詰所へと入っていく。


(もしかして、あまり嬉しいことでは無いのかな?)


 黒い霊力の消失。言ってしまえば嬉しかった劉兎は疑念を抱く。

 

 数秒立ち止まって逡巡するものの、考えを振り払うように頭を振り、遠くなっていく幸太郎の背中を追いかけるように詰所へと歩を進めた。

 

 それから数時間、荷降ろしの作業を終えた劉兎達は、やっと改装された新たな詰所で一息つけたのだった。




「劉兎、ちょっといいかな」

「え? 俺ですか?」


 引越し作業の翌日、劉兎は幸太郎に呼ばれて地下の訓練場に足を運ぶ。

 

 今や懐かしささえ覚える訓練場に視線を右往左往していると、天井から並ぶように吊るされた二つのサンドバッグの前で足を止める。


「悪霊がまだ活動を再開していない今、私から教えられることを教えておきたい。今までは練度が足らず難しいと判断していたが、今なら習得できるはずだ」

「習得……何をですか?」

「その名も――『薄氷(はくひょう)』」

「薄氷……?」


 オウム返しする劉兎に幸太郎は優しく微笑むと、少し下がるように忠告する。

 

 言われるがままに隅に寄り、壁にもたれかかった姿を横目に、幸太郎は霊力を発動した。


「まずこれが、単純な霊力強化だ」


 拳を握り、燃え上がる霊力で強化し、サンドバッグを殴る。

 

 衝突音と共に、吊るしている鎖がキィキィと悲鳴をあげ、サンドバッグが振り子のように飛ばされて天井に激突した。

 

 帰ってくるサンドバッグを受け止め、一歩横に移動し、二本目の前に立つ。

 

 殴られたサンドバッグには拳の痕が着いていて、劉兎は息を飲んだ。


「これでも威力は申し分ないが、霊の歌相手には物足りない」


 再びサンドバッグを前に拳を構える。

 だが、先程とは違う挙動が明確に現れた。


「そしてこれは、極彩色(ごくさいしき)とも違う……もっと安定した力だ」


 幸太郎の纏う琥珀色の霊力が、ゆっくりとしかし確実に身体に向かって収縮していく。

 

 その収縮は留まるところを知らず、まるで押し込められているようにすら見え、劉兎は無意識に窮屈さを覚えた。

 

 そんな劉兎の気持ちなど露知らず、収縮していく霊力はついに視認できないレベルにまで達し、最後には完全に押し込められてしまった。


「それは……霊力を()()()()()()しまったんですか?」

「ああ、勘が鋭いね。正確には身体から放出する霊力を必要最低限にして、放出していた無駄分を全て身体の中で循環させている」


 じっくり目を凝らしてみると、確かに幸太郎の周りには薄い幕のようなものが張っているのが分かる。

 

 しかし霊力で身体強化をするには、体内にある霊力を放出し、それを纏う他はない。

 

 今の幸太郎は、言わば出したものをしまっただけに過ぎず、単純な強化力は放出する霊力に帰属すると劉兎も教わってきた。

 

 それゆえ、現在の行動は全く真逆の行為。霊力は元々体内を循環しているのだ、それが強いわけが無いと劉兎の脳に逡巡する。


「疑っているね?」

「……えっ、あ……まぁ」

「まぁそうだよね、最初に入った時に霊力を放出して纏う方法を教えた。でもそれには理由があるんだ。とりあえずまずは威力を見てくれ」


 図星を突かれて素っ頓狂な声を上げた劉兎を見て、微笑む幸太郎は静かに拳を構える。

 

 そして先程と同じく、サンドバッグに繰り出し、衝突音が――


 ――破裂音に変わった。


「――えっ?」


 有り得ない、劉兎の頭に浮かんだ言葉はそれだった。

 相変わらずサンドバッグを吊るす鎖はキィキィ音を立てる。けれども、その音は先程よりも高い。

 

 拳を繰り出した幸太郎の周りには砂埃が舞っていた。

 

 壁に当たったサンドバッグの半身が重力に従い、落ちていく。


「これが薄氷の威力だ」


 拳を掲げ、劉兎を見る幸太郎。

 

 劉兎の目線は真っ二つになったサンドバッグに釘付けだった。

 

 攻撃の仕方は先程と変わらない。サンドバッグに拳の痕を着けたことにすら驚愕したのに、今の打撃は確実に前回より威力が高いと思い知らされる。

 

 現に、殴った直後にサンドバッグはその形を崩壊させ、中に入っていた砂が全て地面に落ちていた。舞う砂埃が辺りを包み、幸太郎だけがその場に佇む。


「放出した霊力を纏い、残さず身体に収納し、更に循環を促す。薄さ的には〇・〇〇二ミリくらいかな?」

「そんなに薄く……」

「もちろん押し込むのには技術が必要だ。適正の無い者が無闇矢鱈に薄氷を使おうとすると、押し込む霊力の反発で身体が爆散する。だから今まで教えなかった」


 薄氷を止め、燃え上がる霊力を霧散させる。

 

 砂埃を手で払うと、劉兎と幸太郎の視線がかち合った。


「今の君なら、この力をマスターできるはずだ。私ものこの力は戦闘中の極限状態で発現したものでね、上手く扱えるようになるまでかなりの時間を有したが、ゼロから覚えるのと、セオリーがある一からではかなり違う」

「……薄氷」


 幸太郎の真似をするように、霊力を放出し、体内に戻していく。

 

 数秒は難なくこなせたが、突然やってきた激痛に思わず収納を停止させた。


「これ……見た目よりずっと難しいですね」

「ああ、だがバックアップはする。それに、霊の歌との戦いは近い、私の勘だがね」


 だからこそ、と続ける幸太郎に、劉兎は視線を戻した。


「君には急ピッチで習得してもらうよ、薄氷は必ず奴との戦闘で必要になる」


 幸太郎が真剣な眼差しを送るや否や、劉兎のデバイスが音を鳴らす。

 遂に、お盆明け初の任務が舞い込んできた。

 

 場所は某所のトンネル。そこは心霊スポットとして有名な場所だった――。

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