第84話 黄昏時は夢のあと
「じゃあ、帰るね、おばあちゃん」
「うん、また来年来てなぁ……萌葱」
八月十六日。お盆も本日で終わりを告げていた。
実家で家族との団欒を過ごした萌葱は、仕事に向かう両親を見送り、祖母に別れを告げる。
杖が無いと歩けないような状態の祖母を慈しむも、踵を返した。
「あの子達も最後までいたら良かったんだけどねぇ……仕事だって言うから」
「いいんだよ、もう二回目だし。また来年来るからさ」
眉を下げる祖母に笑顔で手を振る。
玄関を出ると既に精霊馬が待っていた。
「また来年準備しておくからね〜!」
「うん、待ってる!」
精霊馬の腹を蹴り、吠えるようにいななく。
空中で足を動かし、駆けていく姿を見送り、祖母はゆっくりと家の中に入っていった。
精霊馬に跨る萌葱も、祖母の姿が見えなくなるまで手を振り、その後は視線を戻す。
精霊馬は、真っ直ぐに空の裂け目へと向かっていっていた。
「うお、何の音だ」
大きな音を聞き、読んでいた本から視線を外す仁志。窓越しに霊界を見上げると、ゆっくりと空に裂け目ができ始めていた。
そして口を開けるように開いた裂け目を見て、視線を本に戻す。
裂け目からは無数の精霊馬が姿を現していた。
「戻りましたぁ!」
「ああ、おかえり」
最初に悪霊退散会の扉を開けたのは梓。快活な声で嬉しそうに戻ってきたのを見て、幸太郎も笑顔で出迎える。
「どうだった? 楽しかった?」
「めっちゃ楽しかったです! でも同時に、ちょっと寂しかったり……」
眉を下げて健気に笑う梓を見て、華鈴はその頭を撫でる。
まるで飼われている小動物のように大人しくなった梓を見て、仁志は横目でそれを見るだけで特に何も言わない。
「戻りました」
「琴葉ちゃん!」
やり取りのさなか、次に帰ってきたのは琴葉。
その表情は、浮かないながらも清々しく晴れていた。
「おっ、なんだ、みんな出揃って」
「萌葱さん! 祥蔵さん!」
そんな二人を追うように、戻ってきたのは萌葱と祥蔵。
全員がそこに揃っているとは思わず驚く萌葱に対し、梓は笑顔で出迎えると萌葱に抱きつく。
騒がしくなってきたことを耳と横目で確認していた仁志は、小さく嘆息すると本を閉じた。
「……うるさ」
聞こえないくらいの小さい声で呟くと、机に置いてあったアイスコーヒーをひとくち飲む。
仁志の目線の先では、梓も同じく華鈴から出されたコーヒーを飲んでいた。
「華鈴さん! ズバリ、豆を変えましたね!」
「あら、分かるの? そうなのよ〜」
寂しいとは言いつつも、上機嫌な梓を見て、他の面々も表情が明るくなっていく。
そんな中、仁志だけが少し孤立していた。
既に家族が寿命で死んでいる華鈴と幸太郎とは違い、そもそも生みの親が誰か分からない仁志は、会の中で唯一お盆に親しみがない。そんな気持ちが孤立を加速させていた。
「……戻りました」
「劉兎さん!」
仁志の気持ちをよそに、最後に戻ってきたのは劉兎。
その表情は、誰が見ても明らかだった。
「……劉兎。親父さんとは話せたか?」
「ええ……とっても」
駆け寄る梓と琴葉。
萌葱の問いに微笑みながら答える劉兎の表情は、どことなく明るい。
まるで憑き物がひとつ落ちたと言わんばかりの精悍な顔に、華鈴と幸太郎も変化に気づく。
萌葱が不意に霊力を出力し、眼を紅く染めた。
「どうだい?」
「……無くなってます、綺麗さっぱり」
萌葱の視線の先にはもちろん劉兎。
体内の霊力の色を確認した萌葱は、口角を上げて幸太郎に頷く。
その一連の動作に、全員が察した。
劉兎の中から黒い霊力が消えたのだと。
「お前の未練は、親御さんだったのか」
「あー……やっぱりそうでした? いやに身体が軽いなぁって思ってたんですよ」
「いいじゃないですか、今の劉兎さん、いい表情されてますよ」
皆に囲まれ、屈託のない笑顔を向ける。
心にあったわだかまりも、ずっと感じていた良くない感情も、今や彼の中には無い。
「劉兎」
「……はい?」
和気あいあいとしている中で、真剣な表情になった幸太郎が話しかける。
劉兎もその表情を見るやいなや、顔つきを変えた。
「おかえり」
「……ただいまです」
突然の言葉に一瞬硬直するものの、意図をすぐ汲む。
朗らかな空気に、本当の意味で歓迎をした仲間たち。
(ありがとう……黒い霊力。俺はもう、お前無しでも大丈夫だ)
迎える皆に飛び込むように歩を進める。
劉兎の身体から重さが完全に消え、全身から最後の残滓が抜けていく感覚を覚えた。
目を瞑り、噛み締める。
既に彼の中には黒は無かった。
「……」
そんな明るい空気を、傍らで見ていた仁志は冷めた目を向ける。
視線はもちろん劉兎に向けられていて、睨むまではいかないが、明白に不満な表情をしていた。
「腑抜けたな」
そんな呟きが誰かに届くことは無い。
ワイワイとお盆にあったことを話す劉兎達は、目線すら気づくことはなかった。
「やあ、集まってくれてありがとう」
同時刻、生界のどこかの廃墟で、彼らは集合していた。
廃墟の中にある割には綺麗に整頓されたその部屋で、十数名の人影が長机を囲む。
様相は人それぞれで、礼儀正しく座っている者、机に脚を置いてふんぞり返っている者、腕を組み寝ている者、手で何かをいじくっている者と様々。
彼らを一瞥し、視線を集合させたのは霊の歌。横に誰かを連れ、二枚の写真を机に落とす。
「さてさて、第二フェーズと行こう。キミらにはコイツらを殺して欲しい」
「……なんだコイツは? あの会長だけじゃないのか?」
「弱そ〜」
「何だってこんなやつを?」
多方面から上がる声。写真に写っているのは幸太郎と劉兎だった。
「いやぁ、面白いことになってきてね、この二人を重点的に狙って欲しいんだ。もちろん、悪霊退散会を滅殺するのも至上命題さ」
「……待てよ、アンタの隣に居るのは誰だ? そいつからは俺達と同じ霊力は感じない。適していない人物と会議をするつもりは無いが」
「ああ、彼かい? 気にするな、これもひとつの実験なんだ」
人影のひとりが霊の歌の横に立つ人を指さす。
本人は一切気にすることなく虚空を見つめ、言葉に反応することもない。
代わりに霊の歌が不敵な笑みを浮かべていた。
「彼らをもっと絶望に叩き落とす。それにはこの実験は必要さ」
「……全く、怖いお方だな」
「ボクらは悪霊だからね……という訳で、頼んだよ極悪霊」
極悪霊と呼ばれた十数名の者達を、月明かりが照らす。
全員が全身に漏れ出るほど黒い霊力を纏っている姿は、宛ら霊の歌と同質だった。
月に向かって掌を向ける霊の歌。まるで掴むようにその手を握ると、口角を上げる。
「さあ、もうすぐだ」
割れそうなくらい上がる口角の中は、深淵。
新たな戦いが始まろうとしていた。




