第80話 誰そ彼
「これが精霊馬かぁ……!」
陽の光がゆっくりと橙色に変遷していくさなか、プレハブ外にやってきた精霊馬を見つけた梓は、物珍しさから何度も周りを右往左往する。
ナスに割り箸が刺さり、四肢を作っているだけの簡易的なものだったが、思いを込めて作成されていることもあり、まるで本当に生きている馬のように鼻息を荒くすると、乗ってみようとした梓を振り落とす。
重力に従って尻餅を着いた梓を見て、プレハブの中から出てきた萌葱が笑った。
「精霊馬は主が誰か分かってるから、主以外が乗ろうとすると本能的に振り落とされるぞ」
「あたしのかと思ったんですよ!」
「残念だったな、コイツはアタシのだ」
やってきた萌葱に呼応するようにいななく精霊馬は、梓に目もくれることなく萌葱に近寄ると乗りやすいように首を垂れる。
ナスだったら折れてしまうレベルで逆方向にくびれる精霊馬だったが、幽霊達と同じく魂だけの存在であるためそのような様子は見られない。
流れるままに精霊馬に乗った萌葱は、特に手綱を握ったり、腹を蹴ったりすることも無く浮いていく。
そして見えない道を走るが如く、空中で脚を動かした精霊馬は空の裂け目へと駆けて行った。
「あれ、また来た」
萌葱を見送って直ぐ、新たな精霊馬がやってくる。
次はキュウリに割り箸を刺したもので、今回も梓に首を垂れることは無い。
そんな中、そわそわし続ける梓を訝しんだ琴葉が姿を現した。
「梓ちゃん、何してるの……? って、うわぁ!」
「あっ! 次は琴葉ちゃんだ!」
「えっ! ちょっと! 怖い! 降ろしてぇ!」
現れた琴葉に感応した精霊馬は、琴葉の制止をものともせず股下に首を突っ込むと、勢いよく振り上げて浮かし、自身の背中へと担ぐ。
覚悟も準備もできていなかった琴葉は目を回して懇願するも、気にしない精霊馬はそのまま空へと駆けて行った。
琴葉を見送り、次は自分の番かとワクワクしながら待つ梓だったが、三十分経っても次の精霊馬が現れないことに我慢ならず、一度プレハブ内へと帰る。
「何そわそわしてるんだ、梓」
「だってぇ! いつ来るのか気になって!」
食堂で冷静に珈琲を飲む劉兎は落ち着かない梓に怪訝を抱いている。
劉兎にも逸る気持ちを共有する梓だったが、そもそも自分に来るとは微塵も思っていないため理解してもらえず不貞腐れる。
既に親を亡くしている華鈴と幸太郎は、その姿を静かに眺めていた。
「……なにやってんだあの人」
「お盆だからね、自分の精霊馬が来るのを待っているんだ」
そして偶然冷蔵庫に水を取りに来た仁志も合流する。
落ち着かない梓を見て疑問を抱くも、幸太郎からの捕捉で理解する。しかし、興味なさげに部屋に足を進めると、背後から幸太郎が仁志を止めた。
「君も一緒に待つといい」
「……アニキにも言って無かったから、仕方ないとは思いますが、オレに死を慈しむような親族は居ません。施設育ちなんで」
吐き捨てるように呟くと、幸太郎の返答を待たずしてその場を去る。
居た堪れなくなった幸太郎は眉を下げて手を伸ばすも、既に居なくなった仁志には届くことは無く空を切る。
「えっ、なんか来たぁ!」
そんなことなど露知らず、梓は梓で盛り上がりを見せていた。というのも、突然プレハブ内に黄色い光に満ちた小さな人のような生物が続々と入ってきたからだ。
外にはキュウリの精霊馬が待っており、次こそは自分ではないかと興奮した梓。
けれどもその期待は杞憂に終わり、梓を通り過ぎた光の小人が掴んだのは劉兎の袖だった。
「……俺?」
驚きから目を見開く劉兎に対し、小人は頷いて見せる。
慌てて立ち上がる劉兎だったが、なにを言うことも無く小人に引っ張られると、半ば強引に外へと出される。
困惑のまま精霊馬が首を垂れる状況を見守っていると、追って出て来ていた幸太郎が声を掛けた。
「断ることもできる。本当に会いたくないなら、このまま無視するのも一つの手段だよ」
「えー! 無視なんてもったいないよ! 親御さんに会ってきな?」
幸太郎の背後から鼓舞するのは梓。楽観的で劉兎の過去を知らない彼女は純粋な善意で劉兎を後押しする。
何故精霊馬が来たのか、本心から理解できない劉兎だったが、首を垂れ続ける精霊馬が事実を表わしていた。
大きく深呼吸し、程なくして決意した劉兎は精霊馬に跨る。
いななく精霊馬は空へと駆けて行った。
「皆行っちゃったなぁ」
空へと消えていく精霊馬を眺めながら、梓は独り言ちる。
自分にはいつ来るのかと期待ばかり寄せていたものの、満を持して現れたナス型の精霊馬は、プレハブ内に帰ろうとした梓の裾を噛んで止めた。
「ああ、梓も来たんだね、行ってきなさい」
「はい! 行ってきます!」
精霊馬が来た喜びのまま飛び乗る。
首を垂れる前だった精霊馬は咄嗟に頭を落とし梓が引っかからないように努める。そんな優しさなど知らない梓は、飛び乗った直後に手綱を掴み、元気よく叫んだ。
「いっくぞー!」
梓の掛け声とともに、精霊馬は吼える。
空を駆け、夕日が梓達を照らしていく。数秒経たずに沈んでいく夕日の高度を超え、いつの間にか裂け目に到着していた梓は、大量に待っている他の精霊馬を見て驚いた。
「みんなお誘いされてるんだね」
いろいろな精霊馬が垣間見える中、傍に劉兎達の姿は見えない。
既に出発したのだろうと周りを見ている中、ふと、眼下に望む霊界に視線が泳ぐ。
「うわ……落ちたら死んじゃうかも」
眼下に望む霊界はかなりの高さであり、人影はおろか、建物すら豆粒になっており恐怖が梓の身体を突き抜ける。
血の気が引いて身震いした梓は、それ以上下を見ることなく手綱を強く掴み、ナスの身体に抱き着く様にしがみつく。
やがて梓の時間が来たのか、精霊馬は再度吼え、ついに空の裂け目へと入っていった。
数秒裂け目の中を彷徨う精霊馬。ゲートと同じ性質であると肌で察した梓だったが、即座に視界が晴れると、そこにあったのは生界の景色。
霊界と同じく夕日が沈んでいく中で、空を駆ける精霊馬は真っすぐにある場所へと向かっていった。
「え……? おうちはそっちじゃないよ?」
しかし、安堵したのも束の間、精霊馬が向かっていくのは生前梓が住んでいた住所ではない。
似ても似つかない景色に困惑しながら、何とか制御しようと手綱を引く。けれども備え付けられているだけで特に意味のない手綱は、精霊馬の操作をするには至らない。
その奮闘を数分した後、精霊馬が降り立ったのは見たことも無い一軒家。
だが、その表札は『栗雲』だった。
「お、おじゃましまーす……」
精霊馬に促され、困惑しながらも降りた梓。降りた直後に精霊馬は霧散し、いよいよ入ってみるしか術が無くなってしまう。
恐る恐る侵入した梓だったが、程なくして男性とかち合うと、目を見開いたまま静止した。
「お……お父さん?」
「……梓? 梓なのか!?」
遭遇した男性は、梓の父。
見間違うことなど万に一つもあり得ない父親に、ゆっくりと現実を飲み込んでいく。
数秒の沈黙。その後、あふれ出す涙と共に、梓は父親の懐へと飛び込んだ。




