第78話 制服と研磨
「ちょっといいかな、三人とも」
宴が終わり、皆の酔いも冷めてきたころ、いつの間にか絡み酒をする祥蔵を華鈴に預けていた幸太郎が、自室に帰ろうとする劉兎達を引き留めた。
呼び止められて少し驚くものの、幸太郎に促されるまま別室に移動すると、入った部屋の中にはロングコートが三着備えられていた。
灰色を基調としたロングコート、その上腕辺りには悪霊退散会のロゴである沈む月が刺繍されている。
サイズの大小はあれど、均一に備えられており、制服だと気づくまでに猶予はかからなかった。
「これは、有事の際に着用を義務付けられている制服だ。戦闘服は各々のモチベーションを重視しているが、これは本当の意味での統率を担う」
「有事って、例えばどんな時ですか?」
「私もまだ経験はしたこと無い。しかし、遥か昔の悪霊退散会は何度か【神様】と謁見することがあったと聞く。恐らくはその際に着用を義務付けられているのだろう」
ハンガーから外し、劉兎達に配っていく。
琴葉は事の重大さを感じて顰め面をしている反面、梓は物珍しさで目を輝かせていた。
そんな反応を追うことなく、幸太郎は続いて床に直置きしたボストンバックからシャツとズボンを取り出す。
同じく灰色を基調にしたズボンは、コートと似た素材である。白いカッターシャツの胸元には同じく会のロゴが入っていた。
「これも制服の一部だ。この上にコートを着る形になる」
「今まで制服っぽい制服は無かったけど……急に軍隊みたいになったね!」
「なんでそんな嬉しそうなの梓ちゃん……」
「だって、あたし制服に憧れててね!」
手渡されるだけ手渡され、驚きのまま棒立ちしている劉兎の後ろで琴葉達は和気あいあいと会話を続けている。
幸太郎もそれを見て微笑んでいるさなか、劉兎だけが別のことを考えていた。
(これを着る時は、おそらく……霊の歌と一戦交えるときだろうな)
自分の腕の中にある制服をまじまじ見つめる。
制服と言えば聞こえはいいが、要は有事に一目でどこの所属か見分けがつくようにするための代物であることは察しがつく。
しかしそんなことをいちいち指摘するほど劉兎も野暮ではない。その場ではありがたく貰うと、自室へと向かった。
そして夜は更けてくる。
月明かりから日の出へと世界を照らす光が交代する頃、劉兎は早速制服を着用して宿の外にある見晴らしのいい高台に来ていた。
「劉兎さんも、着たんですね」
「一度着ておこうと思ってね」
高台から眼下に望むのは霊界。復興はほとんど終わりを告げているものの、やはり戦禍は痛々しく残る。
その光景を瞬きすらせず目に焼き付けていると、背後から同じく制服を着用した琴葉がやって来た。
数分何も話さない空間が流れ、風だけが二人を揺らしている。
そんな中、次にやってきたのは萌葱、同じく制服を着用している。そして、また一人、また一人と全員が示し合わせたように制服を着用し、高台に足を運んでいた。
「みんな、来ていたんだね」
最後に現れたのは幸太郎。
制服のデザインは会長である幸太郎と、副会長である華鈴だけ少し差異がある。華鈴のコートは水色、幸太郎のコートは薄いクリーム色となっていた。
幸太郎の言葉に全員の視線が泳ぐものの、すぐに視線が霊界に移される。
風だけが音を発していた。
何も言わないが、それでも全員の心には決意が灯っていた。
空が裂け始めて数日。旅行を終えた面々は普段通り活動をしていた。
お盆が近くなったこともあり、悪霊の活動が鳴りを潜めている。そんな中、一人で草原に座って精神統一訓練をしていた琴葉は、静かに意識の世界に身を置いていた。
「悪霊憑依……優香」
琴葉の言葉と共に、全身から噴き出したのは桜色の霊力。
霊力は噴き出すと同時に琴葉にまとわれていき、数秒と経たず身体強化を施す。
刹那、琴葉の茶色の髪の毛が白色に変わっていった。
「琴葉……まさかお前、【研ぎ澄まし】に?」
「ああ、劉兎さん。おはようございます」
琴葉の身体には異変が起きていた。それはまさしく今劉兎が目の前で見ていること。
優香との一戦の後、琴葉の中に憑依した優香。しかし悪霊憑依を発動させても一切ゲートを発現することは叶わなかった。
その代わりに琴葉の身体には明確な変化が起きていたのだ。
驚きで開いた口が塞がらない劉兎だったが、咄嗟に挨拶を返すと姿勢を正す。
対して琴葉は自陣の変化を視線を流して確認すると、静かに嘆息して霊力強化を解く。
「どうやら、私の悪霊憑依は梓ちゃんのとは一線を画してるみたいですね」
「そうか、ゲートを使えるとかそういうのはないんだな」
「憑依させた時期にもよるのかもしれないですね、私が憑依させたときはほとんど優香は虫の息でしたし」
「それは君が【無尽蔵持ち】だからだ、琴葉」
「会長……!」
少し儚げに、かつ憂いでいる琴葉の下に歩いてきたのは幸太郎。
琴葉の考察を肯定するように言葉を挟むと、劉兎達の前に立つ。
「無尽蔵持ちと悪霊憑依に関係が?」
「ああ、君と華鈴は保有する霊力が多すぎて、本来は悪霊憑依ができない。黒い霊力が入り込む隙がないからだ。それでも今回、君が悪霊憑依を果たせたのは、祓除した悪霊が生前から絆を育むものだったこと、悪霊も君もそうなることを強く望んだこと、この二点に収束するだろうね」
「強く……望んだ……」
自身の両手を見つめ、感慨に浸る琴葉。
劉兎はその姿を見つめながらも、静かに幸太郎に目線を映す。
「何はともあれ、これで三人目の研ぎ澄ましが現れたわけですね、霊の歌を倒すためにまた一歩進んだってことですか」
「……そうだね」
「何か問題でも?」
含みを持たせた返答に聞き返す。だが、幸太郎は少し逡巡させたのち、表情を切り替えた。
「いいや、問題ない。順調だ。そしてもう一つ、琴葉には無尽蔵の持ちが研ぎ澄ましに覚醒した場合の、ある力を伝えておく」
「ある力?」
オウム返しする琴葉に対し、幸太郎は優しく微笑む。
「回復力が上がるんだ。それこそ、斬られた首を直して意識を回復させることができるくらいには」
「き、斬られた首を!?」
「そ、そんなの、実質無敵じゃないですか!」
「流石に斬られてすぐじゃないと無理だよ、それに後遺症も残る。一旦の延命ができる程度さ」
「それでも充分ですよ!」
幸太郎から告げられた事実。会の誰よりも他人を尊ぶ心があるからこそ、琴葉には刺さるものだった。
いくら即行即決で後遺症が残るものであっても、首を斬り落とされるという絶望的状況を覆せる力は喉から手が出るほど欲しいものであった。
そして今、悪霊退散会にはその条件に引っかかる無尽蔵持ちが二人も居る。
とてつもない進化に心が躍る琴葉だったが、傍らで利便性について考えていた劉兎が小さく声を上げ、二人の視線が集まる。
「凄い力だけどさ……それって、利便性あるのかな?」
「どういうことですか?」
「……いや、茶々入れたいわけじゃないんだけど、敵の前でどうやって落とされた首を治すんだろうって」
劉兎の言葉に、琴葉の顔が凍る。
その意見は最もであり、幸太郎も知っていたのか、顔色一つ変えずに頷いた。
「あくまでそういう力があるというだけだ。そもそも、研ぎ澄ましは研ぎ澄ましの霊力を使うだけでも脅威になりうる。誇っていいよ」
幸太郎の言葉に、少しだけ琴葉の凍った表情が溶ける。
これにて、三人目の研ぎ澄ましが誕生した。
そして、時は来る。
八月十三日。空が裂け、お盆が始まる。




