第77話 夜長の宴
早めに温泉から上がり、浴衣に着替えた男達は、ある場所でしのぎを削り合っていた。
そこは、ピンポン玉が机とラケットに当たる音が響く、卓球場。
温泉宿ならではの設備で、祥蔵のスマッシュが劉兎を貫いた。
「祥蔵さん、卓球上手いんですね」
「生前はよくやっていたんだ」
上機嫌でラケットを手の中で回す祥蔵を見て、嬉しさから頬が綻ぶ劉兎。
傍らで牛乳を飲んでいた仁志にラケットを回すと、鼻息を荒くしながら台に入る。
そんな様子に入らず、端から幸太郎は見守っていた。
「そんなところで何してるんですか、会長もこっちきてやりましょうよ」
「いいや、私は大丈夫だよ、みんなで楽しみなさい」
「あと一人来たらダブルスできるんですって、会長も卓球くらいやったことあるでしょ」
傍観者であることは許さないと言わんばかりに、強引に幸太郎を連れてくる劉兎。
半ば本気で抵抗する幸太郎だったが、劉兎は気にせず卓球台まで連れてくると、今しがたスマッシュを打たれた仁志とラケットを交換する。
「おっ、次は会長ですか、手ごわいですね」
「何を根拠に……お手柔らかに頼むよ」
他の会員の手前、断り切れず渋々祥蔵と相対した幸太郎。
少し興奮気味に言葉数が増えた祥蔵に対し、幸太郎の顔色は良くない。
傍で見ていた劉兎は、少しでも連勝して調子に乗っている祥蔵の鼻を明かしてほしいという意図もあった。
そして試合は始まり、勝負は一瞬で結する。
勝負は――。
「えっ……」
「嘘ですよね?」
「会長よわ」
幸太郎の空振りで幕を閉じた。
呆れて声の出ない劉兎、流石にそこまでではないと思っていた祥蔵、そして容赦のない仁志。
三者三様の反応が刺さり、幸太郎は膝から崩れ落ちた。
「私は……ラケット競技が苦手なんだ」
言い訳のように呟く幸太郎は、眉を下げて項垂れている。
「じゃあほかの球技が得意なんですか?」
「いやできないけど」
「できないんかい」
呆れながらツッコむ劉兎に対し、再度その言葉が胸に刺さった幸太郎は四つん這いになって項垂れる。
祥蔵も驚きで声を発さない中、ぞろぞろと向かってくる音が聞こえ、全員の視線が向いた。
「何やってるのかと思ったら、卓球台なんかあったのか」
「幸ちゃん、なんで項垂れてるの……?」
「卓球! あたしやったことないです!」
「私も体育の授業くらいしか経験ないですが……久しぶりにやってみましょうよ」
やってきたのは悪霊退散会の女性陣。
萌葱を先頭に、華鈴、梓、琴葉の順で入って来ては、全員が浴衣を着用している。
そして流れる様に幸太郎が萌葱にラケットを渡すと、未だに王として君臨し続ける祥蔵に向けた。
「ちょうどいいんで、男子対女子、やりましょうよ」
「さんせー!」
萌葱の提案に同調する梓。
女性陣は特に苦手意識がないのか、当然のように賛成を下す。
男性陣も渋る幸太郎を無視した多数決で決し、まさかの幸太郎が先鋒という構図で団体戦が開始し――。
――運動がそれほど得意ではない梓から一点も取れないという形で幕引いた。
「え……会長よわ」
「うごあっ!」
梓の純粋で、いつもより一オクターブ低い声が幸太郎の胸に刺さる。
半泣きになる幸太郎を尻目に、試合はまさかの梓の三人斬りという流れで進む。
しかし、大将として現れた祥蔵が、梓から始まり、琴葉、萌葱までストレートで蹂躙する。
「大人げねぇ」
「酷い男だ」
「うわぁ……」
「何て言い草だ」
本当の試合であれば救世主となる祥蔵だったが、ココでは鬼畜に映る。
いたいけな少女二人と、年下の女性を経験者という立場からボコボコにする祥蔵を見て、仁志、幸太郎、劉兎は同様な反応を見せた。
そんな中、萌葱の遺志を継ぎ祥蔵の前に立ちはだかるは華鈴。
「さて、祥蔵? 遺言を聞こうかしら……よくも私の可愛い子供達をいじめてくれたわね」
「ママ……!」
「ママじゃねぇだろ」
ラケットで口許を隠し、あまりにも自然な文句に、梓が思わず声を漏らす。
冷静だった仁志がツッコミを入れるも、空を切る。
そして祥蔵は黙ったまま華鈴を見つめ、構えを取った。
「言葉は要らないってことね……いいわ、かかってきなさい!」
ノリノリでラケットを突き出す華鈴。
その宣戦布告に、祥蔵はサーブで答える。
そして試合が始まった――。
「……な、なにぃ!?」
「我らの王が!」
「おお、負けてしまったのか祥蔵よ……」
「アンタらはどういう立場なんだ!」
結果は華鈴の圧勝だった。
先程まで女性陣を蹂躙していた強さを抑え込む実力に、女性陣は羨望の眼差しを向けている。
対する男性陣は、どこからのノリなのか、とりあえずふざけ倒していた。
「かんぱーい!」
その後、場所を宴会場に移動した一同は、梓の音頭で宴の火蓋を斬る。
未成年である琴葉、梓、仁志はノンアルコール、他はアルコールで、劉兎はどっちでもいいという立ち位置である。
皆が思い思いに動き、もはや自分の席などどうでもいいと言わんばかりの中、自席で梅酒の美味しさに感嘆していた劉兎の隣に琴葉が座る。
「隣、失礼しますね」
「……ああ、琴葉か」
「なんか、長いようで短い、そんな日々でしたね、ここまで」
「そうだなぁ……でも、悪くなかったかな」
劉兎の意外なセリフに驚きつつも微笑む琴葉。
そんな琴葉の顔を、何も言わず見詰める劉兎だったが、突然背中に走る衝撃に我に返った。
二人が振り返ると、そこには既に出来上がっている萌葱が居た。
「萌葱さん!?」
「おまえりゃ~男女でおなじへやはダメたかりゃにゃ~」
「分かってますよ!」
「ふふん、まぁ幽霊には性欲がにゃいかりゃいいんだけどねぇ~」
「なんてこと言うんですか! ハレンチです!」
「ま、まあイイじゃん、あの人もこういうところでははっちゃけたいんだよ」
突然の暴露に顔を真っ赤に染めながら反論する琴葉。
劉兎はこういう場での大人がどうなるのかある程度知っているため、そんな琴葉を宥めるだけに留める。
それにしても酔ってたな……なんて思っていると、不意に左肩にぬくもりを感じた。
「……色々ありましたよね」
劉兎の肩に寄りかかる琴葉は、安堵から出る溜息をこぼす。
それを横目で見ると、静かに一口梅酒を飲んだ。
「ああ、色々あったな」
二人の目線が周りに向けられる。
そこに居たのはハメを外すメンバー達。幸太郎に絡み酒をする祥蔵、泣きながら竜のことを仁志に話す萌葱、華鈴はそんな萌葱達を肴に酒をあおる。
そんな光景を飲み込み、再度劉兎が口に出す。
「うん、色々あった」
「いえーい!」
感慨深く過去を逡巡しようとした劉兎達に抱き着いたのは梓。
不意な事ではあったが特に気に留めない二人、しかし、梓の口から酒の匂いが漂ったのを察知すると、琴葉は勢いよく立ち上がった。
「誰ですか! 梓ちゃんにお酒飲ませたの!」
激昂する琴葉を見て大笑いする萌葱。
祥蔵がべろべろになりながら梓に駆け寄り、梓は祥蔵の言っていることが理解できないのか、次は仁志に抱き着く。
嫌がる仁志を見て、華鈴が笑う。そんなどんちゃん騒ぎは、夜遅くまで続いた……。




