第75話 慰安の旅
翌日、遺恨を少し残しつつも悪霊退散会は梓企画の温泉旅行へと足を進めていた。
一泊二日となる今回の旅行の目的は、主に交流と慰安。特に新人として入会した仁志を歓迎する名目もあったが、一番強い理由はやはり竜を亡くしたメンバーの慰安だった。
今回の移動手段は車。ほとんど復興が終了している霊界を横断し、向かうのは西側にある高台。そこに幸太郎がお勧めする温泉宿があった。
「会長、やはり俺はもっとでかく行くべきだと思います」
「ああ、そうだね……ただ、もう少し穏やかに行こうか」
「いいや、もっと強気に行くべきです!」
「私だけならいいが、今回は皆を乗せているんだ、頼む」
車の運転をしているのは祥蔵。しかしその様子がおかしいことに劉兎は気づく。
普段寡黙だった祥蔵が、あまつさえ助手席に座る幸太郎にマシンガントークをしていた。語気が強くなるにつれて勢いの増す祥蔵の運転に、劉兎は息を呑む。
「うえ~……」
「だ、大丈夫か梓! 琴葉まで!」
「よ、酔いました……」
「ちょっと祥蔵さん! もっと運転を穏やかにして!」
劉兎は梓と琴葉と共に一番後ろの座席に座っている。
そのひとつ前の席では、仁志と萌葱と華鈴が座っており、気を遣って萌葱が話しかけているのが見えていた。
だがそれよりも、祥蔵の荒々しい運転によって車酔いをする隣の二人が心配でならない。
祥蔵はハンドルを持つと性格が変わるタイプだったのだ。
酔っている二人を介抱をしながらの道を一時間。一行はついに温泉宿へと到着する。
「祥蔵さん……殺しますよ?」
「う、うむ……すまない」
到着直後、荘厳に構える宿に目もくれることなく、劉兎は祥蔵を詰める。
先日の仁志との決闘など生温いと思えるほどの殺意を込めた表情に、祥蔵は正座で謝罪していた。
そんな中、劉兎の背中で死にかけていた梓が宿を見て目を輝かせると、突然元気になって走っていく。
「うわ~! すごい宿だ! めっちゃ高そう!」
「……現金な奴だな」
宿に興味津々な梓を見て、もう大丈夫であると察した劉兎は嘆息しながらその後を追う。
祥蔵はその後も華鈴に怒られ、萎縮していた。
「お待ちしておりました、悪霊退散会の皆様」
「ご無沙汰してます、女将」
「幸ちゃん、久しぶりだねぇ……先日の襲撃を収めてくれて、ありがとう」
宿の扉を開けると、そこで待っていたのは女将と思わしき女性。
老舗の旅館を彷彿とさせる出で立ちに、少しだけ劉兎は小恥ずかしい思いをする。
他の仲居が皆の荷物を持っていく中、幸太郎と女将の会話に花が咲いていた。
「随分仲が良いんですね?」
「仲が良い……そうね、もともとこの旅館は幸ちゃんの前の会長さん。明美さんって人が懇意にしててね、その時からの仲なのよ」
「会長の前の会長さんですか……結構長いんですね」
女将と楽しそうに話す幸太郎を置いて行き、各々部屋割りを決めていく。
今回は懇意にしてくれていることもあり、大きな旅館ながら貸切の対応をしてくれており、皆が思い思いの部屋を選んでいく。
劉兎も適当に落ち着ける部屋を選び、再度広間へと足を運んでいた。
そのさなか、廊下で窓越しに空を見上げている琴葉に出会う。
「何してんだ?」
「劉兎さん……空が、空が裂けてます」
琴葉の言葉に疑念を持ちながらも同じく空を見上げる。
すると、確かに霊界の空にはくっきりと黒い線が一本引かれていた。時刻はまだ昼。黒い線など入ることのない時間に、思わず身の毛がよだつ劉兎。
また何かが始まるのかと身構える。
そんな二人の下に萌葱が歩いて来た。
「何してんだお前ら」
「萌葱さん……空が裂けてるんですよ」
「……ああ、もうその時期か」
「その時期?」
「お盆だよ、もうすぐだろ?」
お盆という単語を聞き、首を傾げる二人。
単語は知っているが、お盆と空の裂け目に整合性が立たず、納得できないでいたのだ。
そんな二人を見て、萌葱は少し微笑むと、軽く謝りながら話し始めた。
「お盆は、唯一死者が現世に帰る日って言われてるだろ? だからアタシ達も帰るんだよ。あれはそのために用意された裂け目で、特に気にすることは無い、大きなゲートみたいなもんだ」
「ゲートなら……それこそ悪霊が入って来てしまうのでは?」
「それはない。あのゲートは強力な条件で縛られてる」
禍々しく開く裂け目に驚きの隠せない劉兎と琴葉だが、萌葱は顔色一つ変えない。
「精霊馬って知ってるか?」
「あのキュウリやナスに割りばしを刺して馬を作るやつですか?」
「そう、何もあれはただのしきたりじゃないんだ。あれを作られることで、アタシ達は現世に招待されてゲートを潜ることができる」
「……なるほど、いわば精霊馬を作られない死者は、たとえ霊界の幽霊であってもあのゲートは潜れないってことですか」
「そういうこと、だから心配しなくていい。そもそも悪霊もこのお盆だけは皆帰るんだよ、霊の歌だってこの時期に活動した記録はない。むしろアタシ達は生前の家族と会えるいい機会だ、期待しとけよ」
「……会えるんですかね」
「ん? 何か言ったか?」
「いいえ、何も」
精霊馬の話を聞いて少しだけ顔を曇らせる劉兎。
思いのたけを募らせる劉兎だったが、少しだけ漏れた言葉は誰の耳にも入らなかった。
それよりも、どたどたと廊下を走る音が耳に入り、全員の視線がその方向へと向く。音を立てながら曲がり角を曲がったのは梓で、焦る表情のまま全員の下に辿り着くと、肩で息をしながら空を指さす。
「なんか空が割れてるんだけど!」
その反応に、全員の表情が綻ぶ。
訳が分からず首を傾げる梓に、再度萌葱が説明を始めた。
そんな中、部屋に入っていく仁志を見て、劉兎はその背を追いかける。
「よお、一人部屋にしたんだな」
「……劉兎さん」
足音で少しだけ警戒心を高めた仁志だったが、入ってきたのが劉兎だと気づくと眉間のシワを解く。
唯一仲居に荷物を預けなかった仁志は、その場で鞄を下ろすと、備え付けの座布団に座って劉兎を見た。
「オレはまだ……納得いってません」
真剣な表情での告白に、劉兎は口角を上げる。
「いいぜ、納得いくまで何度でも戦ってやるよ」
拳を向けた劉兎に少し驚く仁志だったが、次第に頬を綻ばせた。
「メンバー同士で何度も戦ってちゃ世話ないでしょう」
(なんだよ、いい顔するようになったじゃん)
年相応の笑顔を見せる仁志に、少しだけ安心する劉兎。
不意に頭に巻いていたタオルを取った仁志は、そのまま髪の毛を適当に解した。
「なあ、その青髪って、ここに来て染めたのか?」
「……やっぱわかるんすね、そうっすよ。アニキの真似っす」
竜の真似と聞き、概ね納得する劉兎。
確かに竜よりは幼い上、髪色も明るいものではあるが、竜の模倣と言われれば納得する。
顔は男気溢れる竜に対し、仁志は中性的過ぎるが、それでも白色のタオルを頭に巻いたり、バンテージを拳に巻いている姿は、まさしく模倣。
恥ずかしげもなく告げる仁志に驚く劉兎だったが、少しだけうらやましくも思った。
同時に、仁志の扉がノックされ、萌葱が顔を出す。
「ここに居たのか、温泉に入って身体を休めろって指示があったから、お前らも入れよ」
「……うっす」
けれども、萌葱の入室の途端、先程までの笑顔が嘘だったかのように表情を硬くした仁志。
その顔を見て、劉兎は確信する。
まだ仁志は組織に納得していないと。




