第73話 新しい風
劉兎達が仁志と一悶着している中、プレハブの食堂では琴葉と梓が何かをひそひそと話していた。
「何をしているんだい? 二人共」
そこに現れたのは、自室で事務仕事を終えた幸太郎。
幸太郎の登場に驚いた琴葉が小さい悲鳴を上げる。
「す、すまないね、急に。私が聞いてはダメな話だったかな?」
「い、いいえ! そんなこと無いです! むしろ私こそすみません変な声上げちゃって!」
「私が驚かしてしまっただけだからね、そこは気にしないでくれ。じゃあ改めて、何の話をしていたんだい?」
「これです!」
お互い謝罪して微笑む幸太郎と琴葉。
そんな二人に割り込むように、梓が一枚の紙を幸太郎に見せる。その紙には『みんなで温泉旅行しましょう!』と書かれていた。
「温泉旅行?」
「そうです! やっと霊界も復興してきて、ごたごたも終わった事ですし、新入会員も入るらしいじゃないですか! 歓迎会も含めて、皆で疲れを癒そうかなって!」
「ふーん……」
顎に手を当てて少し思慮する幸太郎。
梓の言う通り、ここ一週間はかなり忙しい日々だった。
ゆえに幸太郎もだいぶストレスがたまっており、優香を祓除した今も、ピリピリした緊張の糸はほどけないでいた。
しかし、この梓の少し能天気とも言える提案が、その糸をほどく。
「ダメ……ですか?」
何も言わない幸太郎を見て、不安がる梓。
幸太郎は数秒の逡巡の後、優しく微笑んだ。
「実は温泉旅行に適しているところが霊界にはあってね」
「本当ですか!」
幸太郎の回答に承諾を察した梓は表情を明るくさせる。
満面の笑みで幸太郎を加えた会議を進めていくと、食堂の扉が開かれた。
「戻りました」
入ってきたのは萌葱。劉兎と祥蔵と、そして仁志を連れて入る。
仁志と目が合った琴葉と梓は、真新しさで目を輝かせるも、四人の持つ独特な空気感に首を傾げる。
対する仁志は、そんな二人を一瞥すると鼻で笑ってみせた。
「連れてきてくれたんだね、萌葱」
「まぁ、一筋縄じゃなかったみたいですけどね」
萌葱の言葉に理解できずに片眉を下げる幸太郎。
同時に食堂に入ってきた華鈴を見て、幸太郎はそのまま仁志を皆の前に促した。
「紹介しよう、新たな悪霊退散会メンバー雛野 仁志君だ。彼は、竜の後継者で、直々に訓練を受けていた弟分だ」
幸太郎の紹介で頭を下げる仁志。
けれども頭を上げた後の眼には憎悪が満ちていた。
「よろしくお願いします。雛野 仁志っす……てまあ、社交辞令はここまでってことで」
仁志の目線が強くなり、皆の中で緊張が走る。
同時に、空気が凍った。
「オレはここに居る奴らを全員許さない。オレのアニキ分の胡堂 竜を殺したお前らを許さねぇ」
皆の表情が固まる。幸太郎も同様に、鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くしていた。
そこですかさず手を上げたのは、意外にも梓。
「ね、ねぇ! 歓迎会も称して明後日から温泉旅行に行くんだけど……」
「は? んなもん行くわけねぇだろ……つーか、アニキが死んで悔恨の中必死に鍛錬するわけでもなく、お前らは遊びに行くんだな? つくづくぬるい組織だな」
梓の提案に食い気味で吐き捨てる仁志。皆の顔を一瞥することも無く幸太郎に向き直ると、冷たく「オレの部屋は?」と言い放つ。
折角の提案を頭の先から折られた梓はあからさまに気を落とし、琴葉がそれを慰めていた。
それを横目で見ていた劉兎は、音を立てて立ち上がると、仁志を睨みつける。
「粋がるなよ、雑魚」
「あ?」
劉兎の言葉に、全員の視線が集まる。
更に険悪化が予想できる言葉に、思わず幸太郎は小さい声を発して驚いていた。
そして言われた本人である仁志は、すぐさまこめかみに青筋を立てて劉兎を睨む。
「粋がってんじゃねぇよ、雑魚」
「誰が雑魚だって?」
「お前に決まってんだろ、脳みそ詰まってんのか?」
「へぇ……悪霊退散会の悪霊さんが何を言うかと思えば」
仁志の言葉に目を見開く劉兎。その反応を見て、仁志は口角を上げた。
「何で知ってるのか、って顔だな? 知らねぇわけねぇだろ? この組織に入るって決まってる幽霊だぞ」
驚く劉兎をよそに、いたずらな笑みを浮かべたまま近づく仁志。
「ちょうどいいや、オレが除霊してやるよ、悪霊」
「上等だ、ガキ」
煽るように両手をポケットに突っ込み、敢えて下から劉兎を睥睨する仁志。
そんな仁志を見据えた劉兎は、負けじと見下していた。
翌日、二人の決闘がここに決まった。




