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霊ノ謳  作者: しろくろあめ
第6章 黄昏時に思い馳せ

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第71話 精神

(……俺の中には、何がある?)


 翌日、自室で精神統一訓練をしていた劉兎(りゅうと)は、自分を省みる時間に充てていた。

 

 穏やかに息を吸い、吐く。その一連の動作は段々と劉兎の意識を深いところへと持っていくようで、肌に触る服の感覚から、自身を巡る霊力(れいりょく)の存在、そして更にその奥にある心臓の鼓動と知覚していく。


(俺は……何なんだ?)


 思考を沈め、まるで小さくなった自分が心の中へと入っていくような感覚を覚える。

 

 暗がりの中、目の前に見える琥珀色の光を求めて彷徨い、ついに手が届く距離にまで到達していた。

 

 だがその直後、劉兎の身体に黒色のモヤが絡みつく。


「なっ! これは……まさか、黒い霊力!」


 心の中を揺蕩う劉兎を絞めつけていたのは、同じく劉兎の心の中にある黒い霊力。

 

 琥珀色の光、もとい琥珀色の霊力の背後から伸びるそれは、ゆっくりとしかし確実に劉兎の身体に巻き付いていく。

 

 必死に身体を動かして抵抗する劉兎だったが、黒い霊力は一向にその力を緩めない。

 

 このままだと意識が乗っ取られると感じた劉兎は、精神統一訓練の中止を試みるために意識を現実に戻そうとするが、直前で踏みとどまった。


「違うな、そうじゃないよな」


 静かに息を吐き、黒い霊力への抵抗を止める。

 抵抗が無くなったことにより、当然黒い霊力は劉兎に巻き付き、引き寄せていく。

 

 劉兎の身体は次第に琥珀色の霊力に近づいていき、静かに目を閉じる。


「違うよな、俺は抵抗する事じゃなく、受け入れることを選んだはずさ」


 迫る琥珀色の霊力に向かって両腕を広げる。

 眉間にシワが寄った顰め面ではなく、強く前を見据える決意が混じる表情に変わった劉兎。

 

 目と鼻の先に琥珀色の霊力が迫り、力一杯に抱きしめようとした瞬間、突然劉兎は弾き飛ばされた。


「うぐっ! 痛え……」


 意識は現実に戻り、背中を床に打つ。

 それはまるで、黒い霊力からの拒絶だった。

 

 額に脂汗を滲ませ、乱雑に袖で拭うと、傍らに置いていたペットボトルから水を盗むように一気飲みした。

 落ち着くために深呼吸すると、ペットボトルを捨てるために部屋を出る。


祥蔵(しょうぞう)さん、おはようございます」

「……劉兎か、おはよう」


 食堂には祥蔵が居た。

 

 疲労が見え隠れする表情を察し、復興の手伝いを終えたばかりだと察した劉兎は続いて労いの言葉を述べる。

 

 少し嘆息した祥蔵はお礼を返すと、近くの席に座った。


「劉兎、少しいいか」

「えっ……? ええ、大丈夫ですよ」


 ペットボトルをごみ箱に捨て、呼ばれて振り返る。


「ラーメン、行くぞ」


 その言葉に、少し前の出来事を思い出した劉兎は、何も言わず承諾して祥蔵に着いていく。

 

 プレハブを出た二人は、中心街へと歩いていく。

 

 軍神部(ぐんしんぶ)悪霊退散会あくりょうたいさんかい、そして霊界(れいかい)の有志達で構成された復興班は、連日昼夜問わず作業を続けていた。

 

 もちろん劉兎もその作業に参加しており、基本的に半日交代となっている。

 その甲斐もあって、少しだけ以前と同じ活気を取り戻していた霊界は、牛歩だが明るい未来へと進んでいた。


「お店、無事だったんですね、店長さんも」

「ああ、なんとかな」


 襲撃前に行ったのと同じ店構えを見て安堵する。

 そんな劉兎を横目で見つつ、祥蔵は黙って入店した。


「おお! 祥ちゃんに劉兎くん! いらっしゃい! 先日は悪霊退治お疲れさん!」

「ご無沙汰してます」

「あ、ありがとうございます!」


 迎えたのは変わらず元気な店主。

 快活な声とは対比するように低い声で受け流した祥蔵は、慌ててお礼を言う劉兎を置いて席に座る。

 

 同時にキッチンに戻った店主は、程なくして二人の前にラーメンを置いた。


「あんときはどうなるかと思ったけど、流石は天下の悪霊退散会だな! 俺祥ちゃんが戦ってるところを間近で見てびっくりしちまったよ!」

「店長さんも、御無事で何よりです」

「ああ。ただ、(りゅう)ちゃんは、残念だったな……」

「ッ!」

 

 一通り祥蔵を褒めた店主だったが、竜という名前を一言するや否や表情が曇る。

 

 その表情を見て、胸が締め付けられる思いがする劉兎だったが、祥蔵に促されて箸を手にすると、ラーメンを勢いよく啜る。

 

 同じく続いて黙々と食べ始める祥蔵を見て、店主は調理へと戻っていった。

 

 数分、麺を啜るだけの音が店内をこだまする。そんな沈黙を破ったのは、他でもない祥蔵だった。


「竜の件、気にしているか?」

「……気にしてないと言ったら、流石に噓になります」

「そうか……そうだよな」


 劉兎の返答を聞き、静かに天井を見上げる祥蔵。

 心の中に残る竜の記憶だけがダマとなる感覚に、劉兎は思わず水を流し込む。


「幽霊の強さは、どこから来ると思う」

「急に何ですか……? でも、幽霊の強さなら、やっぱり霊力では?」


 単刀直入過ぎる質問にたじろぐ劉兎。

 しかしいつの間にかラーメンを完食していた祥蔵は強い眼差しで劉兎を見据えている。

 そんな祥蔵の目線を肌で感じ、劉兎も残りの麺を啜った。


「幽霊の強さは、ココだ」


 劉兎が食べ終わるのを見ていた祥蔵は、拳を作り、優しく劉兎の胸を二回叩く。


「精神を一定に保てているか否かだ。特にその辺は竜がかなり上手かった。俺達幽霊は、基本的に何かしら生前に未練を持つ者の集まりだ。だから精神は揺らぎやすい、でも竜は違った」


 劉兎の脳内に駆け巡る竜との日常。

 

 確かに祥蔵の言う通り、竜は基本的に冷静で明るかった。精悍な笑顔が似合う漢の中の漢、それが劉兎からの評価である。


「あいつにも未練はあった、でも明るくて、ムードメーカーで、太陽みたいな存在だ。俺より年下なのに、俺より完成された精神力だった」

「……精神力」

「そう、だから今お前は竜の死を経て、更に嫌な事実を知って、かなり精神が揺らいでいると思う」

「まあ、そうですね……正直、あの場では気丈に振舞ったんですけど、だいぶきてます」

「……正直に言ってくれてありがとう。ただ、最終的にはその気持ちに決着をつけるのはお前自身だ、それは分かるな?」


 祥蔵の言葉を飲み込むように頷く劉兎。


「俺達は、お前が納得できるように最大限サポートする。ただ、精神が安定している奴が一番強い、それだけは忘れないでくれ」


 席を立つ祥蔵。

 店主にお礼を言うと、劉兎が着いてくるのを確認して店を出る。


「まずは一つずつ、問題を消していこう。安定した精神を持つんだ」


 祥蔵を見つめ、力強く頷く。

 そよ風が劉兎の頬を撫でる中、二人に近づく影が一つ。


「おーおー、仲間が死んで間もないって言うのに、かなり元気そうじゃないか悪霊退散会」

「……誰ですか?」


 声のした方向に振り返る。

 

 そこに立っていたのは、フードを深く被った男だった。

 口元しか見えない姿に、警戒する二人。しかし男はフードを雑に脱ぐと、現れたのは少年。

 

 白いタオルが巻かれた頭からは、少し青色の髪の毛が溢れており、蒼い三白眼で劉兎を睨みつける。


雛野(ひなの) 仁志(ひとし)だ。これ言っても分かんねぇかあ!?」

「……いいや、分からないな」


 敵意剥き出しの眼で睨みつける仁志は、今にでも爆発しそうな勢いで吼える。

 

 周りで歩いていた幽霊が何事かと視線を合わせる中、劉兎の冷静な返しが寧ろ神経を逆撫でした。


「そうかよ!」


 突然地を蹴る仁志。同時に繰り出された蹴りが劉兎を襲った。

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