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霊ノ謳  作者: しろくろあめ
第6章 黄昏時に思い馳せ

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第70話 第一歩

 それは、考えうる中で一番最悪なタイミングだった。

 誤解を産む、そしてなにより本人を省いて会議を行っていたという事実。更に内容は劉兎(りゅうと)に関わるもの。

 

 全員が、黙っていた。


「劉兎さ――」

「少し……そんな予感はしてた」


 何かを考えていた訳ではない。

 

 それでも言葉を紡ごうとした琴葉(ことは)の言葉を遮るように、劉兎は呟いた。

 

 幸太郎(こうたろう)さえも鳩が豆鉄砲を喰らったかのごとく目を見開いている中、劉兎の眼は濁りつつも琥珀色の輝きを見せる。

 

 緊張が空気を走る。


「でも、そこから逃げてたのは紛れもない俺自身だ。だからみんなを糾弾することもない」


 固唾を飲んで見守る悪霊退散会あくりょうたいさんかい

 誰も何も言えないその状況で、劉兎は突然頭を下げた。


「もう逃げない。例え俺が本当に悪霊だとしても、その力を制御してみせます。だから、もう一度俺にチャンスを下さい」


 その行動と言葉は、再び皆を驚かせる。

 怒るならまだしも、あまつさえ頭を下げ、許しを乞う劉兎は異端に映る。

 

 もちろん劉兎は当てつけでその行動をした訳では無い。心から未来を憂いでの行動だった。


「頭を……頭を上げてくれ」

萌葱(もえぎ)さん……」


 そんな劉兎の頭を上げさせたのは、萌葱だった。

 劉兎が頭を上げるのと同時に、次は自分が頭を下げる萌葱。劉兎はそれを見ると驚きから目を見開いた。


「アタシこそすまない……琴葉の言う通り、お前は自分の現実を受け止められる強い奴だった……本当に申し訳ない」

「……何で頭を下げるんですか?」

「アタシの進言だったんだ。この事実を隠して、何とかして劉兎をこちら側に戻そうというのは」


 萌葱の頭を上げさせようと動いた手が止まる。

 半開きになった口をゆっくり動かし、喉元にまで迫る侮蔑の言葉を何とか飲み込んだ。


「何でですか?」

「隠すつもりは無い、正直に言う。アタシはお前が耐えられなくなって、心の奥底に眠っている黒い霊力を爆発させてしまうんじゃないかと思ったんだ。そうなったらアタシはお前を殺さなきゃいけない……アタシはどうしてもそれが嫌だった」


 ゆっくり頭を上げる萌葱。その眼は紅く光っていない。

 そして優しく微笑みかけると、眉をハの字に下げて見せる。

 

「結局はアタシも保身だよ、最低な奴だ」

「いいえ、それに関しては私達もです」


 自嘲する萌葱の横で、力強く琴葉が続く。

 同時に、今まで黙っていた他の面々も立ち上がって劉兎を一瞥した。

 

 あの幸太郎までもが頭を下げる事態に、流石に劉兎も驚きを隠せない。

 

 戸惑う劉兎の心を落ち着かせるように一歩近づいた琴葉は、静かに劉兎の手を取った。


「多分、劉兎さんだけじゃない。ここに居る誰もが劉兎さんの変化に気付けたし、悪霊だって結論付けることもできたはず……確かに真実をひた隠しにして何も言わないのは重罪です。でもこの世には隠しきれないことだってあるし、違和感だってあった。でもそれを全て『勘違い』で通したのは、他でもない私達です」


 萌葱の肩に手が置かれる。

 宥めるように後ろから近づいたのは(あずさ)だった。


「そうですよ、だから最低なのは萌葱さんだけじゃない、あたし達全員です」


 決して悪意で隠されてはいなかったことは、劉兎も重々理解している。

 

 萌葱も幸太郎も華鈴(かりん)も、事実を知りながらも他の会員と分け隔てなく関わっていたのはもちろん、基本的に劉兎の思うままに動けていた。

 

 今更それを掘り返して粗を探すようなつもりもなく、琴葉や梓の言葉を咀嚼すると、微笑んだ。


「じゃあみんな最低ということで、最低の集団ですね」


 劉兎の微笑みは、以前のような何かを隠して貼り付けたようなものではない。

 もちろん、一朝一夕で悪霊である事実を飲み込みきることはできないが、それでも気持ちは晴れていた。

 

 そんな反応に、張り詰めていた空気が緩くなっていき、次第に皆の顔が明るくなる。


「なんだ、そんな簡単な事だったんだな。アタシはやっぱり、お前のことを見誤っていたんだな」

「仕方ないですよ、最初の出会いの時、だいぶ俺情けなかったじゃないですか」


 お互いが向き合い、初対面のことを思い出す劉兎と萌葱。

 小人に襲われ、涙を流しながらも萌葱と相対した劉兎は、お世辞にも格好よくはなかった。

 

 脳裏を逡巡する出会いの景色に、恥ずかしさから表情が綻ぶ劉兎。

 

 そしてそんな光景を、梓の中で月音(つきね)が静かに眺めていた。


「ワタシも、ああなりたかったなあ……」


 今、劉兎が皆から認められている光景を眺め、憂う。

 少しに惜しむように眉を下げる。その声は梓には届かない。


「おめでとう。(ひいらぎ) 劉兎。今日初めて、悪霊が悪霊として悪霊退散会の敷居を跨いだな」


 暗い梓の心の中で、一人で呟く。

 劉兎に向けられた言葉だったが、それが本人に届くことは無かった。





 翌日、少しだけ明るくなった悪霊退散会は、本日も復興作業に勤しんでいた。

 

 そんな中、劉兎と琴葉は食堂で会す。


「琴葉、昨日はありがとうな。俺のために怒ってくれて」

「……いいえ、私の自己満足です。劉兎さんは良い人なのに、このまま腐っちゃうのが嫌だった」

「それだけ?」

「それだけ……ですが、私にとってはとても大切なことです」


 同じテーブルを囲むように座る二人。

 劉兎の手元にはコーヒーカップが置いてあった。


「あの……一つ相談してもいいですか?」

「いいよ、どうしたの?」

「劉兎さんは、何でそんなに強いんですか?」

「……俺が強い?」


 珈琲を飲もうとした手が止まる。

 まさか強いと言われるなど思っても居なかった劉兎は虚を突かれた。


「肉体的ではないです、精神的にお強いなって」

「……俺が悪霊だって言われたことか?」

「それもそうなんですが……ここ数日はずっと激闘で、悪霊の友人ができたと思ったら、霊界(れいかい)が襲撃されて。(りゅう)さんを喪ったと思ったら、次は親友と戦う羽目になって……」

結城(ゆうき) 優香(ゆうか)さん……だっけ?」


 劉兎の問いに琴葉は静かに頷く。

 

 やっと手を動かした劉兎は、穏やかな表情で怒涛だった最近の情勢を偲びつつ珈琲を飲む。


「私は、誰かの役に立ちたいって思ってここに入りました。でも、悪霊と戦うのは怖いし、実際彼らは元とはいえ生きていた人間で、誰かを守るどころか祓う事実が辛かったんです」

「あー……何か分かるな、俺も思ってたわそれ」

「……劉兎さんはどうやって乗り越えたんですか? 実は私、昔は『不殺』を謳おうとしていたくらいにはこういうことが苦手で、今もふとした時に思い出しては自己嫌悪したりしてて……」


 琴葉の言葉を聴き、昔の自分を思い出す劉兎。

 

 彼も同じく、悪霊を祓うことに抵抗感を抱いていた。

 

 しかし、琴葉と劉兎には決定的な違いがある。


「俺は、ある人から言われたんだ」

「ある人?」

「ああ、その人は滅茶苦茶強くて、その時の俺じゃ敵わなかった。だから聞いたんだ、何でそんなに強いのかって。そしたらその人は言ったんだ『敬意を払ってる』って」

「敬意……?」


 珈琲を更に一口飲み、ほっと一息つく。

 

 一見上の空に見える劉兎だったが、脳裏には桜木下の死体が過っている。


「俺らは正義で悪霊が悪、悪霊達から見たら逆も然り。でもその構図で成り立ってる」

「……そんなに簡単ですかね」

「世界ってのは案外簡単だよ。そして、この事実は拭いきれないもので、正義と悪は対峙しあうのもこれまた世界の心理だ。だからこそ、その人は敵に最大限の敬意を払った。それが手向けになるように」


 桜木下の死体戦後、実は劉兎はずっと考えていた。

 敬意とは何なのか、死体の目的は何だったのか。

 暇なときに過る死体の顔に、劉兎は向き合いながらも答えを出せずにいた。

 

 しかしこの場で琴葉と話していく内に、ゆっくりとその謎が紐解かれている。

 目の前で俯き、考え込む琴葉に昔の自分を当てはめると、静かに席を立つ。

 

 数分後、考え込む琴葉の目の前には、真新しいコーヒーカップが置かれていた。


「これは……?」

「華鈴さんに教えてもらって淹れてみた。味はあんましかもだけどね」


 劉兎に一瞥し、珈琲を口に運ぶ琴葉。

 ゆっくり味わうように飲むたおやかな姿を見て、少しだけ浮き立つ。


「美味しいです……!」

「そっか、ありがとう」

 

 向けられたあでやかな笑顔に、思わず劉兎の心は揺れる。

 ひた隠すように向けた微笑みは、琴葉の目線を逸らさせる。


「きっかけは何でもあると思う。俺はその人と出会えたからよかったし、今でも俺の心に刻まれてる」

「いい……出会いだったんですね」

「そんな琴葉こそ、いい出会いでしょ」

「え……?」

「月音に、優香さん。むしろ琴葉は俺よりも悪霊と関わることが多かったし、何か言われたりしてないの?」


 押し黙り、物思いに耽る琴葉。

 

 数秒の沈黙の後、何かに気付き、その表情は明るくなった。


「そうでした。もう、優香から言われていました」

「ほら、いい出会いしてたじゃないか」


 手持ちの珈琲を飲み干し、溌剌な顔を向ける。

 琴葉の表情が更に明るくなったのを確認すると、劉兎は静かに安堵した。

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