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霊ノ謳  作者: しろくろあめ
第5章 悪霊の友

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第68話 錯綜と先導

「お主は、よくあんな獣を飼ってられるな」

(獣……? なんのことだ?)


 霊界(れいかい)襲撃事件が始まる少し前のこと。

 月音(つきね)の部屋を訪れていた劉兎(りゅうと)は、幸太郎(こうたろう)に促されて外に出る。

 

 しかし、突然聴こえた聴きなじみのない単語に、部屋を離れようとした劉兎の足が止まる。

 

 何を意味しているのかは定かではなかった。だが、確かに心をわしづかみにするような感覚を覚える。


「獣か、そう言われれば、そうなのかもしれないな、キミたちから見れば」

「……まさか、言ってないのか!?」


 部屋の扉に耳を傾ける。木造の扉は、ヒートアップしていく月音と幸太郎の討論をよく通す。

 

 最初は幸太郎に対して言っていたと思っていた劉兎だったが、月音の台詞でそうではないと察すると、余計に気になってその場から離れる気になれなかった。


「自分が獣であることを教えずに生活させることに何の意味がある?」

「……誰のことを言ってるんだ?」


 月音の言葉はどんどんと第三者に向けた者へと昇華していく。

 幸太郎は月音の言葉に言い淀んでいた。


「そんな大義、お主らにはないだろう? 妾はそれを知りたい」


 月音の追及に、訪れる静寂。

 

 ベッド脇に置かれた時計の音すら響かせるような静謐な部屋で、幸太郎の歯ぎしりがよく聞こえた。


「ああ、無い……大義なんて、無いさ」

「ようやく人間らしい表情(かお)をしたじゃないか」


 幸か不幸か、廊下を歩く人間は誰も居ない。

 扉に耳を当て続け、話を聞くこと数分。突然背後から足音が聞こえ、咄嗟に劉兎は飛び退いた。


「……あれ、劉兎くん? こんなところで何してるの?」

(あずさ)か……いや、月音と少し話をね、じゃあ俺は任務があるから失礼するよ」

「……? うん?」


 寝起きで頭が回っていないことをいいことに、適当にはぐらかした劉兎はそそくさとその場を離れる。

 

 背を向ける劉兎に対し、大きくあくびをした梓は、特に気にすることなく月音の部屋へと入っていった。

 

 廊下を歩きながらカフェスペースに向かう道のりで、劉兎の脳裏には嫌でも先程の会話が逡巡する。


「獣……買う、飼う? 流れ的に俺のことか……? いやでも、月音とはほとんど初対面だし」


 考えうる全てのパターンを想起し、ブツブツと呟くものの答えは見つからない。

 

 再度踵を返して月音の部屋の前に戻ろうと試みるも、今しがた月音の部屋から出てくる幸太郎を見て、諦める。

 

 そして小走りで(りゅう)琴葉(ことは)の下へ向かうと、そのままゲートに入った。


「大丈夫ですか?」

「な、なにが?」


 ゲートを潜り、生界(せいかい)に突入した三人。

 けれど、戦闘準備をしなければいけない段階で上の空だった劉兎は、琴葉から声を掛けられてやっと我に返る。

 

 恥ずかしさで頬を赤らめつつもはぐらかし、わざとらしく咳払いをした。


(そうだ……とりあえずは目の前の任務。これをこなした後にまた追求すればいい話──)


 意識を集中させ、霊器(れいき)に手を掛ける。

 

 しかしその刹那、劉兎の視界がぐらつき、琴葉達が消える。


「劉兎さん!」

「劉兎!」


 否、消えたのは劉兎。

 

 突如として劉兎の足元に現れた黒い霊力の円は、そのまま劉兎を飲み込むとその場から姿を消させる。

 穴から落ちた感覚で気付く劉兎だったが、時すでに遅し。

 

 手を伸ばすも、視界を埋め尽くすのは漆黒。

 暗転する景色の中で、劉兎は考える。


(さっきの話、やっぱり俺のことなのかな──)


 ままならない思考の中、抵抗を止めた劉兎は流されるように落ちていく。

 数秒間落ちた劉兎は、突然地面に叩きつけられて目を開ける。

 

 そこには落武者が堅牢な甲冑を着て仁王立ちしていた。


「獣って、そういうことだったんだな」


 目を開き、劉兎が最初に見たのは自室の天井。

 ここ数日で様々なことを体験していた劉兎は、既に限界を迎えていた。

 

 霊界襲撃に竜の悪霊化、更には優香(ゆうか)との戦いを制したかと思えばやってきたのは酷いほどの暴露。

 

 本当であれば笑って一蹴するような話だった。だが、一蹴するには辻褄が合いすぎる話だったのだ。


(予感はしてた、もっと前から)


 再度思考の世界に落ちる劉兎。

 

 脳内に想起しているのは、いつぞやかの『十三階段』との戦闘だった。


(あいつは確かに俺に黒い霊力を入れようとして、失敗した……なんでか分からなかったけど、俺が悪霊で既に黒い霊力が有るからできなかったんだ)


 巡る記憶は更に前へ、霊の歌と最初に邂逅した時まで遡る。


(あいつは俺に会って『面白い』と言った。それは俺が悪霊だから……?)


 考えれば考えるほど、些細な機微を最悪の考えに紐づけていく。

 

 果てには自分の存在価値すら分からなくなってきて、劉兎は思考を投げ出した。


「もういいや、なんでも……」


 眠りすぎて眠れない劉兎。

 

 それでも隠れるように布団をかぶると、カーテンから漏れる日の光を煩わしく感じながら蹲った。





 そんな劉兎とは裏腹に、琴葉はプレハブの置かれた高台の端に立つと、手製の墓標をそこに刺す。

 

 墓標には優香の名前が書かれており、そこに跪くと、静かに祈りを捧げた。


「ここは、いい景色だね」


 桜色の霊力(れいりょく)で花を創り出し、墓標前へと差す。花の名前はアングレカム、白色の蘭のような花だった。

 

 墓標を通り過ぎ、高台から落ちないように設置された策に手を掛けた琴葉。

 眼下に望む痛々しい戦禍の残る霊界を眺めては、小さくため息をつく。


「まだ戦いの痕は残ってるけど、みんな希望を抱いて復興を続けてる」


 今回の優香との戦いは、そのほとんどが局所的な場所で行われたこともあり被害は少ない。

 

 人掃けも行われていたため、被害者は居なかった。

 

 今はまだ襲撃戦の戦禍が残っているが、続く復興で綺麗な景観が残ることを信じ、琴葉はここに墓標を立てた。


「あなたはいま、私の身体の中に眠ってる」


 胸に手を当て、鼓動と共に鳴動する力を感じ取るように撫でる。

 そして目を見開くと、桜色の眼が強く示されていた。


「あなたの霊力、無駄にしないから」


 優しく吹く風が琴葉の髪を撫でる。

 茶髪が白髪へと変わっていった。




 同時刻、萌葱(もえぎ)は光を遮り、暗くなった部屋の中で、ドレッサーの前に立っていた。

 口にくわえたヘアゴムに少しだけ力を入れ、両手をゆっくり髪の毛の中へと入れていく。

 

 傷んだ髪の毛は何度も指をひっかけるが、何とか後ろで束ねることに成功するとヘアゴムで結う。


「竜、もう迷わないよ」


 鏡に向かって話しかける萌葱、紅に光る眼が反射する。

 

 竜という精神的支柱が無くなった事は萌葱だけでなく悪霊退散会あくりょうたいさんかい全体で大きな損失だった。


「アタシは、アタシのやれることをやるだけだ」


 目を瞑り、大きく息を吸い、吐き出す。

 そして頬を両手で叩き、決意を示した。


「次は、アタシが誰かを導く番だ」


 竜の遺志を継ぐように、次は誰かを導けるように、そう決意した萌葱の眼は、強く見開かれる。

 

 紅に光り続ける眼には、すでに淀みは無く煌々と光り続けている。

 

「アタシは、アタシを好きになろう」


 竜との記憶を思い出すかのように呟く。

 脳内に流れる楽しかった記憶を静かに胸にしまい、萌葱は部屋を後にした。

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