第67話 辻褄
「劉兎くん!」
「梓! 飲み込まれるなよ!」
琴葉が優香と意識の世界で話している最中、劉兎と梓は生界で優香の残滓と戦っていた。
上半身と共にゲートを潜った梓。そこまでは良かったものの、霧散と同時に体内に入っていた小人を繰り出した優香。
押し寄せる小人の波に、即座に二人は相対する。
「梓……その姿、もしかして悪霊憑依か?」
「うん、そうだけど、流石にこれを一気にどうにかできる手段はないよね」
小人達の波は、まるで津波のように押し寄せる。
一人の少女の身体の中に入っていたとは思えないほどの量に、二人は息を呑む。
最悪なことに、劉兎達が立つ生界の住宅街には黒い結界もない。このまま破壊されてしまえば、生界の人間にも被害が及ぶのは必至だった。
「梓、その力での最大威力は何だ?」
「分かんないよ! さっき初めてなったんだもん!」
「そっか、それもそうかあ!」
限られた選択肢の中で、劉兎が考えたのは一掃。
梓の悪霊憑依で得た力と、自身の最大威力である漆黒の怒槌での同時攻撃。
しかし梓はまだこの力を今日得たばかりで、できる事など分からない。
怒るわけでもなく、即座に梓という手札を切り捨てた劉兎は、黒い霊力を集めに掛かる。
「俺だけでも漆黒の怒槌を使って爆散させる!」
「待って待って! それって腕が炭化するやつでしょ! 軽率に使うのは止めようよ!」
漆黒の怒槌という単語に反応した梓が止めに掛かる。
しかし小人達はひしめき合い迫りくる。
考える時間を与えない波状攻撃に、劉兎はまた自身の腕を犠牲に捧げる決意をした。
その刹那、ふと視界に入ったのは、握っている霊器。
「……これなら、自壊せずに済む!」
「え?」
梓に笑顔を向け、直ぐに集めていた黒い霊力を刀身に付与する。
無数の小人のお陰もあって、即座に集まり出した黒い霊力は、バチバチとスパークを立て始めていた。
すでに怒槌の条件は揃っている。しかし劉兎はその更に上の威力を求めていた。
「梓! 何でもいい! お前も攻撃してくれ!」
「わ、分かった! 月音……力を貸して!」
刀に黒い霊力を集め続ける劉兎。
その傍らで梓の身体が淡紅色の炎に包まれる。
「おい、大丈夫か梓!」
「大丈夫! この炎、暖かくて月音の匂いがする……月音の炎、『狐火』だ!」
「そっか、じゃあアシストしてくれ! 俺がこれをぶち当てる!」
劉兎の言葉に呼応するように、狐火を大きく出力する梓。燃え上がる狐火は、深夜の生界を照らしていく。
対するは黒い霊力を貯め続ける劉兎。
刀は霊力を集めすぎて軋み、今にでも壊れそうな勢いで揺れる。それを腕の力で精一杯抑える劉兎は、なんとか両手で掴むと、小人達に向かって構える。
「チャンスは一度きり、これを逃したら俺達は小人の波にのまれて死ぬ」
「分かってる……絶対、成功させるよ」
大きく息を吐き、構える二人。
迫りくる小人の波はすぐそこまで迫っている。
だからこそ、ギリギリまで霊力を高めている両者は、ついに劉兎の合図で動き出した。
「漆黒の怒槌!」
「『狐火』!」
同時に繰り出された二人の技。
劉兎からは特大の漆黒の怒槌が、梓からは『狐火』と呼ばれる淡紅色の火の玉が、それぞれ交わらない形で放出される。
程なくして二つの技は小人達に激突し、同時に爆散させた。
轟音が鳴り響き、束になっていた小人達が消し飛んでいく。
「劉兎くん! 腕は!?」
「大丈夫……霊器は逝っちまったけど」
消し飛んでいく小人達を見る暇も無く、劉兎の腕を心配した梓は駆け寄る。
しかし刀を起点として繰り出していた劉兎の漆黒の怒槌は、霊器を消し飛ばしはしたが、腕に被害を与えなかった。
特に傷のない腕を見て安堵する劉兎。爛れて使えなくなった霊器をホルスターにしまい、安心から嘆息する。
しかし、小人の波は鳴りを潜めていなかった。
「オイオイ……どんだけでかいんだよ」
「渾身の一撃だったよ……?」
消し飛ばしたはずの小人達が、再度波となり二人に迫りくる。
疲労と驚きから足がすくむ二人だが、それぞれ再度構えを取った。
「もうあの出力は出せねえよ……!」
「あたしも無理ー! どれだけ潜んでたのさ!」
迫る絶望に自暴自棄になる二人。
ダメ元で技の発動に掛かるも、明らかに時間も出力も足らない攻撃は、先程のような威力を出せないと容易に察せられる。
今回ばかりは万事休すだと苦虫を噛み潰したような表情になった劉兎だったが、突然呻き声を上げた小人達に驚く。
「なんだ……?」
「消えた……消えたよー! 劉兎くん!」
「あ、ああ……消えたな、なんでだ?」
呻き声を上げた小人達は、攻撃も半ばに霧散していく。
見る見るうちに消えていったことにより、元々の静謐さを取り戻した住宅街で、静かに二人は膝を付いた。
「あれ……私は……」
世界が暗転した後、全身に走る痛みで目を覚ました琴葉。
辺りを見渡すよりも先に、自身の上で横たわる優香を見て、全てを思い出す。
下半身が液状化したその優香は、何もすることなく、何も言うことなく霧散していった。
そして霧散した粒子が琴葉の中に入っていく。
「そっか……優香。選んでくれたんだ」
自身の胸に手を当てて、先程までの一連の流れを思い出す琴葉。
腹部に走る痛みは忘れられないものの、それよりも先に戦闘の終了を皆に宣言すべく、無線に手を掛ける。
「戦闘、終了です。終わりました、終わらせました」
目を瞑り、噛みしめるように呟く琴葉。
傍らで小人の霧散を確認していた萌葱が駆け寄り、琴葉を肩で担ぐ。
「お疲れ様」
「ありがとうございます」
浅い傷が残っている萌葱の脚に桜色の霊力を付与し、回復を促す。
自身の腹部にも霊力を付与していると、遅れて到着した華鈴がその場でゲートを開く。
開いたゲートからは劉兎達が戻ってきていた。
「やったんだな、琴葉」
「急に小人が消えたから何事かと思ったよ~」
駆け寄った梓に抱きしめられ、腹部の痛みに苦しみながらも抱きしめ返す。
そんな琴葉の髪の毛が白くなっていっているのを見て、劉兎は変化に気付いた。
「何故……何故だ……」
突然聴こえたかすれ声に全員の視線が釘付けになる。
視線の先には、消えかかっている小人が居た。
そんな小人は、震える腕を上げると、劉兎を指さす。
「何故お前がそちら側に居る!」
「は……?」
訳も分からず指を指された劉兎は困惑する。
しかし、霧散まで時間のない小人は萌葱が斬りかかるよりも早く言葉を紡いだ。
「お前は悪霊だろうが!」
鼻で笑った小人の頸を飛ばす萌葱。
けれども、しっかりと聞こえてしまったその言葉は、劉兎の心に深く突き刺さる。
更に、その場にいた全員の視線が劉兎に向き、刺されるような感覚に表情が歪む。
「小人の戯言だ、気にするな」
「……戯言じゃないでしょう」
「劉兎、さん?」
駆け寄って疑念を払拭しにかかる萌葱だが、時すでに遅し。
琴葉の心配の視線も含めて非難していると錯覚した劉兎は、その場で蹲った。
「見るな見るな! 俺をそんな目で見るな!」
劉兎の身体から黒い霊力が噴出する。
心当たりがないとは言えなかった。今までの疑問が、その一言で辻褄が合ってしまうのだ。
その逡巡も敵わず、劉兎が霊力を行使する前に現れたのは幸太郎。手刀を落とし、劉兎の意識を途切れさせた。




