第66話 吐露
透き通るような青い世界で、優香と琴葉は相対する。
そこに、先程までの黒い霊力が渦巻くいざこざは無かった。
「ずっと話したかった……あなたと」
「ありがとう、あたしを見つけてくれて」
「やっぱりあの優香は私の知っている優香じゃなかったんだね」
「うん。あたしの意識は、あの時あの悪霊に話しかけられてからずっとここに居た。あれは表面上だけあたしをコピーした負の感情の塊みたいなやつだよ」
ゆっくり近づき、優香を抱きしめる。
瞼が熱くなる感覚を感じ、強く強く、離れないように抱きしめる。
「ねぇ琴葉……あたしは寂しいよぉ」
「そうだよね、ごめんね……一人で死んじゃって……でも、あなたが死ぬ必要なんてなかったのに」
「琴葉が死んでから、ずっと心の中に穴が開いていたの。それから騒ぎを聞きつけた報道陣が連日押し寄せて来て、あたしは家からも出られなくなっちゃった。そんなうちに、あたしはどんどん死にたくなって……」
琴葉と同様に涙を流す優香。
抱きしめ返す腕にも力が入っていた。
「私は、あなたが生きてくれていた方が嬉しかったよ、そのために悪霊退散会に入ったんだもん」
「分かるよ。琴葉が好んで悪霊を除霊する組織に入るわけないって思ってた」
優香の言葉を聴き、ゆっくりと離れる琴葉。
お互いの眼を見つめ、会話を始める。
「あの日、琴葉はあたしの代わりに死んでよかったって思ってる?」
「……うん」
核心を突く優香の言葉に、少しだけ俯く琴葉。
自己犠牲を尊ぶきらいのある琴葉は、あの状況で死に行く直前まで微笑んでいた。
それは真に、優香を守れたという喜びからきている。
「でもあたしは、あなたには生きていて欲しかったなあ」
「うん……」
「何であたしを一人にしたの!? それで幽霊に成ってもなお、あたしを守ってくれるからってあたしは満足しない! そんなに守りたいんなら生きて守ってよ! さっさと死んでるんじゃないわよ!」
湧き上がる優香の怒りは、勢いのままに琴葉の胸倉を掴む。
優香の言葉を一身に受ける気でいる琴葉は、短い相槌だけで言葉を咀嚼していく。
「……それにあたしは別に守って欲しいわけじゃないよ……ただあなたと一緒に居たかっただけ」
「そうだね、ずっと、一緒が良かったね」
「ねえ、覚えてる? あの日、琴葉があたしに怒った日」
「……あったね」
あの日というのは優香が初めてできた彼氏と別れたという日。
ケロッとしている優香に対し、琴葉は強く叱責していた。
人とのつながりを尊ぶ琴葉には、簡単に付き合い、別れる学生の恋愛は理解できない。だからこそ、優香が軽率に彼氏と別れたことに憤りを感じていた。
しかしそれは暗に優香が琴葉に心配させないようにしていた空元気だったということに、後で発覚して仲直りをすることとなる。
そんな昔の記憶を思い出して表情を綻ばせた琴葉に対し、優香は更に怒った。
「あんたもいい加減自分のために生きなさいよ! 死ぬときに見ているのは他人じゃなくて、あんたよ!」
「そう……だね」
未だに悪霊を祓除することにすら戸惑いを捨てきれない琴葉。
そんな中で優香の叱責は、痒い所に手が届くような、いかにも親友という物だった。
そして、琴葉は優香の胸倉を掴む。
「そうやって言うけど! あなたこそなんで死んでんのよ! 私は死んでほしいなんて思ってないから助けたのに! これじゃ……私はただの犬死じゃない」
「……それは、本当にごめん。あたしもあなたと一緒に居たかった」
「私は……こっちに来て欲しいとは微塵も思わなかったよ」
二人の間に沈黙が流れる。
お互いの言いたいことを言い切った今の状態では、最早なにを言おうが意味の無い事であることは、お互いが気づいていた。
「どうするの? あなたは自殺をした……それは悪霊になってしまうということで、正道から外れてしまった悪霊を幽霊に戻す術は私達にはない……それをつい最近知ったんだ」
「そうなんだ……そっちでもいろいろあったんだね」
琴葉が想起するのはもちろん月音と竜のこと。
助けたくても助けられなかった二人は、どちらも悪霊から幽霊への転化を試みて失敗した事例になる。
たった二つの事例であるが、その二つだけでも琴葉達には充分な結果だった。
「そうだ! 聞かせてよ、何があったのか」
そんな中、また昔のように会話がしたいと考えた琴葉は、消えゆく世界の中で優香との会話に臨む。
すでに時間は残り少ない。段々と透き通っていた青色の世界は淀み始めていた。
そして何よりも、優香は霊の歌の息が掛かった悪霊となっていた。
「今現実では私はあなたの触手で穴をあけられている。あなたはそんな私の上で下半身が溶けてた、それでもあなたは生きていた。普通の悪霊ならあの状態で生きているなんてありえない。霊の歌……という強い悪霊に魅入られたからこそ、あなたはここまで強くなってる」
「霊の歌……ああ、あのときあたしに話しかけた悪霊ね」
「教えて、あいつはあなたに何をしたの?」
「あいつは、あたしに小人を喰わせる実験をしていた」
「小人を……喰わせる?」
悍ましい言葉に思わず吐き気を催す琴葉。
そんな琴葉を心配する優香だが、琴葉は短く「続けて」とだけ返した。
「そのままだよ、小人の力を無理矢理あたしに喰わせるの。だからあたしの体の中では無数の小人が満ちているし、触手もあたしのものなのか小人のものなのか……いつからかどっちが食べているのか分からなくなっちゃった」
自嘲する優香を再度抱きしめる琴葉。
ゆっくりと世界は瓦解していく。
「そろそろ、時間みたいだね。ねえ、琴葉。現実に戻ったら私を殺してね」
優香の依頼に対し、押し黙る琴葉。
唇を噛み、押し殺しながら泣く琴葉に気付き、優香は清々しく笑った。
「泣かないでよ、悲しくなるじゃん」
それでも泣き続ける琴葉。
段々と世界は崩れていき、優香の体も下半身から徐々に霧散を開始する。
慌てて霊力を注ぐものの、悪霊となってしまった優香に琴葉の桜色の霊力は入らない。
「ひとつだけ、あなたと居れる方法がある」
「悪霊憑依でしょ? 知ってるよ……」
「じゃあ、話は早いね」
「でも私にそんな資格……」
「黙れ! やるんだよ! でなきゃ一生許さない!」
涙を流しつつも真剣な表情の琴葉を見て、思わず笑みが零れる優香。
そして琴葉を見つめ返す。
「とんだワガママお嬢様だね、りょーかい」
崩れていく世界。
空に投げ出された二人は深淵に向かって落ちていく。
そんな中、二人はしっかりと手を掴んでいた。




