第65話 その後、何があったのか
暗い部屋で、重い身体を起こす少女。
電気もつけず、遮光カーテンを少しずらして外を確認すると、ひしめき合う報道陣が玄関で押し合っている。
浮かない表情でそれを見た少女は、ため息をついて静かにベッドに横たわる。
そんな一連の流れを、琴葉は黙って見ていた。
「……優香」
少女の正体は優香。
霊界での激しい戦いの後、世界が暗転したことにより、琴葉はこの世界へと来ていた。
これはまるで、優香の記憶。
そしてまた、世界は暗転する。
「ストーカー?」
「ちょっと琴葉、声大きいよ!」
世界は変わり、昼下がりの学校で、琴葉と優香は声を潜めながら話していた。
内容は、優香の別れた彼氏が未練を捨てきれずストーカーになったというものであった。
「どうしよう、こういうのって警察は動いてくれないよね」
「実害が出てからって言うもんね……親御さんには相談したの?」
「……今お父さんの仕事が佳境で、大きなプロジェクトがあるらしいから、お母さんも家を空けることが多くて」
「要は、相談できていないってことでいい?」
頷く優香を見て、購買で購入した紙パックのカフェラテを吸う琴葉。
確実に大事にすべきことではあったが、タイミングの悪さと本人の意向を汲んで、警察などの手段を手札から外す。
「分かった。とりあえず今日泊まりに行くよ」
「ありがとう……琴葉!」
「ちょ、声大きいよ!」
喜びから琴葉の両手を掴む優香。
思わず声が大きくなったことにより、クラスメイト全員の視線が集まり、バツが悪そうに笑う。
琴葉はそんな優香を心配そうに見つめるも、どこか楽観視していた。
所詮学生の恋煩いだと。
「お待たせ、優香」
弓道部での活動を終え、教室で待っていた優香を迎えに来た琴葉。
吹奏楽部で活動している優香は、運動部の琴葉より終わるのが早い。
「不用心だなぁ……こういう時は部員の人と待ってなよ」
「学校までは入ってこないからいいよ」
「そういう油断が大きな事件になるんだから」
やれやれとため息をつく琴葉だったが、優香はどこか嬉しそうに笑っている。
そんな優香の頭を軽く小突く。
「何楽しそうにしてるの」
「あいた、いや~久しぶりに琴葉とお泊りだなあって」
「暢気だなあ……でも確かに、私が弓道部入ってからは中々同じ時間に終わらなくなっちゃったもんね」
軽く談笑をしながら帰路に着く二人。
やれ元カレがどうだの、クラスの男がどうだのと花を咲かせる優香に、琴葉も楽しそうに相槌を打つ。
元々小学校からの幼馴染である二人は、家族ぐるみで仲が良い。
ゆえに優香の家に泊まることなど、琴葉の両親は二つ返事で了解していた。
「琴葉もそろそろ彼氏作んなよ、可愛いのにもったいないよ」
「現在進行形でその彼氏からストーカー被害に遭っている人から出る言葉じゃないよね」
「それとこれはまた別の話でしょ? 恋は女を強くするんだから」
ふふんと息巻きながら胸を張る優香。
呆れながらもそんな優香との関係が好きな琴葉は、やがて歩き続けると優香の家に到着する。
そこからは楽しい時間だけが始まる。
お風呂から夕飯まで済ませると、始まったのはもちろん恋バナだった。
「それで、琴葉最近告白されてたじゃん」
「……何故それを」
「あたしの嗅覚に狂いは無いわ!」
「どーせ誰かから聞いたんでしょ」
「むう……可愛くないなあ」
ホットミルクを飲みながらダイニングで談笑を続ける二人。
偶然にも服のサイズが一致する二人は、お泊り用の着替えなど用意しなくともことが済む。
優香の寝巻に着替えた琴葉は、つい先日起きた告白事件について問い詰められていた。
「それで、何で断ったのさ。あの子悪い子じゃないし、サッカー部のエースでしょ? むしろ優良物件じゃん」
「そういうの関係ないし……それに、そこまでスペック高いなら、私よりお似合いの子がいるでしょ」
「うわー出たよ、琴葉の卑屈。それに、あの子はあんたがいいから告白したんだし、そういうことでもないでしょ」
「うるさいうるさい、私はいいの!」
頬を赤らめながら反論する琴葉に対し、わざとらしくベロを出した優香は顔で煽る。
そんな優香を見て、琴葉もヒートアップする。
「それに、変にとっかえひっかえして誰かさんみたいになりたくないもんね~」
「へえ~言うじゃん。彼氏できたことも無い癖に~」
「ちょっ! くすぐったい! ごめんって!」
優香に軽くくすぐられ悶絶する琴葉。
そんな琴葉を見て笑う優香。
幸せを表わすような空間を遮るように、突然インターホンが鳴る。
「はーい」
「ちょっと、待ってよ優香」
「え、なんで?」
「何でって、昼間の話忘れたの? 絶対おかしいよ、こんな時間だよ?」
軽率に応答しようとする優香を遮る琴葉。
琴葉が指さす時計はそろそろ九時に差し掛かろうとしていて、明らかに怪しいものだった。
しかし、そんな琴葉を見て優香は笑う。
「ああ、違う違う。ウチよくこの時間に配達が来るようにしてるの、ほら、お父さん達あまり家にいないから、必然的に受け取るのあたしだし」
「そ、そう……?」
危機感のなさに拍子抜けする琴葉だが、実際に優香が応対したのは配達員。
滞りなく荷物を受け取ると、数分で事を済まして帰っていく。
神経を張り詰めていた琴葉だったが、やがれ緩んできて頬が綻ぶ。
「気にしすぎだよ琴葉~」
「なんであなたはそんなに気にしていないのよ!」
カラカラと笑う優香に再度呆れる琴葉。
しかし次の瞬間、優香の表情が凍る。
「な、なんで……」
「え……?」
明らかに自分の背後を見ている優香の視線。
追うように振り返ると、そこに居たのは黒いフードを被って右手にナイフを持つ男だった。
「なんで居るの……!」
「優香、危ない!」
咄嗟の行動だった。
突然部屋に現れたストーカーに恐怖して足がすくんだ優香。
ストーカーの男は歪に口角を上げながら優香に迫る。
取り押さえるために走り出した琴葉は、丁度二人の間に滑り込んだ。
同時に、腹部に感じた異物感。血の気が引き、意識が遠のいていく。
「琴葉ァ!」
「ち、ちが……俺が狙ったのは、お前じゃない! お前じゃない!」
悲鳴を上げるように琴葉に駆け寄る優香。
琴葉を刺した男は、手に血が触れたことで我に返り、腰が抜けてその場に座り込む。
騒ぎを聞きつけた住人が警察と救急車を呼び、やがて聴こえてくるサイレンの音に、琴葉は耳を傾けながら目を閉じる。
「琴葉! 嫌ッ! 琴葉ァ! 目を覚まして!」
「よかった……わたしも……だれかのやくに……たてたね」
優香の慟哭と共に消える琴葉の意識。
同時に、世界が暗転する。
「なんなの……これ? これは、優香の記憶?」
全てを見ていた琴葉は困惑に包まれる。
しかし、目の前に訪れた新たな記憶に、直ぐに琴葉は走り出す。
「何やってんの! 優香! ねえ! 優香!」
琴葉の目の前に現れたのは、風呂場でカッターナイフを持つ優香。
その眼は虚ろで、今にでも自殺をしようとしているのを感じ取る。
琴葉の手は届かない。届いても優香を擦り抜け、ただただ自殺する姿を見るだけ。
そしてカッターナイフは手首に触れ、流れる鮮血と共に優香は意識を飛ばした。
世界が暗転する、聞きなじみのある音楽が響き渡る。
「これは……優香がよく弾いていた……」
琴葉の目の前に、ただただずっとピアノを弾き続けるだけの優香が現れる。
その場所はどこかの小学校。
そしてその曲は、以前劉兎が行っていた『桜木下の死体』と『真夜中の校内放送』の連戦をした学校で琴葉達が聞いた音楽そのものだった。
「まさか……あの時の幽霊が、優香だったの?」
ピアノを弾くだけの優香に話しかける黒い影。
人相の分からないその姿を、琴葉は知っている。
「霊の歌……」
ギリっと奥歯を噛む。
同時に暗い世界がガラスのように割れ、透き通るような青い世界と、その中心に立つ優香が姿を現した。
漆黒ではなく、生前そのままの生き写しの優香が、しっかりと琴葉を見つめていた。




