第64話 身に覚えのない憤り
「えっ!? 空!?」
霊界に間一髪戻った琴葉だったが、景色が変わった先は上空。
眼下では既に屋根上に到達していた優香が不敵な笑みを浮かべながら触手を構えており、直ぐに琴葉も全身強化を掛けなおす。
しかし、地面に激突する寸前で、その身体は何者かに抱き寄せられて跳び上がった。
「梓ちゃん!」
「こちら栗雲! 敵と遭遇! 大丈夫琴葉ちゃん!」
琴葉を抱き寄せたのは梓。
霊鞭を駆使して住宅の間を疾駆した梓は、誰よりも先に優香の下に到着する。
そして手渡されていた無線が繋がった事により、萌葱が向かうと告げる声も聴いた。
だからこそ、琴葉は慌てて無線を繋ぐ。
「彼女は生前の親友なんです! 除霊は待ってください!」
『その声は琴葉か! こっちに戻ってきたんだな? だが悪い、除霊の是非は決まっている!』
萌葱の言葉を飲み込み、苦い顔をする琴葉。
屋根の上で梓に降ろされ、優香と向かい立つ。
そして弓を再度番えてみせた。
「ならせめて私の手で……!」
「あたしも忘れないでよ」
自信満々に琴葉に並び立つ梓。
横目で見て頷く琴葉に対し、優香は心底蔑むように据わった眼で二人を睨みつけていた。
「劉兎さんがさっき、あの子の触手を斬り落としたんだけど、それが小人に変わったの」
「……それは、即殺じゃないとまずいってこと?」
「分からない……でもゲートを使役しているのはあの子」
驚きながらも頷く梓。
同時に、優香が強く一歩を踏む。
「アンタにワタシが斃せるか!」
強く踏み込んだと同時に、液体のように広がっていく優香の黒い霊力。
それは一気に二人の足元に到着し、ドーム状の結界を創り出した。
「これは……分かっていたけど……」
「うん……この黒い霊力の多さと濃さ……十中八九、優香は霊の歌に何かされたね」
そして、優香が地を蹴った。
「助けなさいよ!」
瞬時に琴葉へと接近した優香は、梓が反応する余裕もなく、琴葉に触手をぶつける。
琴葉の脇腹を捉えた触手は、肋骨をきしませながら突き飛ばし、更に梓にも攻撃を仕掛ける。
霊鞭を鉤爪状にしてで防ぐ梓に対し、突き飛ばされた琴葉は無理矢理足を地面に刺して停止させると、弓を番える。
脇腹から流れる血を感じるものの、その眼前には既に切り離された四本の触手が迫って来ていた。
「こいつ、いくらなんでも触手出し過ぎ!」
鉤爪状の霊鞭で触手を切り裂いていくも、火の粉を散らしているに過ぎない。
分離させた触手にも意思が宿り、二人を襲ってくる上に、優香本人も触手を放出する始末。
果敢に迫る触手を避けた琴葉が矢を放つも、簡単に避けられてしまった。
「一旦離れよう!」
琴葉の号令で屋根上から地面に跳ぶ二人。
着地の直後に優香が落ちてきており、堪らず後ずさる。
しかしそんな二人の背中に、何かが壁のように触れた。
振り返ると、そこには先程の黒い結界があった。
「これは……一種のゲート! あたしたちを結界の中に分離して殺そうって魂胆ね……」
「外からは入れないかも……これだけ小さいと、かなり外郭は硬いよ」
「なら、中から壊すしかないね……」
「そんな力、私達には……」
「いいや、あるよ、一つだけ」
壊れた糸人形のような足取りの優香は、ゆらりゆらりと迫りくる。
既に結界の角に追いやった事実に、優香は満面の笑みを向けて触手を繰り出す。
そんな中、結界を壊すために秘策を思いついた梓は、大きく息を吸う。
「助けて! 月音!」
刹那、爆発を起こす梓。
迫る触手は梓の放出する黒い霊力で相殺されて消えていく。
瞬く間に結界内を所狭しと蹂躙した大きな狐は、直ぐに結界を壊して見せる。
壊れ行く結界の中で、現れた狐は直ぐに梓の全身にまとわれた。
「それが、悪霊憑依……」
「うん、月音が答えてくれる」
月音と同じ九本の尻尾を携え、更に鋭くなった鉤爪状の霊鞭は、まるで獣の爪の様。
そして何よりも、梓の頭に生えた獣耳が、全てを物語っていた。
「さあ行くよ、月音!」
「――『紅花』」
梓が戦闘を始めようとした刹那、彼女らの頭上を飛び越えるように現れたのは萌葱。
右脚で大きく踏み込んだことにより、血が流れていることも言わず、神速とも言える速さで優香に飛び込んだ紅の一閃。
建物を足場にした全力の『紅花』は、左脚で萌葱が着地すると同時に、優香の胴体を斬り離した。
「頸は捉えられなかったか……トドメは任せたぞ」
「……はい」
「琴葉ちゃん……」
右脚の回復に掛かる萌葱に対し、最期を託された琴葉の表情は浮かない。
梓もそんな琴葉に同情はすれど、月音と竜の件で悪霊が幽霊に転化することは無いと知っているため、仕方ないといった様子であった。
重々しい空気の中、突然優香の体に異変が起きる。
「琴葉ちゃん! 何かおかしいよ!」
「どっちでもいいから早くトドメを刺せ!」
「優香!」
三人の怒号をかき消すように、もぞもぞと動いていた優香の下半身が破裂し、無数の小人が現れる。
辺りを埋め尽くす小人の波に、三人とも流されていく。
「まさか……優香の中には大量の小人が居るの!?」
ナイフを構え、小人と相対する琴葉に対し、ありえない程の再生力で下半身を回復させた優香は、ゲートを創り出す。
小人の波で身動きが取れない三人は、開いたゲートを見る事しかできない。
「二人共! 霊界は任せた!」
「梓ちゃん!?」
直後、悪霊憑依を使用した跳躍力で跳び出した梓。
小人の波を跳び越えると、ゲートに入っていく優香に霊鞭を突き刺し、諸共生界へ飛んでいく。
「……ビンゴ」
「劉兎くん!」
そして二人が抜けたゲートの先では、刀を構える劉兎が立っていた。
「『燕』ッ!」
そして繰り出される劉兎の技『燕』。
半円を二度描く様に斬り伏すことで、優香に致命傷を与えた。
「待って――!」
対する琴葉は、霊界で小人をナイフで斬り倒し、閉まりつつあるゲートを追う。
小人の波で上手く身動きの取れない中、突然琴葉の周りに立っていた小人達が集合し、優香の姿になる。
そして、琴葉の驚きをよそに突き飛ばすと、そのままマウントポジションを取り、首を絞める。
「アンタのせいで! アンタのせいで!」
「ぐっ――!」
凄まじい力で首を絞められ、琴葉の手からナイフが離れてしまう。
辛うじて聴こえていた無線では、萌葱がその状況を華鈴と祥蔵に伝えていた。
しかし、二人が到着するよりも先に、琴葉の意識は遠のいていく。
「優香ァ!」
それでも、ただではやられないと息巻いた琴葉は、最後の力を振り絞ってナイフを持ち、優香の脇腹に刺した。
甲高い悲鳴を上げた優香は琴葉の首から手を離すものの、直後、触手が琴葉を貫く。
そんな中で、琴葉は考えていた。
「アンタのせいで!」
「なんで、私のせいなの?」
それは純粋な疑問だった。
痛みを忘れ、ただそれだけ気になった琴葉は、ゆっくり起き上がって優香を抱きしめる。
上半身から下が液状化している優香は、それでも攻撃を止めない。
何度も刺され、琴葉の意識も遠のいていく。
それでも、琴葉は知りたかった。
優香が死んだ意味を。
「もう、あなたに直接聞くね」
瞬間、琴葉の全身から桜色の霊力が噴き出し、二人を包む。
そして、世界は暗転した。




