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霊ノ謳  作者: しろくろあめ
第5章 悪霊の友

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第64話 身に覚えのない憤り

「えっ!? 空!?」


 霊界(れいかい)に間一髪戻った琴葉(ことは)だったが、景色が変わった先は上空。

 

 眼下では既に屋根上に到達していた優香(ゆうか)が不敵な笑みを浮かべながら触手を構えており、直ぐに琴葉も全身強化を掛けなおす。

 

 しかし、地面に激突する寸前で、その身体は何者かに抱き寄せられて跳び上がった。


(あずさ)ちゃん!」

「こちら栗雲(くりくも)! 敵と遭遇! 大丈夫琴葉ちゃん!」


 琴葉を抱き寄せたのは梓。

 霊鞭(れいべん)を駆使して住宅の間を疾駆した梓は、誰よりも先に優香の下に到着する。

 

 そして手渡されていた無線が繋がった事により、萌葱(もえぎ)が向かうと告げる声も聴いた。

 

 だからこそ、琴葉は慌てて無線を繋ぐ。


「彼女は生前の親友なんです! 除霊は待ってください!」

『その声は琴葉か! こっちに戻ってきたんだな? だが悪い、除霊の是非は決まっている!』


 萌葱の言葉を飲み込み、苦い顔をする琴葉。

 屋根の上で梓に降ろされ、優香と向かい立つ。

 そして弓を再度番えてみせた。


「ならせめて私の手で……!」

「あたしも忘れないでよ」


 自信満々に琴葉に並び立つ梓。

 横目で見て頷く琴葉に対し、優香は心底蔑むように据わった眼で二人を睨みつけていた。


劉兎(りゅうと)さんがさっき、あの子の触手を斬り落としたんだけど、それが小人に変わったの」

「……それは、即殺じゃないとまずいってこと?」

「分からない……でもゲートを使役しているのはあの子」


 驚きながらも頷く梓。

 同時に、優香が強く一歩を踏む。


「アンタにワタシが斃せるか!」


 強く踏み込んだと同時に、液体のように広がっていく優香の黒い霊力。

 それは一気に二人の足元に到着し、ドーム状の結界を創り出した。


「これは……分かっていたけど……」

「うん……この黒い霊力の多さと濃さ……十中八九、優香は霊の歌に何かされたね」


 そして、優香が地を蹴った。


「助けなさいよ!」


 瞬時に琴葉へと接近した優香は、梓が反応する余裕もなく、琴葉に触手をぶつける。

 琴葉の脇腹を捉えた触手は、肋骨をきしませながら突き飛ばし、更に梓にも攻撃を仕掛ける。


 霊鞭を鉤爪状にしてで防ぐ梓に対し、突き飛ばされた琴葉は無理矢理足を地面に刺して停止させると、弓を番える。

 

 脇腹から流れる血を感じるものの、その眼前には既に切り離された四本の触手が迫って来ていた。


「こいつ、いくらなんでも触手出し過ぎ!」


 鉤爪状の霊鞭で触手を切り裂いていくも、火の粉を散らしているに過ぎない。

 

 分離させた触手にも意思が宿り、二人を襲ってくる上に、優香本人も触手を放出する始末。

 

 果敢に迫る触手を避けた琴葉が矢を放つも、簡単に避けられてしまった。


「一旦離れよう!」


 琴葉の号令で屋根上から地面に跳ぶ二人。

 着地の直後に優香が落ちてきており、堪らず後ずさる。

 

 しかしそんな二人の背中に、何かが壁のように触れた。

 振り返ると、そこには先程の黒い結界があった。


「これは……一種のゲート! あたしたちを結界の中に分離して殺そうって魂胆ね……」

「外からは入れないかも……これだけ小さいと、かなり外郭は硬いよ」

「なら、中から壊すしかないね……」

「そんな力、私達には……」

「いいや、あるよ、一つだけ」


 壊れた糸人形のような足取りの優香は、ゆらりゆらりと迫りくる。

 既に結界の角に追いやった事実に、優香は満面の笑みを向けて触手を繰り出す。

 

 そんな中、結界を壊すために秘策を思いついた梓は、大きく息を吸う。


「助けて! 月音(つきね)!」


 刹那、爆発を起こす梓。

 迫る触手は梓の放出する黒い霊力で相殺されて消えていく。

 

 瞬く間に結界内を所狭しと蹂躙した大きな狐は、直ぐに結界を壊して見せる。

 壊れ行く結界の中で、現れた狐は直ぐに梓の全身にまとわれた。


「それが、悪霊憑依……」

「うん、月音が答えてくれる」


 月音と同じ九本の尻尾を携え、更に鋭くなった鉤爪状の霊鞭は、まるで獣の爪の様。

 そして何よりも、梓の頭に生えた獣耳が、全てを物語っていた。


「さあ行くよ、月音!」

「――『紅花』」


 梓が戦闘を始めようとした刹那、彼女らの頭上を飛び越えるように現れたのは萌葱。

 

 右脚で大きく踏み込んだことにより、血が流れていることも言わず、神速とも言える速さで優香に飛び込んだ紅の一閃。

 

 建物を足場にした全力の『紅花』は、左脚で萌葱が着地すると同時に、優香の胴体を斬り離した。


「頸は捉えられなかったか……トドメは任せたぞ」

「……はい」

「琴葉ちゃん……」


 右脚の回復に掛かる萌葱に対し、最期を託された琴葉の表情は浮かない。

 

 梓もそんな琴葉に同情はすれど、月音と(りゅう)の件で悪霊が幽霊に転化することは無いと知っているため、仕方ないといった様子であった。

 

 重々しい空気の中、突然優香の体に異変が起きる。


「琴葉ちゃん! 何かおかしいよ!」

「どっちでもいいから早くトドメを刺せ!」

「優香!」

 

 三人の怒号をかき消すように、もぞもぞと動いていた優香の下半身が破裂し、無数の小人が現れる。

 辺りを埋め尽くす小人の波に、三人とも流されていく。


「まさか……優香の中には大量の小人が居るの!?」


 ナイフを構え、小人と相対する琴葉に対し、ありえない程の再生力で下半身を回復させた優香は、ゲートを創り出す。

 

 小人の波で身動きが取れない三人は、開いたゲートを見る事しかできない。


「二人共! 霊界は任せた!」

「梓ちゃん!?」


 直後、悪霊憑依を使用した跳躍力で跳び出した梓。

 小人の波を跳び越えると、ゲートに入っていく優香に霊鞭を突き刺し、諸共生界へ飛んでいく。


「……ビンゴ」

「劉兎くん!」


 そして二人が抜けたゲートの先では、刀を構える劉兎が立っていた。


「『(つばめ)』ッ!」


 そして繰り出される劉兎の技『燕』。

 

 半円を二度描く様に斬り伏すことで、優香に致命傷を与えた。


「待って――!」


 対する琴葉は、霊界で小人をナイフで斬り倒し、閉まりつつあるゲートを追う。

 

 小人の波で上手く身動きの取れない中、突然琴葉の周りに立っていた小人達が集合し、優香の姿になる。

 

 そして、琴葉の驚きをよそに突き飛ばすと、そのままマウントポジションを取り、首を絞める。


「アンタのせいで! アンタのせいで!」

「ぐっ――!」


 凄まじい力で首を絞められ、琴葉の手からナイフが離れてしまう。

 

 辛うじて聴こえていた無線では、萌葱がその状況を華鈴(かりん)祥蔵(しょうぞう)に伝えていた。

 しかし、二人が到着するよりも先に、琴葉の意識は遠のいていく。


「優香ァ!」


 それでも、ただではやられないと息巻いた琴葉は、最後の力を振り絞ってナイフを持ち、優香の脇腹に刺した。

 

 甲高い悲鳴を上げた優香は琴葉の首から手を離すものの、直後、触手が琴葉を貫く。

 そんな中で、琴葉は考えていた。


「アンタのせいで!」

「なんで、私のせいなの?」


 それは純粋な疑問だった。

 

 痛みを忘れ、ただそれだけ気になった琴葉は、ゆっくり起き上がって優香を抱きしめる。

 上半身から下が液状化している優香は、それでも攻撃を止めない。

 

 何度も刺され、琴葉の意識も遠のいていく。

 それでも、琴葉は知りたかった。

 

 優香が死んだ意味を。


「もう、あなたに直接聞くね」


 瞬間、琴葉の全身から桜色の霊力が噴き出し、二人を包む。

 

 そして、世界は暗転した。

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