第60話 悪霊憑依
「何だ!? また襲撃か!」
「総員戦闘準備!」
瓦礫を片付けていた劉兎達。
突然聞こえた爆発音に、その場に居た軍神部隊員含めた全員が戦闘態勢を取る。
「爆発!?」
「華鈴! 下がってくれ! 私が出る!」
「大丈夫です! ここはアタシが!」
時を同じくて、爆発の渦中となった悪霊退散会でも、残っていた幸太郎、華鈴、萌葱がそれぞれ戦闘態勢を取る。
幸太郎の制止を振り切り、飛び出した萌葱は霊器を握り、爆煙漂う部屋へと突入する。
切っ先を構え、鋭い目つきで睨む萌葱だったが、爆心地で呆然とする梓を見て、訝しみながら刀を下ろした。
「……何してる、梓。随分と騒がしい目覚めじゃないか」
「えっと……えーっと……スミマセン」
呆れたように視線で刺す萌葱。
梓は数秒硬直していたが、夢の中での月音との邂逅、そして今自分の身に起きたことを思い出すと、縮こまりながら俯く。
「また襲撃ですか!」
「今回は市街地には悪霊は発生しておりません! 恐らく残党……ここで祓いましょう! バックアップします!」
そんなこととは露知らず、悪霊退散会に続々と集まる軍神部隊員達。
遅れて昴流を背負った祥蔵まで現れると、ゆっくりと爆煙から萌葱が現れる。
梓の襟を掴んで。
「……梓?」
「おい、なんとか言ったらどうだ」
「スミマセン……アタシデス」
今にでも涙が流れそうなほど萎縮した梓が、萌葱に持ち上げられたまま謝罪をする。
張り詰めていた空気が段々と絆されていくが、同時に梓へ多方面からの視線が襲う。
「いい加減にしてくださいね!」
「ハイ……ホントウニゴメンナサイ……」
やがてやってきたのは、軍神部の建築部。
復興が続く中、優先的にプレハブの修理にやってきてはくれたものの、その表情は怒りに満ちている。
ガミガミと文句を言われ、縮こまる梓が謝罪を繰り返しながら、小さな襲撃未遂事件は幕を閉じた。
「さて、梓の良い目覚ましのおかげでそろそろ皆起きたところだろう」
「いやもう本当に、どう謝罪したらいいか……」
プレハブの修理を終え、仮であてがわれている会議室に、全員が集まる。
幸太郎が前に立ち、全員に視線を合わせる。
誰の表情も暗く、酷いものであるのを確認すると、横で正座する梓に席に座るように促し、会議を始めた。
「まず、分かっていると思うが、今回霊界に悪霊が出現し、突如して襲撃された。我々も死力を尽くして戦ったが、尊い犠牲もあった」
幸太郎の言葉に俯く劉兎。
頭の中に浮かんでいるのは、もちろん竜。そして横目で萌葱の顔色を伺い、小さくため息をついた。
「胡堂 竜。皆もよく知っていると思うが、今回はその話ではない。申し訳ないが、竜の死を悼むのはまた今度にしてくれ。今回はこの襲撃で得たいくつかの情報を共有する。主に話すのは三点」
指を三本立てて表す幸太郎。
劉兎含め、皆が竜の話だと思っていたため拍子抜けする。
しかし、幸太郎はそのまま続けた。
「まず一点目、この襲撃事件はまだ終えていない。襲撃の開始となったのは月音の悪霊化だが、本当の元凶は別に居る」
「……本当の元凶?」
オウム返しする梓に頷く幸太郎。
「今回戦闘後の調査を行っていた軍神部が発見した。どうやら月音の悪霊化にあやかるように、悪霊を霊界に忍ばせたのは、【ゲート】を使う特殊な悪霊だ」
「ゲートを使う……!? あれって、華鈴さんしか使えないのでは!?」
立ち上がる萌葱。
ゲートを開くことができる幽霊はかなり特殊となっており、使役できる華鈴でも【神様】の許可なしに開くことはできない。
そのゲートを、あまつさえ悪霊が開いた。その事実が焦燥を加速させる。
「ああ、十中八九霊の歌の息がかかっている悪霊だろう。そして二点目。今回襲撃して来た悪霊についてだ」
指を二本立てる幸太郎。全員の表情が引き締まる。
「今回、この霊界を襲ったのは無数の小人と【バラクラバ】と呼ばれる特別な悪霊達だ」
「あのよく分からない奴らですか」
呟くように話す祥蔵に、幸太郎は同意した。
「奴らはドイツ語の一から十までの名を冠し、霊の歌の加護を受けた特殊な悪霊だ。だからこそここまでの被害になった」
「ここでも霊の歌かよ……」
実際に遭遇していない劉兎は伝聞でしか聞いていない。
しかし、実際に霊界に帰ってきたときに見た戦禍で、とてつもない戦いだったと察していた。
「そして三つ目、梓の変化と、私の左腕について」
突然呼ばれ、驚きから立ち上がる梓。
全員の視線が集まり、頬を赤く染める。
「先程梓が突然爆発したが、それは霊力の暴発ではない。梓は【悪霊憑依】に覚醒した」
「悪霊憑依……?」
当の本人である梓でさえ首を傾げている。
聞きなじみのない、それでいて不穏な単語に、空気がさらに重くなる。
「今回梓に起きた変化、それは月音の意志と力を引き継ぐものだ」
「意志と……力」
両手を見て、自身の変化を再確認する梓。
そんな梓を、少しだけ訝しみながら、劉兎は見つめていた。
「悪霊憑依って、すごい不気味な名前ですけど、梓は月音に乗っ取られたりしないんですよね?」
「そこは安心していいよ劉兎君。名前は仰々しいが、いわば悪霊を取り込んで自分の力として行使するものだ。むしろこれは梓の強化につながるよ」
「月音は感じるのか、梓」
「うん、実はさっきの爆発の前、あたし月音と夢の中で話してたの……それで、いつでもあたしのことを支えてくれるって言ってた」
そうか、ならいい。と心配そうに見つめていた祥蔵は押し黙る。
「本来、このような形での悪霊憑依は成し得ない。基本的には悪霊を無理矢理取り込んで、力技で調伏するのがセオリーだ。今回、月音の暴走で様々な損失が出たが、梓の強化という面で見れば、それは利益だった」
そして……。と続けざまに左腕を上げる幸太郎。
ゆっくりと着用していた手袋を外すと、そこには痛々しい傷の痕が特徴的な、変色した腕が現れる。
空気に緊張感が走り、小さい悲鳴を上げた梓はその場に着席する。
そして何よりも、劉兎の眼には、あふれるように漏れる黒い霊力が見えていた。
「なん……ですか、それ」
「これは、私の腕ではない。三〇年前、霊の歌との大抗争で奴からもぎ取った左腕だ」
「霊の歌の、左腕……!?」
驚きと慄きが同時に襲い、動揺が隠せない劉兎。
幸太郎の左腕から感じるプレッシャーに、身体が震えていた。
「これが本来あるべき悪霊憑依の姿だ」
「……でもさっき、会長さんは言ってましたよね? 悪霊の力を無理矢理調伏するって……相手が霊の歌ならそんな事できるんですか?」
「鋭いね、その通りだよ劉兎君。この左腕は常に霊の歌と共鳴しているらしい。だから今回の霊界襲撃事件も、実は奴が私の腕を経由して情報を知っていたことになる」
空気が硬直する。全員の表情も固まった。
左手に手袋を着け直し、頭を下げた。
「申し訳ない。私も知らなかったことだった。我々は会長である私の所為で、掌の上に乗せられていた」
重々しい空気は続く。
しかし、幸太郎は頭を上げると、強く眼を据えた。
「だが、逆に言えば私に左腕があることで、奴の情報も仕入れることができるということ。この機会を逃すわけにはいかない。左腕が私のものとして顕在してる限り、奴は弱体化し続けている」
「……霊の歌くらいなら、左腕なんてすぐに作れるのでは?」
「それは、斬り落とされて霧散した場合だ」
訝しむ目線を隠さない劉兎にも、真摯に対応する幸太郎。
疑念点が全て払拭されたわけではない。しかし今回の襲撃事件は様々な原因が複合的に発生したもので、幸太郎だけが原因とも言えない。
「よし、方針を決めるよ。まずはゲートを使う悪霊を早急に見つける事、そして見つけ次第、祓うんだ」
強く据わった眼が劉兎を射る。
気圧されて眉をしかめた劉兎は、観念して頷いた。




