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霊ノ謳  作者: しろくろあめ
第5章 悪霊の友

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第59話 残滓

 霊界(れいかい)を悪霊が襲った、後に『霊界襲撃』と呼ばれる事件が収束し、半日が経過しようとしていた。


 「……寝れない」

 

 幸太郎(こうたろう)から休むように指示された劉兎(りゅうと)含め悪霊退散会あくりょうたいさんかいだったが、簡易ベッドの上で横たわるだけで眠れないでいた。


 疲労困憊、緊張の糸も解け、身体は睡眠を欲している。

 それでも劉兎は眠る気になれなかった。


「水……」


 何の気なしに起き上がり、乱雑にシーツを放る。

 水分を求めて立ち上がった劉兎だったが、物音に気づき、その足を止めた。


「隣の部屋からだ」


 呟く言葉が反芻するほど静謐とした部屋の中で、聞こえた物音は劉兎の隣の部屋から。

 

 劉兎以外は皆寝ているであろう時間帯に、不審な物音は劉兎に嫌な想像をさせる。

 

 また悪霊が忍び込んだのではないかと考えた劉兎は、脇に置かれていた霊器(れいき)を手に取り、静かに部屋を出た。

 

 一歩、二歩と隣の部屋に歩みを進めると、電気が着いていることに気づき、霊器をしまう。


「アタシは……(りゅう)が好きでした……!」

「……ッ! 萌葱(もえぎ)さん……」


 部屋の外からでも聞こえたのは、紛れもない萌葱の慟哭。

 

 扉が閉まっているものの、その部屋の中には幸太郎と華鈴(かりん)も居ることが伺え、萌葱の言葉が立ち尽くすだけの劉兎の心を抉る。


「ですが、既に竜は悪霊の手に落ちていました……アタシは、アタシが一番霊界の状況を知っているはずなのに、動けなかった」


 短い相槌だけで萌葱の言葉を聞いている幸太郎達。

 外に居る劉兎も、半日前の出来事を逡巡させていた。


月音(つきね)が悪霊化して、こんなことになっていたのに、アタシは心のどこかで、竜を助けたいと、そう思ってしまいました……」


 言葉の節々に嗚咽と、鼻をすする音が混じり、劉兎の心を一層抉る。

 

 萌葱よりも先に現実的思考で竜の祓除にかかったのは劉兎であり、最終的に竜の首を落としたのは萌葱。

 そんな萌葱は、劉兎達が加入する以前よりも竜との親交があり、好意まで抱いていた。

 

 だからこそ、萌葱に好き人を祓除させたことに、息苦しくなるくらい追い込まれる劉兎。


「……劉兎さん?」

「ッ!」


 劉兎を呼んだのは琴葉(ことは)

 

 先程まで寝ていたのか、半開きの目を擦りながらゆったり歩く琴葉に、萌葱の話に集中していた劉兎は驚く。

 そして同時に、いたたまれなくなった劉兎は、琴葉から逃げるように踵を返した。


「えっ!? 劉兎さん!」


 琴葉の呼ぶ声に、部屋の中にいた萌葱達も気づく。


「……劉兎君?」

「まさか、聞いてたのか……!?」


 咄嗟に部屋を出る幸太郎と萌葱。しかしそこには琴葉しかいない。

 

 目を見合わせる琴葉と萌葱、琴葉は俯くように首を振った。


「……あ」


 逃げるようにプレハブから出た劉兎。

 

 いたたまれない気持ちをそのままに、霊界の街へ足を運ぶも、眼前に現れたのは瓦礫だらけで、痛々しい戦禍の残る街だった。

 

 瓦礫を協力して撤去していく軍神部(ぐんしんぶ)。その中に祥蔵(しょうぞう)を見つけ、駆け寄る。


「祥蔵さん、休んでないんですか?」

「……それを言うならお前もだ劉兎。休めと命令があったろう」

「半日ありましたし、もう大丈夫です」

「……嘘だな、寝てないだろお前」


 瓦礫を片付けつつも、劉兎の顔を見てすぐに気づく祥蔵。

 

 核心を突かれた劉兎は観念して頷き、誤魔化すように瓦礫に手をかける。


「俺も……手伝います」

「……話くらいなら聞くぞ」

「いいえ、大丈夫です」


 おおよそ大丈夫などとは言えない顔色の劉兎だったが、祥蔵はそれ以上詮索することなく復興作業に戻る。

 

 黙々と作業を続ける中で、ふと劉兎は気づいた。


「あれ? (あずさ)は?」

「……梓ならまだ寝ていた」

「寝ていたって……半日ですよ?」

「それほど疲れたんだろう、琴葉もそうだが、梓はまだ十代だ。その上信じていた月音(つきね)が悪霊化して、心身ともに疲労困憊だったはずだ」


 ひたすら瓦礫を片付けていく二人。

 

 たまに一言二言会話があるだけの空間は、劉兎の心にあるわだかまりを大きくするだけだった。




 悪霊退散会プレハブ。

 未だに眠る梓は、夢を見ていた。


「ここは……どこだろう?」


 暗闇。一切の明かりのない部屋のような場所で、梓は佇んでいた。

 

 どこを見渡しても何も無いとしか思えない状況に、焦りが募る。


「やあ、梓」

「……えっ?」


 そんなことを数分続けている中で、突然梓を呼ぶ声に身体が止まる。

 

 その声は、聞いたことはあれどもう二度と聞くことは無いはずの声。


「――月音」


 振り返る梓を待っていたのは、今回の戦いの元凶であり、梓の手の中で祓除されたはずの月音。

 

 祓除される時の姿をそのままに、黄金色のしっぽが目立つ彼女は、ゆっくりと立ち上がると梓に抱きついた。


「なんで……月音、が?」


 数秒の硬直。

 

 しかし、段々と現実を受けいれつつあった梓は、即座に月音を突き飛ばした。


「月音は祓われた! アナタは誰!」

「……そう思うのもやむなしか、安心しろ、わら……ワタシだよ」


 突き飛ばされて尻もちを着いた月音。

 

 少し憂うように微笑みながら立ち上がると、まっすぐ梓を見つめる。

 

 しかし梓の中にある疑念は晴れない。


「もう許さない! 竜さんだけじゃなくて、月音まで死んでも利用するっていうの!? 霊の歌ァ!」

「……違うと言っとるだろ。でも、そう思うのも仕方ないか」


 鋭い目つきで月音を睨み、咄嗟に霊鞭(れいべん)を構えようとする梓。

 

 しかし、いくら構えようとも出現しない霊鞭。

 それどころか霊力(れいりょく)すら放出されず戸惑いを隠せなくなる。


「霊鞭も霊力も出せない、ここはお前の夢の中だよ」

「……夢の中? あたしはまだ寝てるの?」

「ああそうだ、ここは夢の中であり梓の心の中」

「心の中?」

「そう、ワタシは消え入る前に、お前とひとつになることを選んだんだ」


 憂いげな表情で説明を続ける月音。

 同じく霊力を出せない様子の月音は、祓われる間際と同じ微笑みで、梓を見つめる。

 

 段々と理解が追いついてきた梓は、不意に流れた涙を皮切りに月音に抱きつく。


「月音ぇ……!」

「……すまなかったの、勝手にお前の中に入る選択をしてしまって」

「今の月音は、生きてるの? 死んでるの?」

「悪いが、ワタシの()()はあの場所で終を迎えた。今ここにいるのは、消え行く魂の残滓、その成れの果てだよ」


 優しく抱き返す月音。その表情は暗い。

 梓の抱きしめる腕に力が入り、月音は眉をしかめつつも梓の頭を撫でた。


「これからワタシは、お前の一部として生きる。お前の中で、お前と一緒に戦うんだ」

「一緒に戦う?」

「ああ、ワタシの名前を呼んでみろ、いつでも駆けつける」

「分かった……月音!」

「えっ! 今はダメだ! 止めておけ!」

「……え?」


 月音が止める暇もなく、月音を呼ぶ声で梓の目が覚める。


 同時に、梓を中心とした爆発が悪霊退散会を襲った。

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