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霊ノ謳  作者: しろくろあめ
第4章 霊界襲撃

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第57話 桜流し

「……なんだよ、これ」


 繋がったゲートから帰ってきた劉兎(りゅうと)が最初に見たのは、見る影も無くした霊界(れいかい)だった。

 

 肩を貸され、覚束ない足取りで帰ってきた琴葉(ことは)は、虚ろに動く眼で泣いている(あずさ)を見る。


「梓……ちゃん?」

「琴葉ちゃん……」


 劉兎の肩を離れ、たどたどしくも歩みを進める。

 そんな琴葉の視界に映ったのは、梓の膝で目を瞑る月音(つきね)

 

 涙も既に枯れた琴葉は、先程萌葱(もえぎ)に告げられた事実を噛みしめるように、その場で崩れ落ちる。


「琴葉ちゃん……月音が、月音がぁ……」

「うん……知ってるよ、教えてもらった」


 消え入るような声と、涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔をして話す梓に対し、琴葉は既に心のキャパシティを超えており、表情が変わらない。

 

 それは、(りゅう)の死を間近で見たから、連戦に次ぐ連戦だったからと理由があるが、一番心を絞めつけたのは別にある。


「これを……月音が?」


 項垂れる琴葉の視界には、今もなお火や煙が上がり続け、悲鳴や泣き声、怒号が飛び交う霊界。

 

 そして、何よりも自分が今座している場所が、元々悪霊退散会あくりょうたいさんかいの詰所があった場所であることに、絶望が加速する。


「……その声は、琴葉か?」

「ッ! 月音! まだ生きて……!」

「ハハハ……勝手に殺すな、と言いたいところじゃが、もう先は長くなさそうじゃな」


 ゆっくり眼を見開き、琴葉の方へと向く月音。

 

 虫の息だった月音が息を吹き返したことに驚き、直ぐに話しかける二人だったが、月音の眼には既に何も映っていない。

 

 そして鈍い動きで腕を上げると、仄かに霧散が始まっていた。

 絶句する二人に、月音は優しく微笑む。


「すまなかったな……元気になったら買い物でも行こうと話しておったのに」

「……なんで、なんでこんなことに」

「琴葉、お主は本当に優しいな。理由は明白じゃ、妾が、悪霊だからじゃよ」

「悪霊だって、関係ないよ、あたし達は友達だったじゃない!」

「梓……そうじゃなあ、こんな状態になっても、友達と言ってくれるか」


 当たり前じゃん! と続ける梓だったが、その表情は芳しいものではない。

 

 月音の身体はゆっくり、しかし確実に霧散しており、既に両脚は膝まで、腕に関してはそのほとんどが粒子になっていた。

 

「妾は……幸せ者じゃな」

「何ひとりで死んだ気になっているんですか!」


 瞼に涙を浮かべ、強く月音の両肩を掴む琴葉。

 驚いた梓が止めに入るも、琴葉は無理やり起こそうと月音の身体を揺する。


「悪霊だからなんだってんだ! 貴女は、私達と友人になれたんだ! 友人だったんだ! なのに! なのに! 貴女は裏切ったんだ! 裏切ったんだ! 私達の気持ちを!」

「ちょっと! 止めなって琴葉ちゃん! らしくないよ!」

「らしくないって何ですか! 私だって! 私達だって! ここまで大変だったんだ! なのに、なのに! その結末がこれって……!」

「琴葉ちゃん……?」


 叫ぶたびに琴葉の眼からは涙が落ちる。何度も月音の身体を揺すり、完全に錯乱していたが、数秒続けると静かに月音の身体を戻し、嗚咽を手で抑えながら慟哭した。

 

 普段の琴葉では絶対に見せない姿に驚く梓だったが、直ぐに自身の膝に掛かる重さに気付き、月音を見る。


「……月音」

「ああ、もう終わりじゃな」


 月音の身体は霧散しきり、頭だけを残していた。


「梓、琴葉、伝えたいことがある」

「……聞くよ」


 涙を拭い、意を結する梓と、泣きながらも頷く琴葉。

 

 月音は、見えないながらも笑顔を見せた。


「まずは、ありがとう。そして、ごめんな。もし、妾が生まれ変わったら、その次は、その次は――」


 霧散は月音の頭を消し、眼を消し、進んでいく。

 

 そして、最後の言葉を言い終わる前に、無慈悲に、冷酷に、月音の身体は消えてしまった。


 刹那、少女二人の慟哭が天を仰ぐ。

 

 その居た堪れない姿を見ているだけだった幸太郎(こうたろう)は、萌葱と劉兎に向き直り、何かに気付いて目を見開いた。


「萌葱、竜は?」


 幸太郎の問いに、バツが悪そうに視線を逸らす劉兎。

 その所作で全てを察した幸太郎だったが、遅れて萌葱が発言する。


「竜は……恐らく、霊の歌に……悪霊にされました」

「なっ!」


 萌葱の言葉に、霊界に行かなかった全員が視線を集める。

 今回の襲撃事件は、裏で霊の歌が手を引いていたのが周知の事実。

 

 しかし、それでも竜の喪失は、悪霊退散会にとってかなりの痛手となる。


「最悪だ……悪霊になってしまったら、転生は難しい。しかもその様子だと、祓ったんだね」

「はい……なので、竜はもう……」


 昴流(すばる)を治療し、やり取りだけを見ていた華鈴(かりん)は大きく息を吐く。

 昴流を抱えていたカナデも、並々ならぬ雰囲気に息を呑んでいた。


「……これから、俺達はどうしたらいいんですか」


 涙も枯れ、表情を曇らせた劉兎が口を挟む。

 

 状況は最悪。霊界は蹂躙され、悪霊退散会も詰所から壊されてしまった。

 帰る場所も何もない劉兎達は、既に路頭に迷っている。


「悪いが、直ぐには休めない。これから軍神部(ぐんしんぶ)を筆頭に復興活動が始まるだろう。我々はそれの支援をする」

「……俺達の住まいはどうなるんですか」

「その点は安心してくださいッス」


 視線を落としながらも、絶望に囚われないように何とか思考する劉兎の肩を叩き、現れたのは文音(あやね)

 

 バラクラバとの戦闘を終え、無事勝利した文音は、変形していた身体を既に戻しており、普段と同じ佇まいであった。


「軍神部には建築部門がありますし、そこに掛かれば一ヶ月足らずで詰所を戻せるッス。その上、別の場所にプレハブを準備するんで、完成まではそこに」

「何から何まですまないね」

「いいえ、今回の襲撃は想定できるものではありませんでした。その中で各々が適切に動いていただき、【神様】は大変感謝しておられるッス」


 では、と言って壊れた街へ帰っていく文音。

 視線で追っていた劉兎は、静かに歩き出した。


「まだ火の手があります。消火活動手伝ってきます」

「……ああ、頼んだよ」

「アタシも、何かしてきます」

 

 一言だけ告げ、霊界に消えていく劉兎と萌葱。

 しかし互いに距離を置いて向かうと、各々別の場所へと消えていく。


 やがて、泣きはらしていた琴葉と梓も立ち上がり、祥蔵(しょうぞう)と共に霊界の復興へと消えていった。


「みんな……」

「……何が正解かは分からない。でも今は、動いていた方がいい。止まっていればそれだけ考えを巡らせてしまうからね」


 詰所跡で、復興に向かった全員の背中を見ている幸太郎と華鈴。

 

 カナデも昴流を背負って街へと消えていき、ついに幸太郎達も動き出した。

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