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霊ノ謳  作者: しろくろあめ
第4章 霊界襲撃

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第56話 マリオネット

「はっ……カハッ」

「まあ、上出来だよ、よくやった。胡堂(こどう) (りゅう)


 全力の【研ぎ澄まし】になった竜と、霊の歌の激突。

 

 結果は両者が互いの身体を拳で貫くという物になったが、腹部を貫いた竜に対し、霊の歌は竜の胸部を貫き、あまつさえ心臓を掴みとってしまっていた。

 

 命の原点となる心臓。それを獲られた竜の眼からはハイライトが無くなっていき、止めどなく流れる血液は口からこぼれ続ける。

 

 最早なにを言う訳もなく、痙攣を続ける竜は、腕を引き抜かれたことによってその場に倒れてしまう。


「良い戦いだった。少しだけ冷や汗もかいたかな」


 あっけらかんとした様子で話す霊の歌。もちろん竜の意識はすでに無く、何も聴こえていない。

 そんなことを知ってか知らずか、わざとらしくその場で思案すると、左手に何かを創造する。

 

 左手に現れたのは、心臓だった。


「心臓が無くなった君には、これをあげるよ」


 生々しい音を立てながら、創造した漆黒の心臓を竜に移植する。

 刹那、縫合された心臓は竜の体に血液を回し、喉に残る血液を全て吐かせる。

 

 そして痙攣を始めた竜を見て、霊の歌は踵を返した。


「このままお仲間ととなれば、流石のボクも一筋縄じゃ行かないから、お暇させてもらうよん……あと、最初は拒絶反応で悶えると思うけど、時期に慣れるから、がんばってね~」


 ひらひらと手を振るい、その場を後にする霊の歌。

 悶え続ける竜は、声にならない声を叫び、蹲った。そして数秒後、痙攣も声も止まった竜は、静かにその場に伏す。

 

 そんな中、数秒遅れて劉兎(りゅうと)達が到着する。


「竜!」

「さっきから大きな音が鳴ってたけど……ここまでなんて」


 琴葉(ことは)の肩を借りて歩く劉兎に対し、萌葱(もえぎ)は倒れる竜に近寄る。

 

 とんでもない量の出血に血の気が引く萌葱だったが、まだ竜の息があると察すると琴葉の方へと振り返った。


「え……?」


 しかし、その直後、突然起き上がった竜は萌葱を殴り飛ばす。

 そして()()()()()を揺らしながら立ち上がると、まるで狂ったかのような、別の生物かのような奇声を上げた。

 

 耳を劈くような奇声に、劉兎と琴葉は耳を塞ぐ。そのまま二人に飛びついてくる竜を劉兎が刀で抑え、突き飛ばした。

 

 けれども、二人はその瞬間気づくことになる。

 竜の眼が漆黒になっていることを――。


「竜さんは……まさか」


 震える声で劉兎が言葉を紡ぐ。若干気付きつつある事実に、琴葉は「もうやめて……」と小さく呟いていた。


「悪霊にされた……のか?」


 二人を襲う絶望。顔から血の気が引き、それでもふらつく足で刀を構えた劉兎は、眼を見開き、眉間に痛いほどシワを寄せ、涙を滲ませながらも前へと足を進める。


「待って……待って劉兎さん……」

「待てるかよ……あれはもう、あれはもう!」

「竜……?」


 覚束ない足取りで蠢く竜に近づく劉兎。しかし、殴り飛ばされた萌葱が戻ってきてそれを制止させる。

 

 けれども、その顔は絶望と錯乱に満ちていた。


「竜……嘘だよな、竜!」

「萌葱さん……竜さんは悪霊に……」

「黙ってろ! 竜ほどの漢がそんなことあるわけないだろ!」


 萌葱の声掛けに呻き声で反応する竜。

 体も顔も竜であるのに、表情はまるで獣だった。

 

 それでも萌葱は一縷の希望を信じ、手を伸ばす。


「竜……? 覚えてるか? アタシが最初に霊界(れいかい)に来た時、荒れ狂うアタシを宥めてくれたよな?」

「萌葱さん……? 何を……」


 萌葱の瞼から溢れる涙。依然として竜は呻き声を上げ、まるで獣のように威嚇を繰り返す。

 

「アタシさ、気づいてたかもだけど、お前が好きだったんだ、なあ、だからさ、変な冗談は止めてくれよ、らしくないよ……」

「萌葱さん……違う、違うんだソイツは、もう竜さんじゃない!」

「黙れって言ってるだろ!」

「黙れるかよ……! 早く祓除してやろうよ……!」

「うるさい……! 何で、何で竜なんだよ!」


 現実は非情である。

 

 萌葱の願いも虚しく、竜は萌葱の手を払う。

 それは、完全に決別の証だった。


「もう、見てられない! 俺が祓う!」


 涙を浮かべながらも、刀を構えた劉兎は、萌葱を押しのけるように前に立つ。

 

 弱々しい萌葱の手が劉兎の肩に触れるが、気にせず刀を向ける。


「劉兎さん! だから待って!」

「待てないって! これ以上、竜さんの尊厳を壊されてたまるかよ!」

「違うの! まだ竜さんを霊界に連れて行けば治るかもしれない! 月音(つきね)みたいに!」

「……そうか!」


 月音という単語を聞き、思い留まる劉兎。

 竜の大雑把な腕振りを避け、琴葉に振り返るも、間で俯く萌葱は全てを知っているため、肩を震わせながら劉兎の戦闘服の裾を掴む。


「萌葱さん……?」

「……無理だ」

「何が、無理なんです? まだ竜さんを霊界に連れて行けば……」

「だから、無理なんだ……月音は、月音はぁ……」


 弱々しい萌葱に、その場の空気が凍る。

 

 閑散とした廃墟の中で、竜の呻き声だけが響いていた。


「月音は……悪霊化した……悪霊が幽霊に成ることは、できない……」

「そんな……」


 最後の希望を絶たれ、その場に膝を付く琴葉。その顔は、生気が抜けていた。

 同じく劉兎も酷く絶望した表情になり、刀を持つ手に力が入らない。今すぐにでも膝を付きたかったが、それを食いしばって刀を構えなおす。

 

 しかし、それを萌葱が止める。


「もう駄目です。月音が無理だったなら、こんな正気を無くした竜さんは到底無理だ!」

「劉兎……」

「待たないです! 萌葱さんが竜さんを好きならなおさら俺が!」

「劉兎ぉ……」

「俺がやる!」

「劉兎!」


 萌葱の号令に、背中が跳ねる。

 

 そして先程の弱々しい力ではなく、普段と同じ強引な力に引かれ、劉兎は萌葱に場所を譲ってしまった。


「すまなかったな、取り乱して」

「萌葱……さん?」


 涙こそ拭えど、酷い表情のままの萌葱は、それでも取り繕うように笑い、竜に刀を向ける。


「アタシが、やる。アタシがやるから」

「……でも」

「アタシに、やらせてくれないか?」


 普段では見せないような優しい笑顔に、劉兎の心が折れた。

 

 そして琴葉の位置まで下がると、顛末を見守る。


「竜……」


 萌葱の声掛けに、竜は威嚇するだけ。

 

 それでも、萌葱は言葉を紡ぐ。


「今まで、ありがとう。お前の言ってた『自分を好きになれ』ってのは、まだ果たせてないけど、絶対果たすから」


 刀を掴む手に、力が入り、全身に霊力を纏う。


「そして、お前をこんな目に合わせた奴を、アタシが絶対に祓ってやる」


 竜が叫びながら萌葱に迫る。最早四足歩行で迫る姿は、人間を辞めていた。


「じゃあな、竜。大好きだよ」


 跳び込む竜の首を流れる様に刎ねる。

 

 刎ねられた竜は瞬く間に霧散していき、最後に残った漆黒の心臓も、地面に着くや否や霧散した。


「萌葱さん……」


 月明かりに照らされる萌葱。背中を見るだけの劉兎に、その表情は想像できない。

 

 絶望で燃え尽きた琴葉は、消えた竜を見て泣きじゃくる。

 そんな琴葉に肩を貸し、劉兎は奥歯を強く噛んだ。

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