第53話 戦禍の中で花は散り
「ハハ……ハハハハハ! 白明の炎槍か! 最高じゃないか!」
「嘘……だろ? フツー、生きてるかよ、それで」
「致命傷だが、俺の方が立っている! 俺の勝ちだ!」
「脳筋が……」
ドライとの戦闘で白明の炎槍を使役した昴流。
しかしドライを仕留め切ることは叶わず、両腕を炭化させてその場に倒れる昴流に対し、身体に風穴すら開きながらも仁王立ちするドライ。
「どうせこの傷は治る! 勝負あったな! しかし楽しかったぞ!」
勝利の余韻に浸るように、高笑いするドライ。
炎槍の衝撃で全身から出していた黒炎は途切れたが、まだまだ祓除できる雰囲気ではなく、ピンピンしていることに昴流は絶望する。
黒い霊力を放出し、身体に開いた穴を塞ぎ始めるドライを見て、打つ手が無くなった昴流は目を閉じた。
しかし、次の瞬間、昴流の耳に入ったのは斬撃音。そして、良く知っている声だった。
「昴流! 生きてる!?」
「な、なんだ貴様らァ!」
「助けに来たよ! 昴流さん!」
目を開いた昴流が見たのは、霊鞭でドライの首を刎ねる梓と、自身を心配するカナデ。
首を刎ねられたドライは悪態こそ吐けど、その身体は霧散に向かっていく。
カナデは昴流の状態がとても悪いことに気付き、心配と焦りで表情を歪ませるが、戦闘の終了を悟った昴流は安堵から意識を手放した。
「まずいよ梓ちゃん! 昴流が!」
「コイツは祓除した! すぐに悪霊退散会へ連れて行こう! 華鈴さんなら死んでなければ治せるはずだから!」
意識を手放した昴流を見て、涙を滲ませて焦るカナデ。ドライの霧散を確認した後、直ぐに駆け寄った梓は、昴流を背負うと霊鞭を屋根に刺し、飛んでいく。
カナデもポルターガイストを使用し、その後を追うと、霊界の戦闘はほとんど終わっており、直ぐに悪霊退散会へと到着した。
しかし次は、梓が心を乱すことなる。
「すみません! 昴流を! 昴流を助けてください!」
「梓ちゃん……」
「何、なんなの、これは……?」
昴流を下ろし、華鈴に縋るカナデ。
梓も同じように駆け寄ろうとするも、崩壊した悪霊退散会、怒りと後悔に満ちた表情で戦禍に見舞われた霊界を見つめる幸太郎。
そして、何よりも梓の視線を奪ったのは、華鈴の膝の上で衰弱しつつある月音だった。
ゆっくりと、瓦礫の中から見つけ出した枕に月音を寝かし、昴流の治療を始める華鈴。
梓は覚束ない足取りで月音の下へ向かうと、傍らで跪いた。
「どういうこと……? なにがあったの……? ねえ、答えてよ月音」
「ワタシは……幽霊にはなれんかったみたいじゃ」
「そんな……嘘、嘘だよ……嘘だって言ってよ!」
目から大粒の涙を流しながら、月音の頭を抱える梓。
燃え続ける炎、崩れる瓦礫、華鈴の治療。その程度の閑散としたこの場所で、梓の慟哭は強く響く。
悲しみ、怒り、色々な感情が含まれた梓の慟哭は、月音に突き刺さる。
それでも月音は、酷く青ざめた顔で笑顔を見せた。
「すまなかった……あれだけ手を尽くしてくれたのに、お主らと仲良くなれたのに、結局は誰かの掌の上だったんじゃよ」
「……どういうこと?」
「ワタシ……いや妾は、最初から暗躍の一部だったんじゃ。この襲撃も、契機となったのは妾の覚醒。この一連の戦いは、妾を利用した大掛かりな悪霊の罠だったんじゃよ」
「そんな……嘘だよ……嘘だって言ってよ!」
「嘘じゃない。妾も知らなかったが、元から妾は時限爆弾の様なものだったんじゃ」
「それでも、月音は幽霊に成りたかったんだよね!? その気持ちに嘘はないよね!?」
静かに頷く月音を見て、激しく声を荒げる梓。
最早声にならない声を上げる梓に、その場の誰もが声を掛けられないでいた。
「華鈴さん! 月音は、まだ助かりますよね!? 暗躍に使われただけなら、今回の件は不問に……!」
「できるわけないじゃろ」
「そんなの分からない! 月音はちょっと黙っててよ!」
「いいや、そんなことは夢物語だと、お主も分かっておるじゃろ」
「うるさいうるさい! 分からない! あたしには分からないから!!」
最早金切声に近い音を上げながら抗議する梓。もちろん華鈴の表情は優れたものではなく、どう事実を伝えようかと迷いに迷って俯いてしまう。
カナデはそんな様子に驚きを隠せず、視線を右往左往させていた。
ひとしきり叫んだ後、梓は月音の胸で大声で泣く。
その声がまた反芻し、全員の心を強く締め付けた。
「……梓、ありがとう」
「うるさい、お礼なんか言わないで、あなたはまだ、あたしたちと一緒に生きるんだから」
「いいや、すまない、それは――」
「うるさいって言っているでしょ!」
誰も見たこと無い剣幕で起こる梓に、驚きを隠せなかった。
そこに偶然やってきた祥蔵は、一瞬で事を悟ると、直ぐに梓へと駆け寄る。
「祥蔵さん……」
「祥蔵……本当にお主は良い奴じゃな」
肩を擦る優しい手に、梓の涙は留まるところを知らない。
見たくない現実に苛まれ、散々悪霊と戦い、挙句の果てには友人はその元凶となり、今小さい命が終わりを告げようとしている。
元々病弱で友人の少なかった梓にとって、月音はいい友人だった。
悪霊と幽霊という、真逆で奇妙な関係ながら、梓はとても楽しんでいたのだ。
「梓。許せなくてもいい、今はただ、感謝するよ」
「……分かってるよ、分かってるんだ」
しかし、梓とて馬鹿ではない。
現実はよく分かっている。
驚く月音に、涙でぐしゃぐしゃになった顔で、精一杯笑顔を向ける。
「失った命は帰ってこない。あたしは、それをよく分かってる。病院に長くいたから、周りの人たちは亡くなっていくことも多くて……だから、よく分かってる」
「そうじゃったのか……もっと長い時間があれば、お主の身の上話を聞きたかったところじゃな」
「ごめんね、本当はもっと笑顔で送り出してほしいよね」
「いいや、死ぬときに誰かが泣いてくれるというのは、ここまで気分のいいものなんじゃな」
虚ろになった眼で、空を見上げる月音。
そこにあるのは、きれいな星空だった。
「悪霊であり、殺した人間も一人や二人じゃない。そんな生き方をしていたから、死ぬときは死ぬと割り切っておったが……」
月音の瞼に涙が滲んでいく。
「死ぬというのは、怖いな、梓」
流れる涙は留まるところを知らない。
悪霊として生きていた月音は、長年人の温かみを感じていなかった。
言霊で生まれ、流れるままに身を置いた月音に、梓達のような生前はない。だからこそ、霊界に来て初めて知ったのだ。
人間を、幽霊を、そしてヒトを。




