第50話 炎槍
「なに……あれ」
「黒い炎?」
屋根を伝って悪霊退散会へと向かっていた梓とカナデは、大きく燃え上がる黒い炎を目の当たりにしていた。
霊界の中心地の一般住宅街で一際大きく燃え上がる炎に、二人の足は止まる。
「カナデさん!」
「……アナタは、軍神部の。昴流の指揮はどうしたの?」
血相を変えて走ってきたのは一人の軍神部隊員。肩で息をし、滝汗を流す姿に、カナデは訝しむ。
「香月隊長は今悪霊と戦闘中です! ただ、戦いの余波が大きくて援護に迎えなくて……!」
「戦いの余波……? まさか」
三人の視線が同時に黒い炎へと向けられる。
依然として留まるところを知らないその炎は、黒く暗く、しかし霊界を照らしていた。
「あの炎の中に、昴流が居るって言うの?」
「そうです……隊長自らが戦闘に出ているのもあって、指揮系統も崩れてしまって」
「ちょっと待って、祥蔵さんは? 祥蔵さんも指揮に加わっているんじゃないの?」
「……それが」
二人の話に割って入ったのは梓。
しかし、隊員の顔を見て、顔が曇る。
「新設部隊の霊鞭部隊との連絡が途絶えてしまって……もしかしたら全滅したのかも」
「そんなハズない! 祥蔵さんは強いよ! 簡単にやられる人じゃない!」
「……全滅じゃなくても、無線が飛ばせない状況にあるのかも、もしかしたら――」
カナデの言葉に、梓の目からハイライトが消えた。
「どうしますか! 滝日隊長!」
「物陰に隠れろ、射線を切り、まずは狙撃手の場所を突き止める」
霊界の東側に向かった祥蔵率いる軍神部の新設部隊。名持ち――つまりバラクラバに軍神部の一部隊が壊滅したことにより、警戒をしながら突入したが、刹那、どこからかの狙撃により五人中三人が凶弾に伏してしまった。
依然として狙撃が撃ち込まれている状況で、咄嗟に物陰に隠れた祥蔵と隊員は、射線を追って狙撃手特定に務めていた。
「あまり顔を出しすぎるな、撃たれたら死ぬぞ」
「はい、でも何処にいるのかさっぱり」
「恐らく場所を移動しているんだろう。迂闊だった、こうして第四部隊は壊滅したのか」
物陰で射線を追うも、もちろんその先には既に誰も居ない。完全に後手に回ってしまった祥蔵は眉間にシワをよせ、捜索に当たっていた。
「まずは安全な場所を探す、そっちが大丈夫そうなら合流するぞ」
二人が今居る位置は、道を挟んだ建物の裏。
継続的に撃たれている中、その道を渡って対岸の建物まで行くのは至難の業であったが、合流した方がいいと判断した祥蔵は模索する。
「おい、聞こえているのか、頼んだぞ」
再度声を掛ける。銃声に声を阻まれるも、それでも聞こえるように普段は出さない声量を上げる。
しかしそれでも、隊員の反応は無い。
「おい――」
痺れを切らし、隊員の方を見る。
しかし目の前に居たのは、ナイフを持ったバラクラバだった。
驚きから目を見開く祥蔵。息が詰まる喉を押し殺し、振るわれたナイフを咄嗟に避ける。
避けたことで道に出てしまった祥蔵は、狙撃の的になってしまった。
「くっ――! なんだお前は! あの隊員をどこへやった!」
「ヒヒッ……送ってやったさ、あの世へな!」
狂気的な笑みを浮かべるバラクラバ。撃鉄音と共に迫る狙撃を避け、すかさず建物の裏へ入ろうとするも、阻むようにナイフを投げるバラクラバ。
反射的に避けることで致命傷は逃れるも、次いでやってきた狙撃に肩を抉られてしまう。
「なるほど、狙撃手だけではなく、お前が暗闇から現れることで軍神部を壊滅させたのか」
「アイツらは対悪霊に慣れてねぇからなぁ……殺すのは容易だった!」
地を蹴り、道に出るバラクラバ。
拳から一本ずつ霊鞭を出し、硬化させる。横から迫る狙撃を右手の霊鞭で弾き、左手の霊鞭でバラクラバと対峙を始めた。
「アハトめ……何故道に出る、邪魔ではないか」
アハトと呼ばれたナイフのバラクラバと祥蔵が戦闘を始めるのを、屋根上で監視していたのは狙撃銃を持つバラクラバ。
二発撃ち、一発が祥蔵に着弾したのを見ると、即座に場所変えで移動を始める。
そして再度銃を構え、撃つ。
「しかし救援に来たのはヤツらだけか、人手不足なのだな、可哀想に」
コッキングし、照準を再度合わせる。
アハトと戦闘しながら狙撃を待つ祥蔵の顔には、焦りが見えていた。
アハトのナイフが祥蔵の右肩に深々と刺さったのを見て、引き金を引いた。
「なっ――!」
「コソコソと狙撃とは、漢じゃねぇな」
しかしその銃弾はあろう事か空へと向かう。
引き金を引く直前で屋根上に昇ってきた何者かが、狙撃銃を蹴り上げたのだ。
「誰だ貴様は! 新手の悪霊退散会か!」
「オレは悪霊退散会でも、軍神部でもない」
コッキングしながら後退るバラクラバに対し、その男はフードを被って人相が分からないようにしていた。
そして拳を構えると、銃を構えたと同時に走り出す。
「この距離だと当たらないとでも思ったか!」
照準を合わせ、引き金を引く。
撃鉄音とともに繰り出された弾を、男は横に跳ぶことで間一髪避ける。
「当たらねぇな! 漢じゃないやつの攻撃はよ!」
全身に蒼い霊力を纏い、強化する。
再度コッキングを始めるバラクラバの隙を見て懐に飛び込むと、全身でぶつかってその場に倒れさせた。
流れるように拳を構えると、間髪入れずにバラクラバを殴り付ける。
「霊界をめちゃくちゃにしやがって! 許さねえぞ!」
何度も、何度も何度も殴る。
バラクラバの意識が飛び、白目を向いても、その男は殴るのを止めなかった。
そして、十数秒殴り続けた後、バラクラバは霧散する。
「ハァ……ハァ……後は、あっちの悪霊だな」
霧散を開始していた狙撃銃を拾い、祥蔵と戦闘中のアハトに向けて構える。
「よく分かんねえけど、とりあえず撃つ!」
撃鉄音と共に、発射された弾丸は、見事にアハトに命中した。
「ぐっ……! 何故俺を撃つ! ノイン!」
「……何だ?」
銃弾はアハトの足を貫き、その場で倒れさせた。
何が起きたのか分からない祥蔵は射線を追うが、それよりも先に二発目が発射され、アハトの胸を貫く。
「クソ! 誰だ! ノインじゃないな!」
「……助っ人か! 助かる!」
狙撃している男を睨みつけるアハトを見て、走り出す祥蔵。意識が自分に向いてないうちに接近すると、硬化した霊鞭をアハトの首に刺し、刈り取った。
「ハハハ! お前の全力を出せ! このまま燃えるぞ!」
「うるっ……せえ!」
燃え上がる黒炎の中、手袋が燃えてしまった昴流はドライに対し攻撃力を失っていた。
突き放すために腹を蹴るも、強化の施されていない身体ではドライを引き離すこともできない。
両腕を掴まれて身動きが取れない昴流は、燃え続けるだけだった。
「終わりだな!」
「クソ……クソッ! 俺だって、霊力くらい使ってやる!」
昴流の身体が紅く光る。それを見たドライは口角を上げた。
「そうだ! もっと足掻け! それでこそオレが認める男よ!」
「うああああッ!」
瞬間、昴流の身体に走る激痛。
痛みで悶えそうになる中、それでも目はドライを見る。
昴流の身体からは紅い霊力が溢れ出し、ドライの黒炎と鍔迫り合いを始めていた。
「おおっ!? このオレと張り合うか!」
「燃えちまえええッ!」
昴流は手袋や杖を介さず霊力を出したことは無い。故に自身の霊力の色すら知らなかった。
霊力を出すには、身体に備わっている特殊な腺を開ける必要がある。元々開いていたり、訓練で開けることができるが、稀にそれができないもの達が居る。それが昴流だった。
「コイツ……霊力腺を無理やり開けたな! いいじゃないか! オレと張り合え! オレを燃やして見せろ!」
「絶対! 勝つ!」
しかし今、昴流はその腺を無理やり開けつつある。
そして同時に、慣れない霊力を強引に引き出していた。
それは身体に大きな負担を掛けることになるが、今の状態で気にしていられるほど、昴流に余裕は無い。
燃え続ける身体、余裕そうなドライ、反して自分は満身創痍。
後ろ盾も霊器も無い中、攻撃の手段すら無くなった昴流に残っていたのは、火事場の馬鹿力だけだった。
「さあ! 来い!」
「……お前を、祓う!」
喜びから笑顔を向けるドライに対し、昴流の霊力腺は燃える。
そして同時に、昴流の両手に深紅の霊力が集まっていく。それは大きく燃え上がり、バチバチと音を立てていた。
「それは、まさか!」
「喰らえ!」
黒い霊力を集めると漆黒の怒槌となる。
これは霊力の作用を使った大技であり、悪霊だけの専売特許ではなかった。
通常の霊力でも、怒槌に対抗すべく、幽霊達は長い時を経て、それを開発していた。
そして誰よりも霊力を使役するために努力していた昴流は、その技を知っている――。
「白明の炎槍!」
刹那、辺り一面が静まり返ったかのような錯覚に陥ると同時に、ドライを貫き、霊界を走る深紅の炎。
その一閃はまるでオーケストラの演奏のように心地いい音を響かせ、大きく燃え上がる。
そして、爆発した。




