第49話 黒炎に散る
「良いなお前! もっとオレを楽しませろ!」
「一々うるせえな! 喋れなくしてやろうか!? あぁ!?」
幸太郎がバラクラバを一掃する頃、霊界の傍らでドライと名乗るバラクラバと戦闘を繰り広げていた昴流。
軍神部用の霊器である杖を巧みに扱い、大振りなドライの攻撃を防いでいた。
「もっとだ! もっと攻めてこいよ! なァ!!」
「チッ……! 大雑把に攻撃しやがって!」
他の軍神部隊員と同じく、昴流も直接霊力を戦闘には流用できない。両拳に黒い炎に似た霊力を纏うドライに対し、杖で霊力を扱う昴流には明確な差があった。
更に、一回りは違うであろうドライの体躯がその差を広げていく。
防戦一方な昴流は、攻めあぐねていた。
「ほらほらどうした! オレの黒炎に焼かれてえか!?」
「声デケェんだよ! 黙ってろ!」
「いいや黙らないね! さっきまで屑鉄を相手にしてたんだ! あいつらはつまらなかった……だが! お前は違う! お前は生きてる! そして面白い!」
繰り出された大きな拳を杖で受け止め、弾き飛ばす。
一歩下がったドライに対し、バックステップで距離を置くと、杖の先をドライへと向ける。
「とりあえず止まってろ!」
杖の先から出たのは半透明の霊力。
電気のように空中を迸った霊力は、たちまちドライに直撃した。
しかしドライの身体には変化がない。強いて言うなら開いた胸元に傷が付くくらいであった。
「そんなものか! オレにはそんな玩具は効かん! お前の霊力でかかってこい!」
「それができたら苦労してねぇんだよ!」
ドライに向けた霊力を引き戻し、杖と自身に付与させる。一時的な身体強化を施した昴流に対し、ニヤケ顔を隠さないドライは地を踏み鳴らしながら昴流へ迫る。
振るわれる右の拳を躱し、追撃の左拳を杖で受け止め、腹部を蹴りつける。若干の強化で増した蹴りは、ドライの身体を少し逸らさせた。
「壁かよ……ビクともしねぇ!」
「ああ! オレは壁だ! 悪かったな!」
杖で受け止めていた左拳を突き飛ばし、大振りで迫る右脚をしゃがんで避ける。流れるように杖の脚部を地面に刺すと、突然杖が伸び、ドライの顎に激突した。
「その杖……伸びるのか!」
仰け反るドライ。伸ばした杖を引き戻し、直ぐに着地した昴流は、杖先をドライに向けて再度伸ばした。
杖先で腹部を突かれ、後退るドライ。咄嗟に杖先を掴むも、昴流が笑ったことに気づかなかった。
「喰らえ! ゼロ距離なら痛ぇだろ!」
瞬間、杖先から放出される半透明の霊力。
霊力は間髪入れずにドライに感電すると、その全身に巡る。
先程よりも出力の上がった攻撃に、片膝を着くドライだったが、その状態でやっと頭の位置が同じ場所になったことに、昴流は気づいて息を飲んだ。
「……やるじゃないか、この俺を押し留めるとはな」
「その状態でよく喋れるな、化け物か」
「化け物ではない、オレは黒霊炎のドライだ」
「だからだせぇよその名前」
軍神部の使役する杖は特別製である。
霊力を戦闘に流用できない者向けに作られている杖は、杖を持つ手を経由して体内の霊力を具現化させる力を持っていた。
更に、杖先から出る霊力は感電と拘束効果を持ち、並大抵の悪霊であればその場に跪かせ、声一つ上げさせない威力を持つ。
最も、それは複数名の隊員が集まった場合であるが、昴流の持つ杖は隊長であるが故に更に特別製だ。
「いいね……いい感じに温まってきた」
「ッ!」
出力される霊力は平隊員の持つ杖より数倍大きい、はずだった。
感電しながらも顔を上げたドライ。その表情が笑みに満ちていたことで、昴流の背中に悪寒が走る。そして同時に、杖先を掴んでいたドライの手に力が入るのを感じ、咄嗟に跳び退いて距離を取った。
感電から開放されたドライはゆっくり立ち上がり、身に付いた埃を払う。
「お前やはり良いな、最高だ!」
「なんなんだおま――」
昴流が悪態を吐くよりも早く、フン! と息巻いたドライ。同時に、ドライの全身から黒炎のような霊力が放出され、ドライの身体ごと燃やしていく。
燃え上がるドライに対し、本能的にマズさを感じ取った昴流は、防御の体勢を取った。
けれども、その刹那、ドライの姿が視界から消える。
「アイツ! どこへいっ――」
「ここだぜ」
轟音が鳴り響く。音を置いて消えたドライが、昴流の懐へと忍び込んでいた。
残像すら残さなかった巨躯は、器用に懐へ入り、その右拳を深々と昴流の腹に突き刺す。
血を吐き、その場に蹲る昴流。しかし、丸くなるのを許さないと言わんばかりに、ドライはその頭を掴み、持ち上げた。
「あ……がっ……」
「オイオイ、本気を出したら終わり、なんて言わねえよな?」
意識が朦朧とする昴流に対し、わざとらしく首を傾げるドライ。視界が点滅している昴流は、頭を締めあげられる苦痛で目を覚ました。
「がっ……あああああっ!」
「ほらほら、どうする? このままだとお前は死ぬぞ? さあ、どうにかして見せろ! このオレに霊界を壊されてしまうぞ!? なァ!」
叫ぶ昴流に対し、嬉々として高笑うドライ。
締め上げる手に更に力が入り、昴流の頭蓋骨が軋み始める。
ギリギリと内耳に響く音に、昴流は残っていた身体強化を右脚に集中させ、器用にドライの顎を蹴りつけた。
「やるではないか」
蹴りを喰らい、捨てるように昴流を離すドライ。
咳き込みながら地面に落ちた昴流は、堪らず杖を離してしまう。
朦朧とする意識の中、咄嗟に落とした杖を拾おうと手を伸ばすも、昴流よりも先に杖を拾ったのはドライだった。その表情は、依然として笑みが溢れ続けている。
「お前との戦闘は楽しい! だが、この玩具だけが心残りだ! やはり戦闘はその身一つで行うことに意味がある!」
「勝手な……こと、言うんじゃ……ねぇ!」
ふらつく身体で無理やり立ち上がった昴流。ドライはそれを見るや否や、杖を自身の背後に投げ捨ててしまった。
そして両腕を大きく広げ、黒炎の出力を上げる。
「さあ! お前の全力を魅せろ! あんな玩具など、必要無いはずだ!」
「……自己中が!」
「自己中結構! オレはオレだ!」
燃え上がる黒炎に対し、両腕を構える昴流。その手には白い手袋が装備されていた。
軍神部隊員に支給されるのは杖だけではない。杖と相性の悪い幽霊が居るのを考慮し、より身体に近い位置で霊力を放出できるようにする物として、手袋がある。
杖と同じ原理で霊力を引き出す手袋は、同水準の効果を持った。
「そうだ! やはりお前は玩具無しでも霊力を出せるな!」
「出せねぇよ! ふざけんな!」
両手を向け、迫るドライに対し霊力を放出する。
繰り出された稲妻は地を走り、ドライを捕まえる。
それでもドライの足は止まらない。
「もっとだ! もっと出力を上げてみせろ!」
高笑いを止めないドライ。昴流の目と鼻の先に到達すると、昴流の両手を片手で掴んだ。
ドライの黒炎が身体に引火し、昴流を燃やしていく。
「ぐっ……うおおおおおっ!」
雄叫びを上げる昴流。絶体絶命の中、霊力の出力が上がっていく。
それとは裏腹に、出力規定値を超えた昴流の霊力と、ドライの黒煙に挟まれた手袋は燃え始めていた。
「手袋が……! マズイ!」
「何がマズイ? 最高ではないか! 共に燃えようぞ!」
「男と燃えるなんて勘弁してくれ!」
「そう言うな! 兄弟!」
「誰が兄弟だ! ふざけるな!」
笑い続けるドライ。その度に黒炎は出力を増やし、昴流どころかドライすら燃やしていく。
瞬く間に昴流の手袋は燃え、塵になっていく。
焦りを滲ませる昴流は、どうにか切り抜けようと必死に思考を巡らせる。
しかし、現実は非情である。
「……あ」
黒炎に囲まれるさなか、間抜けた声をあげた昴流。
手袋が全て燃えてしまった。




