第47話 満身創痍の馬鹿力
「うぐっ! あああっ!」
目の前で起きた爆発を防御することができず、モロに喰らった劉兎は、爆風に吹き飛ばされて地面を転がる。
身体にムチを打ち、無理やり立ち上がったが、辺り一面に漂う白煙が、劉兎の視界を塞いでいた。
「くそ……どうすりゃ勝てるんだ」
震える脚、傷だらけの身体、そして先の戦闘から続く負傷も治りきっていなかった。
特に強引に止血した右腕の炭化は、まだ治る兆候すらない。
白煙を晴らすためにその腕を動かそうとした劉兎の脇腹に、クナイが刺さる。
(どっから来た……?)
クナイに押されるように、その場に膝を着く。
既に満身創痍の劉兎は、精神力も集中力も疾うにすり減りきっていた。
クナイが風を切る音すら認識できない今の劉兎は、最早袋の鼠。
そんな隙を忍者が逃すはずもなく、無慈悲に、冷酷に、劉兎の前に麻袋が落ちる。
「嘘だろッ!」
咄嗟に立ち上がろうとするも、膝は笑い、ままならない。
地面に這いつくばる劉兎を嘲笑うように、淡々と撃ち込まれた火矢が麻袋に刺さる。
麻袋の中の油に引火する火矢。たちまち起こった爆発は、容易に劉兎を巻き込んだ。
「……終わったか」
爆炎が漂う中、黒い霊力の放出を止めた忍者が天井から床へと降りる。
劉兎の死体を確認するべく、爆心地に近づくも、不意に聞こえた雑音に、即座に柱の陰へと隠れた。
「と、とんでもねぇことしやがって……!」
「……ふむ、案外図太いんだな、お主」
爆炎の中から現れた劉兎は、全身の傷の上から更に火傷を負っていた。
しかし被害を最小限に抑えるべく、全身には琥珀色の霊力をまとって光らせており、防御の構えを取った刀は、半ばから刀身が消失している。
それでも目を見開き、少し口角を上げてすらいる劉兎に、忍者の背筋に悪寒が走る。
「こっちだって、修羅場くぐってるんでね!」
再び天井に張り付く忍者に対し、四本のナイフを創造する劉兎。忍者からの攻撃が繰り出されるよりも早く創造されたナイフは、四方に向かって器用に投げられた。
部屋の四角に向かって投げられたそれは、たまたま忍者が張り付いていた箇所にも命中する。
ナイフが爆発する前に天井から離れた忍者は、再度床に帰ることとなる。
「聞こえた……!」
床に降りた忍者を音で感知した劉兎。
迷いなく忍者の方へと駆けると、忍者の姿が見えるよりも早く、脚のホルスターから替えの霊器を取り出し、刀を創造しながら振るった。
「我は音など出しておらん……何を知覚したんだ」
横薙ぎに振るわれる刀を跳んで避け、劉兎の背後に着地する。
空中ですれ違うさなか、劉兎の背中には二本のクナイが刺さっていた。
「いいや、聞こえたね、アンタの音が」
「……まさか、コイツ痛覚をなくしたか!」
クナイが刺さったことすら気にもとめないと言わんばかりに、ゆっくり振り向く劉兎。
そんな劉兎を見て慄く忍者だが、すぐに切り替えるとクナイを創造しにかかる。
同時に柱の陰へと消えようとする忍者。
「逃がさねぇよ!」
しかし、跳び出した劉兎がそれを阻む。
忍者ごと柱を斬り飛ばし、忍者の潜伏を妨害する。
たちまち創造していたクナイと手裏剣を多方面に投げるも、気にしない劉兎は更に前へと突き進む。
「狂人か!」
「もう既に感覚なんてねぇよ! アンタがバカスカ爆破してくれたお陰でな!」
全身に刺さる暗器のことなど気にもとめず、乱雑に刀を振るっていく。
冷静に避けていく忍者。すかさず麻袋を創造すると、劉兎へと投げつける。
「それを待ってた!」
「なっ!?」
けれども、その行為は完全に劉兎の術中。
投げつけられた麻袋に向かっていく劉兎は、火矢が放たれるよりも前に麻袋を掴み、忍者に投げ返す。
既に火矢を放っていた忍者はその行為に驚き、自然の摂理に敵わない火矢は、淡々と麻袋に刺さり、爆発した。
地面を転がる両者、どちらもすぐに立ち上がる。
しかし、立ち上がった忍者は劉兎の姿に驚愕する。
「お主……燃えているではないか!」
そう、劉兎の身体は燃えていた。
麻袋による爆発が身体に引火していたのだ。
それでも目を見開き続ける劉兎の口角が上がり、刀を握る手に力が入る。
「燃えてる!? 知らねぇよそんなこと!」
「……まるで狂戦士だな」
向かい合う両者。もちろん劉兎は地を蹴り、忍者へと肉薄する。
対する忍者は待ち受ける形で佇むと、迫る劉兎に逆らうことなく小刀を振り下ろした。
「我が眠らせてやる」
向かってくる劉兎を両断するように、振り下ろされた小刀。
既に避けるような位置になく、目と鼻の先まで迫っていた劉兎。
避けられないと判断した忍者は、憂いげに視線を向けた。
「何勝手に終わらせてんだ」
「……何?」
しかし、劉兎の目に闘志は宿り続けていた。
刀を自身と小刀の間に滑り込ませ、瞬間、往なす。
力を受け流されたことで体勢が崩れる忍者。
忍者を見て、劉兎は短く息を吸う。
(今だ! この一瞬に全てを賭けろ! もうこれ以上の隙は訪れない!)
このまま戦いを続けていれば、いずれ劉兎の往なしにも適応されるのは必至。であれば、この一瞬が最初で最後のチャンスである。
往なした体勢のまま、強く足を踏み込む。併せて首に向けて振るわれた刀は、阻むものなく忍者の首に向かう。
「ぬおおおおおおッ!」
雄叫びを上げた忍者。
倒れていく身体を無理やり踏ん張り、刀の鍔を蹴る。
既に腕の力など無くしてしまっていた劉兎は、蹴りと共に刀を離してしまった。
「終わりだ!」
刀を蹴り飛ばされ、忍者の隙は無くなる。
千載一遇のチャンスをものにできなかった悲しみよりも先に、劉兎に刺さったのは小刀。
脇腹に小刀が刺さっていた。
「……外したか、寸前で身を捩ったな」
「……ゴホッ」
鉄の冷たさを生で感じ、同時に脇腹から出る暖かい血液に、劉兎の顔色が青く落ちる。咳と共に口内から血液が溢れ、呼吸を遮る。
本能的に身を捩った劉兎は、即死だけは逃れたものの、万事休す。
次は心臓に刺すと言わんばかりに、脇腹から小刀を引き抜こうとする忍者に対し、咄嗟に劉兎はその腕を掴んだ。
「……は?」
「ぬあああああッ!」
驚きで硬直する忍者の顔面に、劉兎の拳が刺さった。
どちらも満身創痍。更に腕を掴まれた忍者は、先のような身代わりの術を使えない状態に陥っていた。
対する劉兎は目を血走らせ、迫り上がる血液を無理やり飲み込み、再度拳を構える。
「なんなんだ、貴様!」
「負けるかよォ!」
驚きを通り越し、半ば引いている忍者は、そうしてる間にも繰り出される拳に顔面を蹂躙され続ける。
堪らず残った手で煙幕弾を創造した忍者だったが、察知した劉兎はその手首を掴み、創造を止め、頭突きをする。
何度も、何度も何度も繰り出される頭突きは、やがて忍者の鼻を折り、意識を暗転させる。
一心不乱に頭突きを繰り返す劉兎の額も血で染まるものの、忍者が引き剥がすために蹴り飛ばしたことで、後ろに倒れる劉兎。
「逃がすか!」
脇腹から血を流しながら、即座に立ち上がり、地を蹴る。
拳を構え、忍者に肉薄をはかる劉兎の表情は既に余裕がなかった。
「今しかないんだよ!」
「くっ! 死に損ないが!」
脂汗を流し、瞳孔が開きっぱなしの眼で忍者を睨む。
同時に、血だらけの拳が忍者を襲った。
身代わりの術を施す暇もなく、殴り飛ばされて廃墟の壁に当たる。
なおも走り続ける劉兎を見て、忍者も遂に動き出した。
(もうここで終わらせる! 今逃げられたらもう無理だ!)
先程弾き飛ばされた刀を道中で拾い、忍者が暗闇に紛れる前にナイフを投げて牽制する。
しかし劉兎の判断とは裏腹に、忍者は劉兎へ迫り来る。
驚く劉兎だったが、その足は止まらない。
クナイを投げ、小刀を構える忍者に対し、クナイを往なし、刀に霊力を付与する劉兎。
「来い!」
「言われなくても!」
一触即発。肉薄した二人。先に攻撃を繰り出したのは、劉兎だった。
一刀両断するように、振り下ろされた刀は、忍者を斬り伏せる。
瞬間、軽い煙幕と共に、丸太が出現した。
「それは身代わりだ!」
刹那、劉兎の背後に現れる忍者。小刀の鋒は劉兎に向けられている。
万事休す。しかし、その状況で冷静だった劉兎は、静かに振り下ろした刃先を逆に向けた。
「知ってたよ」
「……なに?」
「『燕』ッ!」
忍者が劉兎に到達するよりも早く、振り上げられた劉兎の刀は、空中に半円を描いて背後に振り下ろされる。
そして、その軌道上にあった忍者の首を刈り取った。
首を斬られた忍者の身体はその場に力なく崩れ落ち、首は劉兎の前方へと飛んでいく。
丸太に変わらない身体と、霧散していく首を見て、劉兎は安堵から膝を着いた。
「祓除ッ……完了ォ!」
噛み締めるように、全身で叫んだ劉兎は、肩で息をしながらも勝利を確信した。
次第に霧散していった忍者は粒子となり消え、劉兎は回復に専念すべく横になろうとする。
しかし、地面に背中をつける瞬間、劉兎は何かの音を聞きつけ、咄嗟に飛び起きた。
「嘘……だろ? まだ居るってんのか!」
劉兎の視線の先、暗闇の中から響くのは、甲冑の擦れ合う音と足音。
震える膝を叩き起し、何とか刀を構える劉兎に対し、音の主は静かにその姿を現した。
現れた新たな落武者は、仰々しい兜を被り、般若のお面をつけていた。




