第45話 その頃霊界では
「居たぞ!」
「総員! 杖を用意!」
バラクラバとは別に、月音の爆発から止めどなく蔓延る悪霊達は留まるところを知らない。
その鎮圧へと駆り出されている軍神部は、六人一組の小隊を作り、悪霊の祓除へと励んでいた。
「なんだァ!? コイツら!」
「目標一体! 狙いを定めろ!」
ロングコートを羽織った壮年の男性と、五人の青年。六人が全員、日の出モチーフの軍神部のロゴが入る隊服を着用していた。
六人の前には悪霊が一体。霊界の住民を襲っている。
「照準……放て!」
リーダーである壮年の男性が指示すると同時に、杖を持った五人の青年が一斉に悪霊を取り囲む。
間髪入れずに杖から繰り出された半透明の霊力は、悪霊に直撃するや否や動きを止めた。
「捕縛完了! 隊長、お願いします!」
「ああ、任せろ!」
「な、なんだこれ……動けん!」
身動きが取れず、戸惑う悪霊に対し、隊長と呼ばれた壮年の男性は霊器を取り出した。
霊器からは刀が創造され、油断なく近づいた隊長は、少しだけ漏れ出る霊力で身体強化を施し、悪霊の頸を刈り取る。
首を飛ばされた悪霊の体は力なく倒れ、霧散していく。
「霧散確認! 祓除完了!」
隊長が高らかに祓除完了を叫ぶと、五人の青年も杖を降ろす。
一人の青年が隊長のそばに寄る。
「これで三体目ですが……お身体は大丈夫ですか?」
「ああ、まだ十体は祓える」
霊力を戻し、大きく息を吐く隊長。少しだけ顔色が悪く、それでも笑う姿に青年の心配は募る。
「霊界は……どうなってしまうのでしょう」
「分からんが、とりあえず我々は治安維持と市民の救出を最優先にするんだ。一人でも多く助けるぞ」
「でも、悪霊一体にこちらは六人。コスパが悪すぎます」
バツが悪そうに俯く青年を見て、背中を叩く隊長。
他の隊員もその様子を見て周りに集まってきた。
「悪霊退散会の方々は手伝ってくれないんですか?」
「彼らは我々が相手している悪霊より遥かに強力なモノと対峙している。どうやらこの場には『名持ち』の悪霊が居るらしいからな」
それに……と続ける隊長。小隊の頭上を何かが通り過ぎ、全員の視線が上空に集まる。
続々と屋根と屋根を渡る人影に、最後に現れたのは祥蔵。肩に映る満月のロゴに、隊員たちの顔が綻んだ。
「悪霊退散会は元々生界の治安維持を任せられている。わざわざ我々と差別化を取られているのは、役割を明確にするためだ」
隊員たちを一瞥し、霊鞭で屋根を伝っていく祥蔵は、前に居た数名の人影に指示を出していた。
「それに、我々も無策じゃない」
「例の『新設部隊』ですか?」
「ああ、霊鞭持ちだけで構成された新設部隊。しかも今通っていた方を見たか? 今回その部隊の指揮を取っているのは紛れもない悪霊退散会の霊鞭使い様だ」
小隊の頭上を通り抜け、屋根を伝って総指揮を執っていた昴流の真横に着地した祥蔵。
そんな祥蔵に目もくれず、屋根の上で昴流は指揮を執り続けている。
「霊界の状況はどうだ」
「どうもこうもない、大分酷い有様だ。中心街含め、霊界全域に小人と思わしき悪霊が多数出現、更に謎の『名持ち』の悪霊も確認されてる」
「そうか……俺は次どこに行けばいい」
「東側の第四部隊が『名持ち』に壊滅的被害を受けて敗走中。北側――悪霊退散会側の第一、第三部隊も同じく劣勢……強いて言うなら中心街の第二部隊が無事なくらいか」
「東側か、北は他の会員に任せる。萌葱や、それこそ会長も居る」
「……新設部隊はどうだ?」
「悪くない。まだ練度は低いが、このまま修練を続ければ俺達と遜色ない力を得ることが出来る」
屋根の上で周囲を見渡しながら話す二人。
見渡す限り戦闘音と爆発音がしており、各地から火災による煙が伸びている状況である。
正に地獄と揶揄するには容易い状況に唇を噛む昴流に対し、祥蔵は嫌に冷静だった。
「とりあえず俺達は南側に向かう」
「ああ、任せた」
霊鞭を住宅に刺して飛んでいく祥蔵含めた新設部隊の背中を尻目に、昴流は無線で指示を飛ばす。
どこもかしこも劣勢に次ぐ劣勢。余裕など無い状況で頭を抱えざるを得ない。
忙しなく眼下で走り回る軍神部員を横目に、再度無線の電源を入れる。
しかし、撃鉄音と共に昴流の周囲に銃弾が撃ち込まれた。
「新手か!」
銃弾の飛んできた方向に視線を移し、屋根を走る影を確認する。
手に持っているのが銃と分かるや否や、即座に屋根から飛び降りる。
飛び降りていく昴流を見て、銃を持つ人影も飛び降りてきた。
「銃持ち……しかもありゃ『名持ち』だろ」
「香月隊長!」
乱雑に地面に着地し、転がった昴流。そんな昴流を心配した一人の軍神部員が駆けつける。
「待て! 来るな!」
「えっ――」
視線の先に人影が降りてきたことを確認した昴流は咄嗟に隊員を止める。
しかし建物の影から出てきてしまった隊員は、無惨にも銃弾を喰らい、その場に倒れてしまった。
「チッ、ハズレかよ」
「くっそ……やられた!」
倒れたまま動かない隊員を見て、しかめ面になる昴流。即座に霊力放出の準備をするが、そんな昴流の肩を叩く者が居た。
すぐに振り返る昴流。目の前には――
「ヤバい状況みたいッスね」
「円さん!?」
黒いタンクトップが目を引く文音が居た。
まるで先程まで技師の仕事をしていたと言わんばかりの出で立ちに、昴流は額に脂汗をにじませる。
「何で貴女が! 避難してください! ここは危ないです!」
「そうみたいッスね……でも、ウチは戦いに来たッスよ」
「……へ?」
仕事をしていて状況がわかっていないと判断した昴流は、即座に文音に避難を促す。
しかし昴流の想像よりも冷静な文音は、静止をものともせず通りに出た。
反射で文音を撃つ悪霊。
昴流が庇おうと駆け出すも間に合わない。
また一人死んでしまうと逡巡する昴流に対し、文音の頭に当たった銃弾は弾かれた。
「……え?」
「香月隊長、ここは任せて欲しいッス」
「いやでも……いま頭に……え?」
困惑する昴流と同様に、悪霊も目の前の現実に困惑している。確かめるように再度撃つものの、あろうことか文音は掌で防いでみせた。
文音以外の全員が理解できないでいる中、機械音と共に文音の腕が開く。
その中からは大砲のような口径の銃が顕れた。
「迎撃システム、起動。技師、円 文音」
「マジ……か」
「想定有事二番『悪霊による霊界襲撃』に則り、無承認での迎撃に当たります。全技師、起動」
銃口を向ける文音。その表情は機械的で冷たい真顔だった。
「円さん……貴女は一体……」
「私達は【神様】の創り出した人形。普段は技師として霊界を生き、幽霊達をサポートする役割があります」
「機械生命だったのか……」
「ええ――なので、ここは任せて欲しいッス」
冷たい真顔から一変。いつもの溌剌な笑顔を見せる文音。その顔を見て安心した昴流は、アイコンタクトのみで踵を返した。
しかし、指揮に戻ろうと走る昴流の前に、大きな人影が落ちてくる。
その人影は、管が見え隠れする人の頭を乱雑に掴んでいた。
「オイオイ……まだ何かあるのかよ」
「おっ、ちゃんとした幽霊じゃねぇか、そろそろ機械相手も飽きてきたんだ」
掴んでいた別の技師の頭を投げ捨て、昴流ににじり寄る。
大柄で全身に纏われた黒い霊力からでも分かるほど発達した筋肉、そして悪辣に上がる口角は狂気的だった。
構える昴流に、胸を張った男は叫んだ。
「オレは【バラクラバ】が一人、黒霊炎のドライだ! よろしくな! 幽霊!」
「……だっせえ名前」
拳を構えるドライに対し、冷や汗を流す昴流も決意を固める。
一瞬の膠着の中、二人は同時に走り出した。




