第44話 募る想い、弾ける感情
数分前、悪霊退散会跡地。巨大な狐へと変貌した月音に対し、大声で怒りを顕にした萌葱は、自分を落ち着かせるために深呼吸をしていた。
反して萌葱の霊力は紅色の炎のように猛々しく燃え盛っている。
「すまない……すまない……」
「謝ったって、もう遅い。アタシはお前を祓除する」
刀を構え、狐を睨みつける。
辛うじて聞こえてくる月音の言葉にも、萌葱は耳を貸さないでいた。
刹那、狐が動き出し、その大きな前足で萌葱を潰しにかかる。
「ふむ……」
その足を表情すら変えずに刀で受け止める。
激突音と衝撃が跡地に広がるも、一切微動だにしない萌葱の霊力だけが燃え続ける。
「劉兎がお前の腕が硬いと言っていたが……」
「……なんじゃ、急に」
「いいや、帰ってきたら鍛え直さないといけないと、思っただけだ!」
受け止めている体勢のまま、力を入れる萌葱。刀にまで付与された紅色の霊力は、あろうことか狐の前足を両断する。
叫び声を上げる狐に対し、地を蹴って迫る萌葱。後ろ足で立つ狐の懐に潜り込むと、すれ違いざまに両足を斬りつける。
「今、出してやるぞ! 月音!」
「無駄じゃ……なにもかも、もう無駄なんじゃよ」
両足を斬りつけられ、体勢が崩れた狐はその場に倒れ込む。即座に跳び上がった萌葱は、迫る狐の前足を容易に斬り飛ばし、大きな頸に向かって刀を振り下ろした。
しかし、その刀は吹き出される黒い霊力に防がれてしまう。
「妾を出したところで……何も変わりはしない」
萌葱の頭の中に反芻するように聴こえる月音の声。しかし、その声とは裏腹に狐は敵意を萌葱に向け続けていた。
霊力に吹き飛ばされ、一時後退を余儀なくされた萌葱は瓦礫だらけとなった地面へと着地する。
そして居合の構えを取ると、刀を鞘にしまい――
「『紅花』」
「ッ! アアアアアッ!」
瞬時に跳び出した萌葱は、目にも止まらぬ速さで駆け抜けると、狐の両足を斬り飛ばす。その一瞬のことに、狐の叫び声が木霊する。
萌葱は駆け抜けた後に即座に着地すると、振り向きざまに迫る狐の腕を刀で受け止めた。
「月音、月音ェ!」
「呼んだって無駄じゃよ……その体はもう、妾の意思で動かせてない。妾は、ただただ死に行くだけの悪霊の残滓じゃ」
「だから、出してやるって言ってんだろ!」
ギリギリと、狐の爪と萌葱の刀が鍔迫り合いをしている。しかし、突然狐の体から黒い霊力が吹き出すと、腕の威力が増し、萌葱の身体が浮いた。
「くっそ! 月音ェ!」
「……すまない、本当に」
謝る月音とは裏腹に、全力で萌葱を突き飛ばす狐。
突き飛ばされた萌葱は地を疾駆し、壊れかけていた壁に激突する。吐血した萌葱は、膝と刀をついて意識を無理矢理保っていた。
「なんて力だ……しかも、叫ぶ割にはダメージなんて無いじゃないか」
痛みを堪えるように片目を瞑り、肩で息をする。その間に狐の四肢は何事も無かったように修復していき、先程と同等の輝きを見せた。
対する萌葱は一撃喰らっただけで満身創痍。予断を許さない状況である。
「すまない……すまない……」
「……いい加減やめろよ辛気臭い」
頭に響く月音の声を遮るように掌でこめかみを叩く。
口許から垂れる血液を乱雑に拭うと、再度刀を鞘にしまう。
月音の声を響かせながらも、狐は気にすることなく萌葱を睨み、突撃した。
「……さっさとそこから出してやるから」
鍔を指で弾き、鞘から鎺のみ見せる。
迫り来る狐に対し、冷静に鯉口を切ると、今度は『紅花』のように地を蹴ることもなく、ただ抜刀した。
「『円華』」
鞘に入れられていた刀は、抜刀と同時に紅の霊力を燃え上がらせる。その様子を気に止めることもなく、萌葱はゆっくりと自身の前に刀で円を描き、あろうことか空中に円として残った霊力が狐を止めた。
驚きで目を見開く狐に対し、萌葱は安堵から嘆息すると、恭しく鞘を叩く。
「さっすが技師製! 期待通りだ!」
そして有り余る霊力を纏った刀で狐を斬りつけ、突き飛ばした。再度納刀する萌葱の脳内には、数日前の文音とのやり取りが浮かぶ。
数日前、技師の詰所にて、萌葱は文音から鞘を手渡されていた。
「頼まれてたモノッス!」
「おお、ありがとう」
「でもなんで急に鞘なんて? 霊器なら別に鞘なんて必要ないッスよ」
「言ってた機能は追加してくれたか?」
「ええ、霊力を溜める機能なら付いてるッス」
以前から萌葱は文音に霊器の強化を頼んでいた。それは何も霊器だけを強化するものでは無い。
霊器を補助する霊器を別に作ることも、また強化に値する。
「それにしても色々考えるッスね」
「そりゃあ奴の力を目の当たりにして、いつも通り訓練……とはいかないだろ」
ゆくゆくは劉兎の分も創ってもらう。と告げる萌葱に対し、文音は眉を落として頷いた。
霊器から刀を創造し、試しに鞘にしまってみる萌葱を見ながら、少しだけ口角を上げる。
「試すのはいいッスけど、くれぐれも霊界で帯刀はしないでくれッスよ! 基本的に武器の所持が認められてるのは軍神部だけッスから!」
「はいはい、分かったよ」
面倒な組織、と続ける萌葱に憤慨する文音。
そんな姿を尻目に、萌葱は微笑んだ。
しかし文音の意志とは裏腹に、萌葱は霊界で帯刀している。全ては月音を警戒してのことだった。
「あんまり時間をかけてられないんだ、もうさっさと終わらせるぞ」
「……ああ、そうしてくれ……でも」
脳内に響く月音の声を聴き終わる前に地を蹴る萌葱。一瞬だけ納刀し、鞘の中にある霊力を付与するとすぐに抜刀。
走り迫る萌葱に対して両腕で叩き潰しにかかる狐。狙いを済ませると、拍手をするように萌葱を挟んだ。
「『桜吹雪』」
両腕が直撃する瞬間、左右を交互に横薙ぎする萌葱。
桜吹雪と名付けられたその技は、両腕を正確に斬り飛ばすと、紅の霊力が花弁のように残滓となって空を舞う。
痛みから叫び声を上げる狐に対し、再度鞘に刀をしまった萌葱は、その場で深く沈み込み、居合の体勢を取る。
深紅の霊力が全身から燃え上がり、右脚が輝いた。
「『紅花』」
刹那、地面を抉るように蹴り飛ばした萌葱。
全力で踏み込んだ右足は常軌を逸した速度を出し、狐の首に向かって萌葱を飛ばす。
紅い閃光となって迫る萌葱を、止めるどころか視認すらできなかった狐は、一太刀で頸を飛ばされることとなった。
「……月音が居ないッ!」
飛ばされた頭が霧散していく中、空中で翻してその様子を見つめる萌葱。
しかし頭の中に月音の影はない。
同時に、首から上が無くなった狐は倒れる素振りを見せるも、その場で留まり、無数に生える尻尾を萌葱に向けた。
「頸を飛ばしただけじゃダメか!」
迫り来る無数の尻尾を、空中という身動きの取りづらい場所で何とか捌き、地面へと着地する。
しかし、数本捌いただけでは窮地を脱することはできず、刺し殺さんと迫る尻尾が萌葱の視界を埋めつくしていた。
けれど、萌葱の表情に焦りはない。
「それだけの物量で攻めれば、アタシを殺せると思ったのか? それとも、頭がないからがむしゃらに動いているだけか?」
刀を構え、しっかりと尻尾達を見据える。
大きく息を吐くと、一歩。強く地面を叩いた。
「アタシは劉兎の師匠だぞ」
瞬間、萌葱に激突した尻尾が、まるで萌葱を避けるように左右へと散っていく。
「『丁香花』……そして、見つけたぞ」
萌葱が繰り出した新たな技により、全て往なされた狐の尻尾。
更に、間髪入れずに走り出した萌葱。握られた刀には輝くほどの霊力が付与されている。
尻尾も往なされ、両腕もなく、頭もない。容易に懐へと入り込んだ萌葱は、狐の心臓部を鋒で突いた。刀に付与された霊力が心臓部へと移っていくのを垣間見ると、背後から迫る尻尾を避け、距離を置く。
「『星雷花』」
直後、爆発する萌葱の霊力に、抉られた心臓から出てきたのは月音だった。驚いた表情で固まっている月音は、重力に従って地面に落ち、巨大な狐は光の粒子となり消えていく。
「さあ、終わりだ」
呆気にとられた表情の月音に馬乗りになり、刀の鋒を向ける。いつでも顔面を刺せる体勢を整え、月音を睨みつけた。
「……まってくれ」
「いいや、待たない。この惨状が見えないのか」
震える手で刀を握る萌葱。その表情はまるで苦虫を噛み潰したよう。
歪んだ顔を見て、月音はゆっくり首を回して辺りを見渡す。
壊れた悪霊退散会、惨禍に見舞われている霊界、火の海になっている街、聞こえる悲鳴……。
「ああ、見える」
目を瞑る。
「よく、見える」
「なら……分かるだろッ! お前にもう、弁明の余地なんてない! 悪霊はやっぱり悪霊だ! だからアタシはハナから反対だったんだよ!」
「そうじゃな、お主はそもそも妾を嫌がっておった」
諭すように言葉を紡がれ、怒りが頂点に達する萌葱。感情のままに刀を振り下ろそうとした刹那、その手首を誰かが掴んだ。
「華鈴さん……!?」
「月音の処理は私がやるわ、萌葱は劉兎くん達のところに行ってくれる? 緊急アラートが鳴ったの」
「……ですが、コイツは!」
「良いから、お願い」
しゃがんで萌葱と目線を合わせる華鈴。その目は強く据わっていた。
数秒、萌葱が思いを募らせると、大きく息を吐いて無理やり落ち着く。
月音から目線を外した萌葱は、華鈴がその場で創ったゲートに入って行った。




