第43話 双子
「梓ちゃん、起きて!」
辺りに漂う爆煙が、カナデと梓を隠している中、意識を一時的に手放した梓に向かって大声で呼びかけるカナデ。
そんな彼女らの下には二つの足音が迫りつつあった。
「あれれ? 一人瀕死だね、アインス」
「そうだね、一人瀕死だ、ツヴァイ」
二人の足音は重なり続ける。それはまるで一人しか居ないと錯覚するようなレベルだった。
梓の身体を揺らし、何とか覚醒を試みるカナデを笑うように、煙を薙ぎ払って二人が現れる。
全身に漆黒な霊力を纏い、目出し帽のように目と口だけ開かれた姿は、さながら強盗の様。
しかしその姿よりも、カナデの目に入ったのは、手を繋ぐ二人の悪霊と、空いている手に握られている、長く大きい剣だった。
「二対二のつもりだったんだけどね、アインス」
「一対二になっちゃったね、ツヴァイ」
「どうする?」
「どうする?」
身体は双子の子供かと見間違う。声も子供のように甲高く、軽快だった。
それでも気は抜けない。目の前に居るのは悪霊である。
普通の悪霊よりも濃い霊力を纏う、特別な悪霊である。
霊界に侵入する術を持つ、危険な悪霊である。
「……お前達は何なんだ? 霊界は【神様】の結界があって悪霊は入れないはずだ」
「悪霊は入れないだって、アインス」
「悪霊は入れないんだよね、ツヴァイ」
「でも僕達は悪霊じゃないのかも」
「普通の幽霊かもよ?」
小馬鹿にするような双子、アインスとツヴァイと呼ばれている二人を見て、奥歯を鳴らすカナデ。
カナデを舐めるように見たアインスが鼻で笑う。
「まぁ悪霊なんだけどね」
「悪霊なんだよ」
「僕達は【バラクラバ】」
「そう、僕達は【バラクラバ】」
「……【バラクラバ】?」
バラクラバ、日本語で目出し帽の意味を持つ。
その目出し帽の名を冠する二人は、依然として理解できていないカナデを嘲る。
「僕達は普通の悪霊じゃないんだ」
「特別な悪霊なんだよ」
「特別な悪霊?」
「そう、【あの方】の息がかかってる」
「そう、【あの方】に選ばれてる」
「【あの方】……霊の歌か!」
「そうとも言うね」
「そう呼ばれているね」
クスクスと嘲笑を繰り返すバラクラバの二人。
霊の歌という単語に、眉間にシワの寄るカナデだったが、追求する前に突然アインスの剣が襲う。
「お喋りはここまで」
「もう教えてあげない」
「もう話してあげない」
「殺してあげる」
首を狙った一閃を間一髪躱す。咄嗟に梓をポルターガイストで持ち上げるも、避けられることが想定内だったアインスは、ツヴァイの手を掴んでカナデに投げる。
同時に振り下ろされた大剣がカナデを襲い、跳び退いたことで避けることには成功する。
「速い」
「速いね」
「でも一人だ」
「一人じゃ二人には敵わない」
叩きつけられたツヴァイの大剣が地面を割る。二人の体躯から繰り出されたとは思えない威力に、カナデは冷や汗をかく。
束の間、追撃を放つのはアインス。二人の繋がれた手が、不規則で恒常的な攻撃を繰り返す。
一人が失敗すればその勢いを使ってもう一人が攻撃する。まるで太刀打ちする隙もなく、カナデは梓にポルターガイストを使いながら退いていく他はない。
「ほら、その子捨てちゃいなよ」
「捨てても捨てなくても、このままじゃあなた死ぬよ」
「うる……さい!」
梓を背後に突き飛ばし、チカラの指向を双子に向ける。
突然放たれたポルターガイストに突き飛ばされた二人は、ぶつかりながら地面を転がった。
「押された」
「押された」
「奇妙なワザだね」
「不可視の技だね」
「ポルターガイストだ」
「ポルターガイストだ!」
ケラケラ笑いながら立ち上がる二人。瞬時にポルターガイストを見抜かれたことで、カナデの血の気が引いていく。
ポルターガイストは不可視の力。直接的な殺傷力はないものの、見えないと言うだけで戦いにおいては利点であり、使える幽霊も限られていることで、周知がされていない。
しかしその力を、一度受けただけで暴く双子は、やはり特別な悪霊であると、カナデは痛感する。
「タネが分かればもう終わり」
「手品と一緒」
大剣を軽々と振るい、迫る双子。
ポルターガイストは限定的な技である。一度に両手の数以上の指向性は作れない。
つまり、双子を飛ばすか大剣を飛ばすか、どちらかにしなければならない。
迷わず双子に繰り出すカナデだったが、それが悪手。先程暴いた双子は、口角を上げた。
「残念、そう来ると思ったんだ」
「押されること込みで動いてるから!」
ポルターガイストで双子を押すも、二人の足取りは変わらない。更に出力を上げようと切羽詰まるカナデだが、焦っていては出力が上がらないのは明白だった。
目と鼻の先まで迫る大剣を跳び退いて避け、体制を整える。しかし双子の攻撃は留まるところを知らない。
万事休す、そう考えた刹那、カナデの横をひとつの影か抜けた。
「梓……ちゃん?」
「ごめんねカナデちゃん! 寝てた!」
カナデを抜かし、両手の霊鞭を硬化させて大剣を防いだのは梓。
突然現れたもう一人に驚く双子だったが、直ぐに我に返ると大剣を持ち上げる。
「今更起きた」
「今更起きたんだ」
「でも霊鞭じゃ大剣には勝てないね」
「でも霊鞭じゃ近接はできないよね」
「うるさい!」
煽るように笑う双子に対し、一喝する梓。
双子の肩が小刻みに震え、少しだけ驚いた表情を見せた。
「カナデちゃん、あたしが合図したらあたしを飛ばして」
「へ……? 何言ってるの?」
「いいから、ポルターガイストであたしを双子に飛ばして」
硬化させた霊鞭をかぎ爪のように変化させ、バチバチと音を立てて双子に圧をかける。
そんな中、突然の提案に驚いたカナデだったが、背後からでも分かる梓の自信に、静かに頷いた。
「何か言ってる」
「何か言ってる」
「作戦会議?」
「だったら意味ないよね」
ポルターガイストを構えるカナデに対し、双子はケラケラと笑い続ける。梓はその様子に言及することもなく、静かに霊鞭を構えた。
「ムカつく」
「なにか言えよ」
梓の態度が気に食わない双子は眉間にシワを寄せ、あからさまに怒りを出すが、それでも梓は静かに息を吐いて双子を見据えていた。
数秒の膠着、後に動き出したのは双子。
片方の手を握り、投げるように梓に飛ばす。引っ張られたもう一人が空中を側転しながら大剣を振るい、梓へと迫る。
硬化した霊鞭で弾くものの、再度始まる双子の連携攻撃に、背後で見ているカナデは戸惑った。
「ねぇ! いつやればいいの!?」
「いいから! 合図を待って!」
上から下から横から、続けざまに迫り来る大剣を霊鞭で弾き、翻して避け、何とか凌いでいく。
次第に捌ききれなかった攻撃が梓を傷つけていき、カナデの焦燥は加速する。
「まだ……まだ……まだ……」
「なにかブツブツ言ってる」
「頭がおかしいね」
「傷も増えてきてる」
「ジリ貧だ」
梓の醜態を笑う双子に反し、梓は嫌に冷静だった。
冷静にその時を、待っていた。
そして、その時は訪れる。
「カナデちゃん!」
「はっ、はい!」
突然叫ぶ梓。反射的に全力のポルターガイストで梓を押すカナデ。瞬間、梓の身体が双子に向かって強く押される。
対する双子は丁度お互いが横並びに重なった瞬間だった。
「こいつ!」
「狙ったのか!」
咄嗟に防御の姿勢を取る双子だが、その瞬間には双子の間に梓が入り込んでいた。
双子の防御よりも先に届く霊鞭。かぎ爪状になっていた霊鞭は、器用に爪で双子の顔を切り裂いた。
顔を抑え、膝を付く双子。梓は勢いのまま双子の間を通り抜け、地面を転がった。
「ぐああああっ!」
「痛い! 痛いィ!」
「……アンタら、連携してるようで全然連携してないよね。お互いを引っ張ってるのがその証拠」
立ち上がり、悲鳴を上げる双子にとどめを刺すべく近寄る梓。梓の言葉は既に双子には届いていない。
「本当の連携ってのは、相手のことを考えてやるんだよ。お互いを引っ張って使うのは連携じゃない」
「お前だって使ったじゃないか!」
「ポルターガイストで押してもらっただろ!」
「それもそうか、でもまぁ、あたしが勝ったから」
じゃあね、と一言呟くと同時に撥ねられる双子の頸。
同時に、双子の体が霧散していく。
「……ちょっと流石に疲れたかな」
「凄いね、梓ちゃん」
その場で座り込む梓に駆け寄るカナデ。お互いの身体にはおびただしいほどの傷があった。
「一旦休もうか」
「そんな悠長な時間、あるかなぁ?」
しゃがんで目線を合わせるカナデに対し、カラカラと笑う梓。
まだ霊界には銃撃や爆撃音が響いている。
一人だけ休んで居られないと立ち上がる梓を嗤うように、狐の叫び声が霊界に響き渡った。
「この声……月音ッ!」
「梓ちゃん!? 不用意に屋根に上がったら撃たれるよ!」
カナデの制止を振り切り、霊鞭を使って屋根に跳ぶ梓。
梓の方向にあるのは悪霊退散会。そして視線の先に居たのは――
「消えてる……」
金色の霊力を飛ばしながら、その実態を失くしていく巨大な狐の姿だった。




