第41話 青色の光
「さて、我も惜しみなく力を使おう」
「……こっからが本番ってワケか?」
竜と相対する落武者の黒い霊力が更に出力を増す。落武者を中心に渦巻く霊力は最早風すら起こし、竜の頭に巻かれたタオルを揺らす。
「琴葉ァ!」
「は、はい!」
「ここからは、何があっても、霊力を切らすな!」
呼ばれて肩を揺らす琴葉。竜の言葉を聞き、式神と相対しながら自身の足から譲渡を続ける霊力に意識を向ける。
霊力を地に這わせる。口で言うのは簡単でもその実かなりの集中力と練度を必要とする行為である。
しかし琴葉はそんな竜の無茶振りに対し、大きく返事を返した。
「刮目しろ、これから我の攻撃は全て前より速くなる」
「奇遇だな、オレも速くなるぜ」
落武者が右足で地面を叩く。上下に揺れる廃墟と割れる地面。一寸置いてやってくる衝撃を肌に感じ、竜は静かにその場でステップを繰り返した。
そして、竜の眼が蒼く光ると同時に、脚から伝う桜色の霊力は蒼く藍く、染まっていく。
槍を回し、鋒を竜に向ける落武者。竜は拳をゆっくりと構えては、落武者に向ける。
「行くぞ!」
「来いッ!」
落武者の咆哮とともに、呼応した竜共々その場から姿を消す。残像すら見えない速度で肉薄した両者は、拳と槍を交える。
横薙ぎで一閃する落武者に対し、跳び上がり避ける竜。そのまま拳を繰り出すも、槍の柄で防がれてしまう。弾き飛ばされた竜は即座に着地し、同時に地を蹴った。
とてつもない速度で接近する竜に向け、正確に槍を突き出す。黒い霊力が纏われた槍はその刃を大きく広げ、竜ごと廃墟を抉ってみせる。
「全く、器用だな!」
「貴様も、いい速さではないか!」
寸前で槍を避け、翻すと同時に放つ蹴り。しかし篭手で防がれると、鍔から生える触手が地面に入り、竜の足元から串刺しにすべく伸びてくる。
バク転を使って伸びる四本の触手を避け、弧を描くように落武者へと走り迫る。
槍で迫り来る竜を迎え撃つ体勢となった落武者。だが、竜は槍の間合いの外で止まり、その場で正拳突きをした。
刹那、何故か殴られる落武者。漆黒の甲冑にヒビが入る。
「まさか……空を打ち、拳圧を飛ばしたのか!」
「連発はできないけどな!」
甲冑のヒビに気を取られている内に接近する竜。
にじり寄る触手を蹴り飛ばし、高速の突きを避け、懐へと入った。
構えられた拳を見て、身構えた落武者は甲冑に霊力を集中させる。
それを見て、竜の口角が上がる。
「……かかった」
呟きに対し、落武者が声を漏らすよりも速く、竜の攻撃は強化された甲冑に吸い込まれるように繰り出される。
激突の瞬間、鳴り響いたのは鈍い音ではなく、破裂音。
更に、落武者の背中から抜けた衝撃が、背後の壁全体にヒビを入らせる。
竜の攻撃は、拳ではなく掌底だった。
「ごっ……おおっ……こ、これは……何故だ、内部から、内部から攻撃を受けている、だと?」
「そうか、武士であるお前は知らないんだな。これは武術のひとつ『発勁』。拳による激突ではなく、掌による衝撃波だ」
「し、衝撃波……そうか、あえて貴様は我に甲冑を強化させたのか」
腹部を抑え、跪く落武者。口内からは漆黒の血液が流れ続け、膝の前に水溜まりを作る。
いくら掌底と言っても、激突したのは強化されて硬化した甲冑。竜も同じように腕にダメージを負うが、明らかに落武者の方が重症だった。
「その硬い甲冑の破り方は分かった……じゃあ、これで終わりにしよう」
「ぬう……それでも我は負けぬ!」
拳を構え直す竜に対し、槍を杖のように使って震える脚で立ち上がる落武者。
互いに互いを睨みつけ、一触即発の中、落武者が槍を振り上げる。
槍に黒い霊力が収束し、小さな渦を作る。同時に、落武者の甲冑が音を立てて落ちた。
「こいつ、甲冑を脱いだのか!」
「喰らえ!」
振り下ろされる槍は黒色の渦を孕み、真っ直ぐ竜に迫り来る。辺り一面を壊していくような勢いで渦は廃墟を巻き込み、竜に肉薄した。
甲冑を脱いだことでより一層速度を増した落武者の攻撃は、最早先程までとは比べ物にならない。
しかし、竜はいつの間にか落武者の懐に潜り込んでいた。
「……いつの間に?」
「お前が全身全霊を掛けるなら、それはオレも同じことだ」
竜の身体が蒼く光る。
「『極彩色』!」
発動したのは極彩色。竜の残像が青い光の筋となり伸びる中、拳が落武者を襲う。
先程より軽くなった落武者もその連打に対応していくも、竜の方が早く、重い。
一発一発が落武者の心臓を狙い、繰り出されていく。
渦を巻く槍でカウンターを放つ落武者だったが、それすらも容易に避けていく竜。その身には蒼いスパークが纏われていた。
「なんだ……なんだその技は!」
「……これは一時的な強化に過ぎない、短期決戦だよ!」
竜の拳が落武者の顔面に入り、殴り飛ばされる。
槍を地面に刺し、突き飛ばされるのを止めるものの、即座に接近した竜が槍の柄を蹴りで折る。
勢いを止めきれなかった落武者はその場に尻もちをつき、竜に蹴り飛ばされる。
「ぬおおおおおッ!」
「当たらねぇよ!」
折れた柄を直すこともなく、迫り来る竜に対してデタラメに振るっていく。ただ竜を刈る、その為だけに振るわれる槍をバックステップを踏みながら避けていく。
「我は、我は負けん!」
掌底を構える竜に肉薄した落武者は、激突するように竜を突き飛ばし、鋒に纏った黒い霊力を斬撃として飛ばす。
突き飛ばされたことを意に返すこともなく着地した竜は、迫る斬撃を拳で簡単に弾き飛ばした。
跳ね返った斬撃が廃墟の至る所に刺さる中、追撃で跳び出してきた落武者が、竜ごと槍で地面を叩く。
寸前で横に避けた竜は、そのまま拳圧を飛ばして落武者を殴った。
地面に情けなく転がる落武者。既に幾度か攻撃を喰らい、最初の冷静さはそこにはない。
「貴様ァ!」
「さっきまでの冷静さはどこに行ったんだよ」
即座に起き上がる落武者。そんな落武者の視界に映ったのは、哀れむような目で拳を構える竜の姿。
鍔から触手を出し、鋒には黒い霊力を纏い、今度こそ竜を潰さんと用意する落武者。
しかし、そんな姿に取り乱すこともなく、竜は静かに拳に力を入れる。
「『正拳――一閃』」
それはまるで綺麗な正拳突きだった。
落武者が動き出すよりも早く突き出された拳は、迫る触手も纏われた黒い霊力も全て吹き飛ばし、蒼い衝撃波が収束する形で迫る。
咄嗟に防御の姿勢を取ったのも束の間、衝撃波に巻き込まれた落武者は、身体に大きな穴が空いていた。
「な……なっ、こ、これは……」
「『極彩色』を使ったオレの技だ、まさかここまでの威力が出るとは思ってなかったが、この戦いで成長できたのかな」
「わ、われは……」
「お前は最後まで気高い武士だったよ……だから、もう眠ってくれ」
竜が踵を返すと同時に、霧散する落武者。
未だスパークを纏う身体を押し、琴葉の下へと走る。
数秒で式神と対峙している琴葉の下にまで到着すると、挨拶がわりと言わんばかりに式神を一体潰してみせた。
「竜さん!」
「こっちは終わった、ここも終わらせる」
残った式神を全て殴り飛ばし、その場を収束させる。
極彩色を解き、膝を着いた竜に琴葉が霊力譲渡の出力を上げた。
「すぐに傷を治しますから!」
「……ああ、そうしてくれ、治ったらすぐに劉兎のところに行くぞ」
「どこにいるのか分かるんですか?」
「……わからん。でも、さっきからオレ達のものじゃない爆発音と衝撃が聞こえてくる。劉兎も戦っている」
そんな音がしていたかと耳を澄ます琴葉。しかし聞こえてくるのは静寂ばかり。
それでも真っ直ぐな目で空を見る竜に反論する気にはなれなかった。




