第38話 混迷、極まる
「竜さん!? 琴葉!」
廃墟のある一室。コンクリートが剥き出しになっている床の上で、劉兎は跪いて二人の名前を呼ぶ。
数刻前、三人で落武者祓除の任務に馳せ参じていたが、突如劉兎だけ二人と袂を分かつ形で他の部屋へと強制転移させられた。
「盛者必衰とはよく言ったが……果たして、貴様はそうか?」
「……考える暇は、くれないみたいだな」
辺りを見渡す劉兎の目線にわざと入るようにゆっくり歩く影。月明かりだけが射し込む室内で、徐に顕れたその姿は、正しく武士そのものである。
黒く光る甲冑を身にまとい、兜を被り刀を携えていた。
「時に貴様、悪霊退散会だな? なぜ一人なんだ?」
「は? お前らが分断させたんじゃないのか」
「いいや、知らないな」
立ち上がり睨みつける劉兎。その手はしっかりと霊器を握り、いつでも創造できるように霊力を注ぐ。
落武者もその機微に気づいたのか、鞘からゆっくりと刀を抜いた。
「なんでもいいさ、このままお前を祓除する」
「なんでもいい、か。確かにそうだな」
一瞬の膠着ののち、劉兎が刀を創造したのを契機に、落武者は地を蹴る。
甲冑を着ているとは思えない速度で肉薄され、目に戸惑いの色がチラつく劉兎だったが、すぐに刀を構えると正面から受けるように刀を振るう。
激突した二人の刀。甲高い金属音と共に鍔迫り合いが始まった。
「ほお、よく受け止めたな」
「こっちだって伊達に鍛えちゃいないんでね……それに、こんなのはどうだ?」
わずかに劉兎より強い力で押す落武者だったが、それこそが劉兎の術中。
一歩下がり、確実に地面を踏み締めた劉兎は、感嘆する落武者をよそに力の向きを変える。
刹那、落武者の刀は地面へと流され、大きな隙ができた。
「往なしか! この時代にその技術を持つものが居るとは!」
「いちいち感動しやがって……余裕か! すぐにその余裕ヅラを剥がしてやるよ!」
刀を往なされ、体勢が大きく崩れる落武者。自身の刀を滑っていく軌跡を目で追うこともなく、劉兎の視線の先にあるのは落武者の首。
往なした体勢から横薙ぎで首を狙うも、即座に屈んでそれを避ける落武者。
劉兎の刀が空を斬っていたことを確認すると、立ち上がりざまに斬り上げる落武者。
寸での所で身を捩らせて回避するも、劉兎の頬を切先が掠る。
「しかし、剣技はお粗末そのものだな」
冷静に分析する落武者に対し、劉兎は眉間にシワを寄せ奥歯を鳴らす。
一旦退いて体勢を立て直そうとする劉兎だったが、跳び退いた途端に距離を詰める落武者。
着地と同時に刀が目の前に迫る状況に更に後方へステップする。
「避けていては試合にならんぞ」
「こいつ……強いな!」
しかし劉兎の動きを予見している落武者は、何度空を斬ろうとも刀を振るのを辞めない。
幾度も迫る刀を、避け、往なし、受け止めていくが、圧倒的な手数に少しずつ劉兎の身体には擦り傷が刻まれていく。
「コイツ……隙が無いッ!」
「伊達に鍛えていない、だったか? それなら言わせて貰うが、此方はどれだけ刀を振るい続けていると思っている?」
また一歩、更に一歩と歩みを続ける落武者に対し、下がり続ける劉兎。
振り下ろされる刀を受け止め、追撃の横薙ぎをバク転で避ける。着地と同時に迫る落武者に対して劉兎が繰り出したのは横薙ぎ。しかし冷静に刀で受け止められると、カウンターで繰り出される袈裟斬り。それを何とか往なし、苦し紛れに袈裟斬りを返す。
だが、劉兎の刀は半ばで停止した。
「刀を足で……⁉︎」
「こんなものは朝飯前だ」
劉兎の刀の鍔に乗る落武者の足。崩れた体勢であったはずなのにびくともしない刀に驚きを隠せない劉兎。
けれども、驚いているような暇もなく、落武者の刀は寸前まで迫る。
「終わりだ」
「くっ……! うおおおおおッ!」
雄叫びを上げ、崩れるように地面に寝る劉兎。受け身も取らず背中から地面に激突し、肺から空気が抜けるのすら気にする余裕もなく、空を斬ったものの、冷静に自身を目線で追う落武者から距離を取るために地面を転がる。
もちろん逃すつもりなど無い落武者が追うも、転がる劉兎から投げられた三本のナイフに歩みを止め、それを正確に叩き落とした。
「こういう小技も、あるのだな」
「だけじゃねえよ」
落武者が静止したその一瞬で立ち上がった劉兎は、再度刀を構え直す。
気にせず劉兎に向き直る落武者だったが、劉兎の表情とナイフから微かに聞こえる音を耳にし、視線を地面に向けた。
直後、叩き落とされたナイフが爆発を起こした。
「言うの忘れてたよ、そのナイフ爆発するから」
三つの小爆発が落武者を襲う。すかさず防御の姿勢を取る落武者だったが時すでに遅し。
爆炎と衝撃に巻き込まれる落武者を見て、静かに劉兎は呼吸を整える。
全身を巡る霊力が傷を癒していく中、ゆっくりと様子を伺うために爆炎の周りを歩く。
「面白い、黒い霊力との併用か」
「ッ! そんなことまで分かるのか!」
「ああ、我々が使っている力に近い気配を感じるからな……それに、そんなに隙だらけでいいのか?」
爆炎から聞こえた声に足を止める劉兎。未だ煙が視界を覆う中、淡々と呟く落武者の言葉に劉兎は咄嗟に刀で防御の姿勢をとった。
「もう遅い」
「くっ――『閃』ッ!」
劉兎が防御の技である『閃』を構えるや否や、刀に激突する黒い何か。
その正体は落武者であり、瞬く間に劉兎に向かって突っ込むと、いつの間にか劉兎の背後に立っていた。
刹那、劉兎の左肩から右脇腹にかけて一筋の斬撃痕が入り、同時に出血する。『閃』を構えていた刀も同様に、半ばで折れてしまう。
折れた刀が地面に落ち、甲高い音を立てる。劉兎の膝も、地面に落ちていた。
「もう少し経験を積んでいれば、いい戦いができたのだろうな」
「いつの間に、俺の、背後に……」
「それが見えないのが、お前の限界だ」
膝立ちで震えながら首だけ回し落武者を睨みつける劉兎。
冷酷な眼で劉兎に視線を返す落武者は、刀を振るって付着した血液を飛ばすと、劉兎に迫る。
「辞世の句は聞いてやろう」
ゆっくりと迫る落武者に対し、斬られた傷から絶え間なく血液が流れる劉兎は息を荒げる。以前として全身は震え、立てるような状況では無い中、膝を擦り、無理やり方向転換をすると、落武者に向かって刀を構える。
「辞世の句だって……? もう勝った気でいるのかよ」
「ああ、我は勝利した。貴様はもう立てぬだろう」
流れる血液が劉兎の下に水溜まりを作る。肩で息をする劉兎に、落武者は息一つ崩さず刀を振り上げた。
「何か、言うことはないのか」
「……俺は、まだ、負けてねえ」
「……そうか、さらばだ」
劉兎の強い眼光が落武者を刺す。しかし表情ひとつ変えない落武者は、軽く嘆息すると刀を振り下ろした。
その瞬間、立ち上がる劉兎。刀の柄を手で掴み、落武者の頭上に押し戻すと、折れた刀で腹部に突く。
「まだ動くか! いいぞ!」
「だから言っただろ! まだ負けてねえよ!」
「いい気概だが、甘い!」
しかし突きより先に到達したのは落武者の蹴り。鍔ごと刀身を足裏で蹴り飛ばされ、ついに劉兎の手から刀が離れる。
更に、拘束から抜け出した落武者の刀が首へと迫っていた。
「敵前で武器を離すとは、笑止千万!」
「ぬおおおおおおッ!」
絶体絶命。その言葉が似合う状況に、劉兎は再び雄叫びを上げた。
そして刀と首の間に差し込まれたのは、あろうことか劉兎の左腕だった。
琥珀色のオーラを纏うその左腕は、刀に斬り落とされることなく骨で止める。
「なんと、腕で止めるか!」
「いってえな!」
驚嘆する落武者。同時に、そんな落武者の顔面を劉兎の拳が襲った。




