第37話 開宴
「いやだ……いやだなぁ」
暗闇の中で、一人で涙を流す月音。
眼下に広がるのは、半壊した悪霊退散会と、刀を床に刺して吹き飛ばされないように努める萌葱の姿。
「妾も、そっちに居たかった」
目を瞑り、思い出すのは梓や琴葉の笑顔。それでも、もう戻れない現実が、月音を突き動かす。
月音のココロに応えるように、巨大な狐は咆哮した。
「月音ええええええッ!」
突然の巨大化、その爆発の渦中に居た萌葱は、刀を床に刺すことで何とか耐えていた。
衝撃波と爆風、そして光が視界を襲う中、無理やり片目だけ開いて状況を確認する。
医務室で巨大化した月音は、他の会員の部屋をもろとも壊し、吹き抜けにしてしまっていた。
そして今も月音から繰り出される黒い霊力の波動が、見る見るうちに悪霊退散会を壊して行った。
「何……? 今の衝撃は」
「まさか……月音が」
爆発の直後、唯一無事だったカフェスペースにて談笑していた華鈴と幸太郎も異変に気づく。
揺れる地面に呼応するように窓ガラスはカタカタと音を立て、更に、黄金色と黒色が入り交じる霊力の竜巻が異常を伝えた。
「華鈴はここで待機、私が行こう――」
「こんばんはぁ……」
冷静に状況を分析し、華鈴に待機を促す幸太郎。
しかし、突然カフェスペースの扉を開けた者により、入口付近が爆発を起こした。
「おっ! 会長の加納 幸太郎と【神の器】だ!」
「さっさと殺しちゃおうよ」
「まあまあ、そう急ぐな、時間は沢山ある」
「【バラクラバ】……!」
爆炎の舞う中、現れたのは四人の悪霊。
黒い霊力を全身に纏い、まるで目出し帽のように顔面を包む謎の四人は、幸太郎達に敵意をむき出しにしていた。
刹那、カフェスペース内にサイレンが鳴り響く。
「なんだァ? 警戒音か?」
「この音……劉兎君達任務組の救難信号……!」
「……華鈴」
サイレンが鳴り響く中、しっかりと四人の悪霊を睨んでいる幸太郎が指示を出す。
「華鈴は月音の方へ、萌葱を救出したら萌葱に生界の救助へ向かわせてくれ」
「幸ちゃんは!?」
「私は――コイツらを祓う」
琥珀色の霊力を出力し、四人の悪霊に向かって構える幸太郎。スパークを起こしてカフェスペースの備品に誘爆させる姿を見て、華鈴は何も言わず医務室の方へと走った。
「ハハハ! 俺達【バラクラバ】相手に一人たァ! 舐めんなよ!」
「舐めてないさ」
バラクラバと名乗った四人組、その一人が幸太郎に襲いかかる。
しかし微動だにしない幸太郎は、迫るバラクラバの顔面を掴むと、地面に叩きつけた。
血を吐き出すバラクラバ、同時に杭を打つように打ち込まれた琥珀色の霊力が、バラクラバの一人を霧散させた。
「つ、強い……!」
「流石は会長と言ったところか!」
バラクラバの一人が霧散していく姿を見て、おののく残りの三人。
霧散した霊力が宙に浮いていく中、静かに幸太郎が睨みつける。
「次」
一方、月音による爆発を遠くから見ていた梓は崩れ落ちる。
「なんで……月音、なんで……」
「梓!」
悪霊退散会の方角に大きく浮き上がる狐の姿を見て、即座に月音だと察した梓は、ありえないものを見る目で見つめていた。
続いて霊界を襲う各所の爆発に、別の場所で買い物をしていた祥蔵が走ってくる。
「立て、梓。大丈夫か!」
「……大丈夫、です。でも、あの狐は……あの狐は……!」
「あの狐が、どうした?」
「あれは月音なんです! なんで、どうして……!」
「祥蔵!」
驚きと絶望で心の中が満たされている梓に対し、状況がイマイチ飲み込めていない祥蔵は、梓に肩を貸して立ち上がらせる。
しかし、目の前で悪霊退散会を壊す狐が月音と知ると、驚愕から目を見開いた。
そんな中、祥蔵を呼んだのは軍神部の香月 昴流だった。
「……昴流」
「どうなってるのかは分からんが、霊界に悪霊が発生した! 軍神部だけじゃ対処が追いつかない! 手を貸してくれ!」
「……なんだと?」
昴流の発言に目を丸くする祥蔵だったが、そこかしこで聞こえてくる悲鳴や爆発音に現実を認めざるを得ない。
既に軍神部は退所へと向かっていたが、それでも現れた悪霊に対し数が足りていない状況だった。
しかし、そんな三人を嘲笑うかのように、黒い霊力の流れ弾が頭上の住宅を壊し、瓦礫が迫り来る。
「危ない!」
「梓ッ!」
「キャッ!」
咄嗟に梓を突き飛ばす祥蔵、二人に危険を知らせる昴流。
突き飛ばされた梓は地面を転がり、即座に起き上がる。
落下した瓦礫は今にも二人を潰そうとしていた。
「……え?」
しかし、瓦礫は何故か空中で停止する。
そしてわざとらしく二人を避けて地面に落ちると、粉々に割れて見せた。
「大丈夫? 昴流」
「……助かったよ、カナデ」
昴流に駆け寄る少女が一人。黒色の長髪を携え、少しタレ目でおっとりした印象を持たせるカナデと呼ばれた少女は、昴流に手を貸して立ち上がらさせた。
「……新人か?」
「ああ、カナデと言う。しかし生前の記憶が無いらしくてな、名前しか覚えていないんだ。だからうちで保護してるんだが、その力は一級品さ」
「……ポルターガイストか」
淡々と呟く祥蔵の言葉を頷いて肯定する昴流。
対するカナデは口を噤んでおり何も言わない。しかし紛れもなく二人を瓦礫から救ったのは彼女だった。
気づけば、梓はカナデの手を握っていた。
「凄いね! 超能力使えるの?」
「……超能力? よく分からない、私が使えるのはポルターガイストだよ」
「ポルターガイストって何?」
「幽霊特有の超能力みたいなものだ。昴流、どうしたらいい」
ブンブンと両手を握って上下に振るう梓に、カナデは少し困惑している。
その様子を横目で見ながら、祥蔵は昴流へ指示を仰いだ。
「祥蔵はオレと一緒に軍神部の指揮を、新設部隊を任せたい。梓ちゃんは、カナデと二人で悪霊退散会の方へ向かってくれないか? 何が起きてるのか把握する必要がある」
「わかりました!」
「……わかった、よろしく、梓ちゃん」
「うん、カナデちゃん、よろしくね!」
踵を帰し、走り出す祥蔵と昴流。
二人の背中を見送り、梓とカナデも悪霊退散会に向かうために身構えた。
「悪いけど、急ぎだから先に行くよ!」
「あっ……」
霊鞭を手の甲から出し、住宅の壁に刺す梓。間髪入れずにそれを巻き取り、住宅の屋根へと昇った。
その姿を視線で追っていたカナデだったが、すぐに霊力を放出すると、渦をまくように身体にまとわりつかせる。
同時に、カナデの身体が浮き、まるで重力が無いかのように梓の横に着地する。
「えっ!? あなた、浮けるの!?」
「……ちょっとだけ、ポルターガイストの効果は自分にも付与できるの」
「よく分かんないけど、すごーい!」
「あはは……」
褒められることを知らないカナデは、なんとなくの仕草で照れてみせた。
こうしてはいられないと気合いを入れ直した梓。呼応するようにカナデも気合いを入れ直し、他の屋根に渡り移ろうと跳んだ梓を追う。
しかしその視界の端に、黒い何かを見た。瞬間、撃鉄音がする。
「危ない! 梓ちゃん!」
「えっ!? きゃあ!」
ポルターガイストで跳び出し、梓を空中で突き飛ばす。
体勢を崩した梓が見たのは、凶弾に肩を貫かれたカナデの姿だった。




