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霊ノ謳  作者: しろくろあめ
第3章 霊臨と水面揺

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第36話

 更に数日が経ち、月音(つきね)も体力を取り戻していた。

 しかし、未だにベッドから立ち上がれない状況に、琴葉(ことは)の表情が険しいものになっている。


「私が治し損ねちゃったのかな……?」

「いいや、()()()霊力(れいりょく)が上手く機能してないだけなんだ、気にしないでくれ」


 数日で口調も変化し、霊界(れいかい)にも慣れつつある月音。一人称も変わり始めていることに心が弾む思いな琴葉だったが、医務室に入ってくる幸太郎(こうたろう)劉兎(りゅうと)を見て気を引きしめた。


「今日は任務だ、琴葉。劉兎君と(りゅう)と三人での合同で行くから、少しいいかな? キミだけまだ説明ができていない」

「わ、わかりました!」


 優しい幸太郎の口調に引かれるように立ち上がり、パタパタとスリッパを鳴らしながら医務室を出ていく琴葉。

 対する劉兎は壁にもたれて静かに月音を見ていた。

 

 暫く見つめ合う二人、やがて月音がため息を着くことで沈黙は終わりを告げる。


「少しは話す気にさせてくれんかの」

「……そんなつもりはなかった、すまない」

「そんなつもりはないって……それだけ睨んでおいてか?」


 月音に言われ、掌で顔を覆う劉兎。

 頭の中で分かっていても、心は正直なままだった。

 

 悪霊は悪霊。人を殺した事実も、悪霊として劉兎達と戦った事実も変わらない。

 過去は変わらない、罪は拭えない。


「長生きはするもんじゃな、数日前まで殺し合ってたお主らと、同じ屋根の下、同じ釜の飯を食っとる」

「嫌か?」


 物思いにふけるように、天井を見つめる月音。

 息を吐くように呟かれた言葉は、劉兎の疑念を静かに収めた。


「いいな、と思っておるよ」

「そうか……なら良かった」


 次第に劉兎の目付きも変わっていく。


 眉間に皺を寄せていた表情から、小さく安堵して眉を下げる形に変遷する。一連の流れを見ていた月音は、ふぅ、と一息吐くと、呟く。


「お主は強いんじゃな」

「……急に何だ?」

「妥協ができる」


 妥協という言葉が胸につっかえる劉兎。喉から出そうになる別の言葉を無理やり飲み込み、静かに頷いた。


「だからお主は()()()()に居るんじゃな」

「劉兎君」


 つらつらと述べられる月音の言葉を、遮るように開かれる扉。その主は幸太郎(こうたろう)だった。

 驚く劉兎を他所に部屋に入ると、琴葉が居ないことに気づいた劉兎は、任務に行けと言われていると察知し、月音を一瞥して部屋を出ていく。


「……なんじゃ、突然」

「いいや、劉兎君達には行って欲しい任務があるからね」


 警戒を隠さない月音に対し、普段と変わらない所作で真っ直ぐ見つめる幸太郎。

 

 しかし両者の間には確実に大きな壁があり、月音も幸太郎も、それは重々承知していた。


「お主は、よくあんな()を飼ってられるな」

「獣……か」

「だから妾にも上手く適応できた、違うか?」

()()()とは言わないんだね」

「話を逸らすな」


 月音の眼が鋭く射る。

 

 気にもとめない幸太郎は、向けられる目線にしっかりと答えるように見つめ返す。

 

 一瞬の硬直、その後、バツが悪くなった月音は目を逸らした。


「獣か、そう言われれば、そうなのかもしれないな、キミたちから見れば」

「……まさか、言ってないのか!?」

「ああ、言ってない、言う必要が無いからね」


 驚く月音に対し、淡々と答える幸太郎。

 二人の間には明確な差があった。


「お主は何を考えているのかイマイチ掴めん、だから妾も警戒が解けないんじゃよ」

「私は組織の長だからね、そう簡単に腹は見せられないさ。その点、(あずさ)と琴葉はいい子達だろう?」

「だから話を逸らすな……自分が()()()()()()を教えずに生活させることになんの意味がある? そんな大義、お主らにはないだろう」

 

「ああ、無い」


 妾はそれを知りたい、と続く言葉に、幸太郎は口を噤む。

 

 ゆっくりと幸太郎の眉間にシワが寄る。


「大義なんて、ないさ」

「ようやく人間らしい表情をしたじゃないか」


 目を細める幸太郎に対し、まるでイタズラを成功させた子供のように口角を上げる月音。

 異様な空気が漂う中、解くように梓が扉を開いた。


「二人とも、何殺気立ってるの……?」

「おお〜、梓か」


 目を擦りながら「目が覚めちゃったよ」と告げて部屋に入る梓。

 殺気立っていると聞き、幸太郎は咄嗟に自身の口を手で覆い隠す。

 

 対する月音は人が変わったように梓を迎え、嬉しそうに笑って見せた。


「今日は()()()への客が多くてな、疲れてしまった」

「ダメだよ、みんな仲良くしてくれないと」


 軽く頭を小突かれ、わざとらしく舌を出す月音。その姿には、先程の殺気など微塵もない。


「……キミは、変われるかい?」

()()()()の間違いじゃないか?」

「いいや、飼わないさ、キミは獣ではないから」

「妾は悪霊じゃよ」


 隣で苦言を呈す梓を気にせず、好戦的な目つきで幸太郎を見る月音。対する幸太郎は少しだけ俯いていた。

 

 数秒空気が止まり、静かに幸太郎が踵を返す。

 そんな幸太郎を、月音は呼び止めた。

 顔だけ振り返った幸太郎が見たのは、狐の眼だった。


「人形遊びも程々にな、悪霊退散会あくりょうたいさんかいの会長さん」

「……どういう、意味かな」

 

「人をコマとして扱うのも程々になと言ったんじゃ、都合のいいことだけの世界なんていつか崩れる。妾らはその砂上の楼閣で堪えて立ってるだけにすぎん」

「……肝に銘じておくよ」


 横で膨れる梓の頬を小突き、ケラケラと笑う月音。

 幸太郎は何も言わず部屋を出ていった。


「ねぇ〜! もう喧嘩はやめてよね!」

「でも吹っ掛けたのはアイツだよ」

「そういうことじゃないよ! ここは組織なの、組織の長は尊敬しなきゃなんだよ!」

「ワタシら悪霊は群れないから分かりませーん」


 もー! と軽く怒る梓を見て微笑む月音。

 その表情には先程までの荒さはなかった。


「はぁ……まぁいいや、はい」

「ん? 水か、くれるのか?」

「うん、水分補給」

「ありがとう」


 頭をかきながらどうしようも無いとため息を着く梓。手に持ってきていた水の入ったペットボトルを渡すと、月音の寝るベッドに座った。


「今日は買い出しに行くんだよね」

「あの祥蔵(しょうぞう)とかいう寡黙な男とか?」


 嬉しそうに頷く梓を見て、目を細める月音。

 さながら少女のような佇まいに、梓の心が踊る。


「梓、悪いことは言わないから、アイツはやめておけ」

「え〜? 喋ればいい人だよ?」

「まず喋らないじゃないか」


 本人が居ない中、噂に花が咲く二人。

 呼ばれて飛び出てとはなんとやら、扉がノックされ、月音の了承と共に部屋に入ったのは祥蔵だった。


「……梓」

「はーい、今行きまーす」

「ここの扉をノックするような誠実なやつはお前だけじゃよ、祥蔵」

「……」

「マジで喋らんな、お主」


 会釈だけして梓を連れていく祥蔵を見て、流石に引く月音。

 

 しばらく一人の時間が流れた後、意を決してベッドから足を下ろす。

 床に接地した足は、強く月音の体を持ち上げた。


「やはり、立てないわけではないんじゃな」


 ゆっくりと歩き、部屋の窓を開ける。

 生ぬるい風が月音の頬を撫でた。

 

 風を楽しむ月音のもとに、トレーを担いだ萌葱(もえぎ)が現れる。


「なんだ、もう歩けるようになったのか」

「おお、もう飯の時間か?」


 トレーの上には食品が並んでいる。

 持ってきている萌葱の眼は光っていない。そして腰にはいつでも抜刀できるように鞘と霊器(れいき)が携えられている。

 

 月音は何かを察した。


「まぁ歩けるようになったからと言って、別に霊界(れいかい)内を歩けとは言わん」

 

「なぁ、萌葱」

「……なんだ?」


 トレーをベッド横の机に置き、月音に向き直る。

 月音の表情は、憂いげだった。


「ここはいいな、ワタシはここで生きていきたい」

「ッ! そうか、なら――」

「でも、そうはいかんようじゃ」

 

「……は?」


 咄嗟に紅い霊力を放出し、眼を紅く染める。

 月音の身体は、蠢きまわる漆黒の霊力でいっぱいだった。


()は幽霊にはなれない」

「待て月音! 早まるな!」


 霊器を構え、刀を創造する。

 月音の目は虚ろだった。


「このまま幽霊になれたら、どれだけいいんだろうな」

「まだだ! まだ!」

「お主も悪霊のことは嫌いだろうに、よく接してくれた」

「まだ、なにか手が!」

「無いんじゃよ、何も」


 情に訴えかける月音に対し、あくまで現実を見ている月音は動じない。

 月音の周りに黒い霊力が漂う。


「ココロは幽霊になりたいんじゃよ、でも悪霊はそんなこと許されない」

「そんなことない、お前は――!」

「梓に、伝えておいておくれ」


 漂う黒い霊力は、月音を中心に回り始める。

 霊力で全身を強化した萌葱は、地を蹴り走り出した。


「名をくれて、ありがとうと」

「月音ッ!」


 刹那、爆発。

 

 辛うじて床に刀を刺した萌葱は、衝撃に身体を浮かせられながら耐える。光と轟音が襲う中、ゆっくりと開いた視界で見たのは、大きく泣き叫ぶ狐だった。


 第36話 現実は非情である

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