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霊ノ謳  作者: しろくろあめ
第3章 霊臨と水面揺

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第35話 兆し

「やけに嫌そうだな、劉兎(りゅうと)

(りゅう)さん……別に嫌とかないですよ」

「そうか? 顔に分かりやすく書いてあるけどな『悪霊が普通の幽霊になれるはずがない』って」

「……まぁ、無いとは思います」


 妖狐を悪霊退散会あくりょうたいさんかいに連れ帰った後、医務室で介抱されるのを尻目に劉兎と竜は部屋の外で立っていた。

 医務室の中では今まさに幸太郎(こうたろう)華鈴(かりん)の組織のツートップが妖狐に話を聞いている最中だった。

 不満そうな顔を指摘され、劉兎は深くため息をつく。


「友達、などのたまっておったが、実際は企みがあるんじゃろ」

(あずさ)の言葉は本心さ、私はそれにあやかってキミをここに連れ帰ることを命令したにすぎない」

「……ふん、悪霊を祓う組織が悪霊を連れ帰るのか? 寝言は寝て言った方がいいぞ」

「まあまあそう言わず……」


 幸太郎と口論を続ける妖狐の容態を診る華鈴。傍らでは琴葉(ことは)がその様子を見ていて、逆立つ妖狐の尻尾を見て必死になだめていた。


「まぁ、お主らの下らん魂胆はある程度理解できるわ」

「……へぇ、じゃあどうするんだい?」

「どうもしない()()()()()()

()()()()()()んだ」


 一通りの会話を終え、医務室から出てくる幸太郎と華鈴。入れ替わるように梓が入ると、普段と同じ明るい笑みを浮かべた。


「……梓か、お主は毎日元気そうだな」

「そりゃあ新しいお友達ができるんだから!」

「そういえば、お名前はあるんですか?」

「ない。悪霊に名前など存在しない、必要が無いからな」


 妖狐の疑念の眼差しは晴れない。しかしそれを察しているのかいないのか、梓は普段と変わらない口調と表情で妖狐に接していく。

 傍らで座る琴葉も眼差しは感じてはいるが、できる限り意識しないように努めていた。


「じゃあ、まずは名前つけよう!」

「自分の所有物とでも言うつもりか?」

「ああもう、そういう卑屈な考えはいいから! いつまでも呼ぶ名前ないと困るでしょ!」

「悪霊は卑屈じゃろ……」


 眉を落とす妖狐を尻目に、梓はあーでもない、こーでもないと独りごちり名前を考えていく。

 やがて色んなあんが浮かんだ後、梓の中でいいものが決まったのか、小さく声を上げた。


「『月音(つきね)』! なんてどう?」

「『月』……妾は『憑き』の方が好みじゃが」

「いやいや……」


 梓の提案に満更でも無い顔をする妖狐に対し、妖狐の提案に困惑する琴葉。その一幕を見ていた梓は口角を上げて、手を叩いた。


「決定ね! じゃあアナタは今日から月音!」

「ああ、いいだろう」

「あとそのおばあちゃんみたいな喋り方もやめない? 一人称もさ『妾』より『私』の方がいいよ!」

「妾はお主らに比べたらおばあちゃんだぞ……」

「細かいことはいいの!」


 強引に押され、諦観気味に了承した月音は、晴れて名前がついた。

 特に幽霊界で名前をつけることに意味は無い、元々言霊で作られている以上、そこに言霊は発生しないからだ。


「わら……ワタシを捕まえてどうするつもりなんじゃ……なんだ?」

「なんかぎこちないね」

「急に変えられるわけなかろう!」

「別に捕まえて何かしようとかはないかな、あたしは悪霊も友達になれたらなって思うだけだよ」

「それにしては初発が拉致監禁とはなかなかじゃが」

「アナタだってそこは人のこと言えないでしょ」


 スピード感のある梓の返答に、ついにため息をついた月音は両手をあげる。頭の上にはてなマークをうかべる梓に対し、月音は眉を落とした。


「降参じゃ、という意味だよ。煮るなり焼くなり好きにせい」

「煮も焼きもしないよ、なんだと思ってるのさ」


 ケラケラと笑う梓に釣られ、月音も少しだけ微笑む。

 それを見た琴葉と梓はその場で飛び上がって喜んだ。


 医務室の外で顛末を見ていた劉兎は、華鈴へと問いかける。


「悪霊が幽霊になるんですか? 前にそういう事例とかは?」

「……特にないわ、今回できるなら初の事例となる」

「じゃあほとんど無理ってことじゃないですか」

「あれを見ても劉兎くんはそう思う?」


 華鈴の指さす方向には、たったの数分で打ち解けた少女三人の姿。最初は疑惑の眼差しを向けていた月音も、今や梓と琴葉と談笑をしている。

 劉兎はその事実を目に収めるも、頭の中から消すように眉をしかめた。


「会長が何考えてるのか分かりませんけど、まさか悪霊退治に行く時に『悪霊を連れ帰ってきて欲しい』って言うなんて思いませんでしたよ」

「まぁ今回初めての試みだからね、一応【神様】には許可を得てるよ」

「でもですよ……これじゃ悪霊に悪霊退散会の情報が筒抜けだ」

「本当に嫌なら、祓うことも一つの手よ」

「……それは、意地が悪すぎますよ」


 ため息をつき、眉を落とす劉兎。

 祓うということは、実質その悪霊を殺すことと同義。今目の前で梓達と友人関係になった者を殺すことなど、劉兎にはできはしなかった。


「……もし、月音が悪霊になったら俺は躊躇いません」

「ええ、その時はお願いね」


 不満を持ちながらも、何とか納得した劉兎はその場を去る。一通りの流れを眺めていた竜は、華鈴に労いの言葉をかけた。


「オレはよくわかんないっすけど、やっぱ嫌なんですかね」

「まぁ敵を自分の敷地に入れるんだから嫌でしょうね」

「でもまぁ、納得してくれたしいいんじゃないんですか?」

「いえ、まだよ……まだもう一人、劉兎くん以上に悪霊が嫌いな子が居るじゃない」

「ああ……萌葱(もえぎ)ですか」


 廊下を歩き、カフェスペースへと抜けていく劉兎。

 すれ違った半開きの扉からは、項垂れ椅子に座る萌葱が居た。

 気づかずカフェスペースに消える劉兎に対し、真っ直ぐ向かっていた竜は扉を開ける。


「何しけたツラしてんだ、電気くらいつけろよ」

「……竜か」

「お前もまさかあの〜なんだ、月音つったか? アイツを入れることに反対だから拗ねてんのか?」

「そうか、名前までついたんだな」

「聞こえてたのか?」

「いや、悪霊()()()に名前などない、名前があるなら梓か琴葉がつけたんだろ」


 窓から差す月光だけが部屋を照らしている。

 何もせずただ椅子に座っている萌葱は、竜の顔を見ようともしない。

 おもむろに電気のスイッチに手をかけた竜は、了承を得ず電気をつけた。


「おわっ……こりゃ思ったよりか?」

「……物に当たる、アタシもまだまだ若輩者だな」


 電気をつけて部屋の中が一望できたことにより、発覚したのはその荒れ具合。

 元々物が多くない萌葱の部屋だったが、最低限生活できる物は揃っている。

 しかし、本の入った棚も、普段寝ているベッドも、椅子とセットアップの机も荒れに荒れ、まるで嵐でも入ったようだった。


「……そんなに、気に入らないか?」

「アタシが最初何やってたか、お前なら知ってるだろ」

「そう、だったな」


 萌葱の言葉を聞き、頭を掻く竜。

 静かに棚に近づくと、ゆっくりと棚を起こした。


「……でもここは組織だ、組織の決定には従わないとな」

「思ったより冷静なんだな」

「最初は荒れたさ」


 部屋を直す竜に礼を言いつつ、自身も荒らしたものを直していく。

 萌葱の憂いげな表情を見て、竜は安堵した。


「まぁ、何とかなるさ」

「フン、悪霊はいつだって嫌いだよ」


 月が雲に隠れる。不意に部屋の電気が落ちた。

 うっすら見える二人の影が近づいた。

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