第34話 試み
妖狐の肥大化に伴って崩壊する住宅。少年の安否を気にする余裕もなく瓦礫に敷かれた劉兎達は、素早く脱出して妖狐を睨む。
「悪いけど、容赦はしない!」
地を蹴り、跳び出したのは劉兎。琴葉の霊力譲渡で身体強化を増強させ、叩き潰そうとした妖狐の掌を跳んで避ける。
空中で刀を構え、追撃で迫る尻尾に叩きつけた。
「硬いッ!?」
しかし鳴り響いたのは金属音。予想外の尾の硬さに空中で静止した劉兎は、そのまま別の尾で弾かれて近くの住宅へと吹っ飛ぶ。
「なるほど、ただでかくなった訳じゃないんだな」
「竜さん、援護します!」
付かず離れずの距離で走りながら、その顛末を見ていた竜と、拳から伸びる霊鞭を住宅の壁に刺し、振り子のように道無き道を進む梓。
すかさず霊鞭を地面に刺し、間髪入れずに巻きとって地面を疾駆していくと、そのまま跳び上がって鍵爪状に硬化させた霊鞭を背後から叩きつける。
「うわっ……本当に硬い!」
「アアアアアアッ!」
九本の蠢く尻尾は何もせずとも梓の攻撃を防ぎ、なおかつ妖狐の咆哮は地面を揺らす。
発せられた衝撃波は梓を突き飛ばし、周りの住宅の窓ガラスを全て割った。
「足元がお粗末だな!」
しかしそこでやってきたのは竜。
妖狐の意識が梓に向かっているうちに足元へと侵入すると、足払いをするように両足首を殴りつける。
体勢を崩した妖狐はその場で両手を着き、更にそこに琴葉の光る矢が飛んできたことで咄嗟に尾を地面に刺して壁を作った。
「今だ! 畳み掛けろ!」
竜の号令で動き出す面々。梓と劉兎が両方面から動き出し、妖狐へと迫る。
竜も追撃で拳を構えるも、その拳は空を切った。
「は……!?」
「跳んだ!?」
巨躯をものともしないと言わんばかりに、腕と尾の力で跳び上がる妖狐。迫る足を止める劉兎達に対して容赦なく、身体を叩きつけるように地面に着地する。
「うわあああッ!」
「風圧がッ! 竜さん!」
巨体による着地は、轟音を響かせながら衝撃波を撒き散らす。劉兎と梓はその衝撃波に巻き込まれて吹き飛ばされ、着地地点に居た竜は姿が見えないでいた。
地面を転がり、住宅の塀に激突した劉兎は、痛みを感じながらもすぐに起き上がる。
「劉兎さん!」
「琴葉か……! 竜さんが妖狐の下敷きに!」
駆け寄る琴葉を横目で確認すると、再度霊力譲渡を施された劉兎は、身体強化を纏い直して地を蹴る。
一方妖狐は、自身の力を誇示するように天に吠えていた。
しかしその瞬間、妖狐の顔面を青い一閃が襲う。
「残念だったな! あの程度でやられるタマじゃねぇよ!」
青い一閃の正体は竜。
落ちてくる巨体に対して霊力強化のみで凌いだ竜は、頭から血を流しながらも即座に動き出し、妖狐の顔面に飛び蹴りを喰らわせていた。
蹴りを喰らわせられて体勢が崩れる妖狐。しかし咄嗟に蠢いた尻尾が住宅街を所狭しと動き回って破壊していく。
「劉兎! 刀に部分強化だ! 梓も霊鞭に部分強化しろ!」
「ッ! 了解!」
「えっ!? あたし部分強化できないですぅ!」
迫り来る尻尾を足場に使い、空中で難なく避ける竜。
一本の尾を殴って地面に叩きつけると、そのまま地面に着地した。
その間に刀への部分強化を終えた劉兎が跳び上がり、竜の踏む尾へと迫り来る。
「斬り落とせ!」
「うおおおおッ!」
先程とは打って違い、尾の硬さをしっかり認識した劉兎の一太刀は、弾かれることなく振り下ろされる。
両断される尻尾。その痛みに悶え、妖狐は声にならない悲鳴を上げた。
「ごめんね! あたし部分強化できないから、後ろから失礼するよ!」
「ウガアアアアッ!」
追撃を試みたのは梓。
霊鞭を巧みに使い、住宅や塀に刺しては巻き戻して空中を疾駆し、迫り来る尾にすら霊鞭を刺して飛び上がると、妖狐の頭上で霊鞭を硬化させて叩きつけた。
大きな衝撃音と共に広がる砂塵。しかし妖狐の意識がとだえることなく、腕で梓を突き飛ばすと、倒れた状態で尾を蠢かせた。
「劉兎」
「ええ、任せてください――『閃』」
迫り来る無数の尾に対し、仁王立ちする劉兎と竜。
霊力を全身に戻し、深く集中した劉兎は、迫る尾を全て往なしてみせる。
技の発動を予見していた竜は、往なされた尾の間を縫うように走ると、妖狐の身体の前で急ブレーキをかけて拳を構える。
「『正拳一閃』」
繰り出された竜の拳は、激突と同時に大きく爆発する。
部分強化を拳に纏い、纏われた青い霊力は衝撃となって妖狐を包んだ。
妖狐の叫び声が木霊する中、砂塵が晴れた頃には妖狐の姿はなく、代わりに人型の妖狐が意識をなくして倒れていた。
「よし、何とかなったな」
「割と行き当たりばったり感強かったですけどね」
そんな事はいいんだよ、勝てば。と笑う竜に対し、安堵から息を落とす劉兎。
琴葉は最後に突き飛ばされた梓の治療に向かっており、その場には竜と劉兎の二人しかいなかった。
そして二人の目の前には、倒れている人型の妖狐が居る。
「よし、今回の目的は覚えているな?」
「ええ……でも本当にやるんですか? 正気じゃないと思いますけど」
「ああ、会長の決定だ。そしてオレ達はそれを承認してここに来たんだ、文句は言えないだろ」
「ですが……」
「細けえこたぁ良いんだよ」
霊力強化を解き、意識が無い妖狐をかつぎ上げる竜。
二人の目の前にはゲートが現れていた。
「ハッ! ここは……?」
「悪霊退散会、その本部ですよ」
「お前は……さっきの霊鞭使い!」
「ちょちょ! ちょっと待って! 攻撃しないで!」
妖狐が目を覚ました時、目の前に広がったのは白い天井。次いで身体を包む様な不思議な感覚と、視界に入るのは横に座って見つめていた梓だった。
即座に黒い霊力を出力しようとする妖狐だったが、なにかに気づき、その行動を止める。
「……霊力が使えない、妾は捕虜というわけか」
「そういう訳じゃないけど……ウチの人いわく、一旦使えなくなってるだけだって」
「足も動かんではないか」
「急に大きくなったからって、その後遺症だよ」
妖狐が目を覚ましたのは、悪霊退散会の医務室だった。
竜の『正拳』を食らった後、意識不明となった妖狐は元の人型へと戻り、竜に担がれて持ち帰られることとなる。
敗北と巨大化の影響で、霊力と両足が使えない中、微笑む梓を見て疑いの眼差しを向けた。
「何を企んでおる。悪霊にはお前らのような群集意識は無いぞ、誘拐したからと言って何の交渉材料にもならん」
「えっ」
「えっ」
拍子抜けた梓の声に戸惑う妖狐。
数秒の沈黙の後、梓は眉を落とした。
「そんなんじゃないよ、安心して」
「……フン、さっきまで殺し合ってたやつの言葉を信じろって言うのか? 妾がそんなに馬鹿に見えるんだな」
「ちょっ、もう……あああっ!」
妖狐の発言にはらわたが煮えくりかえる思いの梓は、咄嗟に妖狐の手を掴む。
驚きを隠せない妖狐は、手を離そうと試みるも、その手は強く握られていた。
「友達になろう!」
「……は?」
繰り出された言葉に、戸惑いを隠せず驚く妖狐。
梓の眼は純粋に向けられていた。




