第29話 放送と操作
「家庭科室かッ!」
劉兎の所在を知らせる放送の直後、家庭科室の扉はとてつもない速度で閉まる。
それを機にしている余裕もなく、棚や机の引き出しから現れた無数の包丁は、全て刃先を劉兎に向けていた。
「まっずい!」
号令でも掛けられたかのように一斉に劉兎へと向かう包丁達。先程までのガラス片とは比べ物にならない殺意に息を飲むも、すぐに切り替えて刀を構える。
「さっさと出ないと……! こいつの能力は、俺の名前と居る場所を放送で言うことで、部屋を自在に扱えるものだろう……!」
包丁を捌きながら、悪霊の能力を言うも、放送は何も言わない。刀を線ではなく面で扱うことで、包丁を掠るのみに留まらせるも、即座に包丁は第二波に向けて動き出す。
その一瞬の隙に踵を返した劉兎は、家庭科室の扉を蹴破った。
『三階廊下』
「うぐっ!?」
しかし、劉兎が扉を蹴破ったのもつかの間、身体に叩きつけられる無数の窓枠。一辺ずつ丁寧に折られたステンレス製の窓枠は、叩くように劉兎に刺さる。
一、二歩後ずさる劉兎。足裏が扉の枠に触れたことに気づき、咄嗟に振り返る。
『家庭科室』
無機質な放送と共に、構えられた包丁達が劉兎を見ていた。
窓枠を叩き落とし、再度教室の外に出ようとするも、次は無数のガラス片が劉兎を襲い、廊下の床がうねるように盛り上がって退路を塞ぐ。
絶体絶命の中、歯を食いしばった劉兎は、なにかに気づいて走り出した。
「何も教室からの脱出方法は扉だけじゃない……!」
劉兎が走り出した先には外へと繋がる窓がある。
扉からの脱出ができないと察したことによる、飛び降りの打開策だった。
しかし依然として包丁は劉兎を向き、走り出した足を止めんと言わんばかりに迫り続ける。
「なにか、臭うッ!」
包丁を捌き続け、思うように動けない中、何かの臭いを察知する。その臭いは鼻腔をつんざき、刺さるような嫌な臭いだった。
そしてどこか嗅ぎ馴染みのあるその臭いは、劉兎の額に汗をにじませる。
「そこまでやるのかよ……! 最悪だ!」
包丁が身体に刺さることも厭わず、劉兎は走り出した。
机が接着していた地面から外れ、退路を阻むように翻すことも気にせず、ただ一心不乱に窓へと向かう。
「この臭い、ガスだ! てめぇ! この部屋爆発させる気か!」
力を振り絞り、霊力の出力を上げる。なけなしの霊力では微々たる違いではあるが、強化された脚力はついに窓へと到達した。
しかし、その直後、窓が全て割れて破片が劉兎へと向かう。既にそんなことを気にしている暇がない劉兎は、甘んじてそれを受け入れ、窓枠に足を掛けた。
「クッソ……!」
窓枠が劉兎の足を掴み、咄嗟に刀で斬り落とす。
しかし時すでに遅し、コンロは火を放った。
瞬間、家庭科室が大爆発を起こす。備品も劉兎も諸共吹き飛ばす威力は、劉兎の背中を燃やして外へと飛ばした。
「マジで……なんでもできるんだなッ!」
空中で体勢を整え、地面に着地する。
霊力強化により膝の痛みなど気にしなくてもいい劉兎は、思いのままに両脚での着地をして、目の前に見えるもう一つの校舎を睨む。
『中庭に居る……』
「まさか、別館があったなんてな」
放送と共に中庭の木々が劉兎へと迫る。
しかしそれを冷静に弾くと、別館へと走り出した。
「既に見つけた!」
飛んでくる木々や、動き出す銅像。転がってくる石製のベンチを掻い潜り、本館と別館を繋ぐ連絡通路に転がり込む。
そのまま地を蹴り、別館へと突入すると、放送は翻る。
『北校舎一階廊下……』
「長くて言いづらいよなぁ!」
放送途中で付近の教室の扉を蹴破り突入する。
放送は更に劉兎が突入した教室名を呟くも、劉兎の名を話す前に教室から跳び出すと、廊下を走りながらひとつずつ教室に飛び込んでしらみ潰しに探し始めた。
「要は、放送が追いつかない速度で動きゃいいんだよ! それに、職員室は既に見つけた!」
家庭科室からの落下時、既に劉兎は北校舎の窓から見える職員室を見つけていた。
しかし、劉兎が目指していた教室はまた別にあった。
廊下と教室を行き来し、遂に劉兎はその教室へと到達する。
「ここだろ! 本命は!」
少し特殊な扉を蹴破り、跳び出すように突入した劉兎。
その教室は普通の教室ではなく、マイクなどの機材が置かれた――
「放送室!」
そう、劉兎が目指していたのは職員室ではなく、放送室だった。
放送で職員室へ呼ばれていることは劉兎も承知だった。それでも、放送室を探していたのには、理由がある。
「職員室に何があるか、そんなことは知らねぇけど、放送してんのはここだよなぁ! なら、根本から潰してやる!」
刀を構え、霊力を纏わせる。
琥珀色に光り輝く刀と劉兎の腕は、誰も居ない放送器具に向かって叩き落とされる。
抵抗するような様子もなく、鈍器のごとく叩きつけられた刀は、有無も言わさず放送器具を破壊した。
「……これでもう放送はできないだろ。【放送する】って条件があるのなら、もう終わりだよ」
破壊された放送器具を見つめ、独りごちる。
大きく息を吐いて、踵を返した瞬間、再度放送のチャイムが鳴る。
『放送室に居る、柊 劉兎さん。至急職員室まで』
「……は?」
『勝った気になってんじゃねぇよ』
「……言ってくれるじゃんか」
無機質ながらも怒りを帯びた放送の後、動き出す放送室の備品達。
机、椅子、壊された放送器具達。そして棚に置かれたCDなど、全ての備品が劉兎へと迫る。
「……お前は二つ、勘違いをしている」
そんな中、微動だにしない劉兎は、吐き捨てるように告げた。
「まず一つ、俺が職員室に行く気がないと思っていること」
迫る机を避けるように跳び、乗ってみせる。
「そして二つ、これで終わりだと安堵していると、思っていることだ!」
叩き落とすように迫る椅子やCDを再度跳び上がって避け、天井に向かって刀を繰り出す。
霊力を込めた刀は天井を砕き、二階への穴を見せた。
そして間髪入れずに飛び込んだ劉兎は、そのまま上階である職員室へと侵入する。
職員室の中は閑散としていながらも、一人の女が座っていた。
「……やあ、来てやったよ」
「驚いた……まさか本当に掻い潜ってくるとはな」
椅子に座っている女は静かに劉兎を見つめる。
お互いの視線がかち合い、一触即発な雰囲気が漂う。
そんな中、再度チャイムが鳴る。
『職員室に居る、柊 劉兎さん――』
「逃げられると、思うな」
放送と重なるように告げた女。
同時に迫り来る職員室の備品達。まるで波のように押し寄せる備品達に対し、劉兎は出せるだけの霊力を放出した。
「うおおおおおッ!」
雄叫びを上げる劉兎。その足を一歩前へと踏み出す。
そして霊力を全身に纏い、刀を正確に構えた。
「『閃』ッ!」
「ぜ、全部弾いたのか!?」
劉兎の技『閃』。
霊力と集中力を高め、迫る攻撃を確実に往なす技だ。
正確には弾くのではなく往なすため、押し流された備品達は劉兎の背後へと転がっていく。
驚く女が劉兎の背後にある机を動かすも、劉兎は気づいてそれに乗ると、そのまま女へと肉薄した。
「お前は……ポルターガイストを使う奴だな?」
肉薄し、告げる劉兎。刹那、刀が女の首を獲った。
「さて……次だな」
踵を返し、先程自分が開けた穴を見る。
一歩踏み出そうとした瞬間、放送から怒号が上がった。
『あああああああああッ! があああああああッ!』
「……ッ!」
『許さない許さない許さない! 柊 劉兎! 絶対に殺す!』
瞬間、職員室と放送室を繋ぐ穴から大きく黒い霊力が吹き出した。
そして、劉兎の周りが一瞬光ると、小爆発を起こす。
同時に、漂う黒い霊力が誘爆を始め、あっという間に職員室は火災に見舞われた。




