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霊ノ謳  作者: しろくろあめ
第3章 霊臨と水面揺

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第21話 憩いの場所

 心ここに在らずといわんばかりの虚ろな表情でトーストを頬張る劉兎(りゅうと)

 幸太郎(こうたろう)の期待がのしかかってから二日の時が経ち、劉兎のデバイスには新たに『桜の木の下の死体』という任務が課されていた。


「……ここに居たのか」

「あ、祥蔵(しょうぞう)さん、おはようございます」


 漫然とトーストを口に運ぶ劉兎を呼ぶのは、(あずさ)のメンターである滝日(たきじつ) 祥蔵。

 普段から眉間にしわをよせ、高い身長とガタイの良さから来る威圧は、来るものを寄せつけない。

 しかし、既に半年悪霊退散会あくりょうたいさんかいに所属している劉兎は慣れていた。


「今日は梓の世話はいいんですか?」

「世話と言うな、教育だ」


 何も聞くことなく隣に座る祥蔵だったが、劉兎は特に嫌な顔ひとつせずそれを受け入れる。

 しかし相手が先輩であるのも事実であるため、漫然と口に運んでいたトーストを押し込むように頬張ると、顎を上下に動かして無理やり咀嚼を試みた。


「……そんなに急がなくていいぞ」

おふぃになふぁらす(お気になさらず)!」

「気になるわ……」


 数秒の格闘の後、何とかトーストを咀嚼した劉兎は牛乳と共にそれを流し込むと、回転椅子なのをいいことに祥蔵へと向き直った。


「それで、何か用ですか?」

「いや、飯にでも誘おうと思っただけだ」

「えっ、珍し……いや、なんでもないです」


 驚く劉兎を睨みつける祥蔵。咄嗟に口を手で覆う劉兎を見て、祥蔵は嘆息した。


「まだ入りそうか」

「ええ、軽食でしたから。牛丼の並くらいは」

「牛丼の並か、分かった」


 一通り聞き終えると立ち上がる祥蔵。

 困ったように眉を落としつつも、どこか満更でも無い表情で劉兎もその背中を負った。


「ここだ」

「牛丼じゃないんかい」


 悪霊退散会を出て、劉兎が連れてこられたのはこじんまりとしたラーメン屋だった。

 ノリよく突っ込む劉兎に対し、祥蔵は呆けた顔で牛丼が良かったのかと呟いていた。


「いやまぁどこでもいいですよ、ラーメンだって嫌いじゃないんですから」

「ならいいだろう、ここは絶品だぞ」


 油が無くなり、キュルキュルと音を立てるラーメン屋の引き戸を開ける。中に居た店主は祥蔵の顔を見るやいなや快活な声を上げた。


「おっ、祥ちゃん! 久しぶりだなぁ!」

「……ええ、お久しぶりです」


 のれんを避け、続いて入ってきた劉兎を店主は横目で見ると、口角をさらにあげる。


「おいおい、お前さんも本当に立派になったもんだな! あんなめんこい子を連れてきたかと思ったら、いい男まで連れてきやがって!」

「会の後輩です。名前は(ひいらぎ) 劉兎」

「柊です」


 祥蔵に促されるよりも早く頭を下げる劉兎。

 嬉しそうに大口を開けて笑った店主は、祥蔵の「いつもの」という注文を聞いて手際よく調理を始めた。

 その間に二人はカウンター席に腰かける。


「梓も連れてきたんですね」

「……いや、前に連れてきたのは琴葉(ことは)だ」

「えっ……」

「なんだその顔は」


 ジッと睨みつける祥蔵に対し、劉兎は大袈裟に手を振りながら珍しいだけだと誤解を解くことに務める。

 そんなやり取りを見ていた店主は、二人の会話に割り込む形でラーメンを置いた。


「面白そうな子だから、サービスでチャーシュー倍だ!」

「あ、ありがとうございます!」

「祥ちゃんもたらふく食え!」

「……いつもありがとうございます」


 二人の前に置かれたのは明らかに並ではない大きさのラーメン。しかし白濁しながらも脂と絡み合い、煌びやかに輝いていた。

 そして極太のコシの強そうな麺を引き立てるように添えられた海苔、茹でられたほうれん草、肉厚な六枚のチャーシューが綺麗に隊列を生していた。

 沸き立つ湯気と豚骨スープの匂いが二人の鼻腔をくすぐり、食前の挨拶だけをして麺をすする。


「うっま……!」

「だろう」

「なんで祥ちゃんが得意げなんだっての」


 軽食を既に済ませていた劉兎だったが、それでも舌鼓を打つ。その横で見ていた祥蔵は満足そうに鼻を鳴らし、店主はカラカラと笑っていた。

 数分食し、そろそろ器の中身がなくなってくる頃、突然仏頂面を取り戻した祥蔵が声を上げた。


「……困ってはいないか」

はひ(はい)?」

「いや、飲み込んでからでいい」


 バツが悪そうに手を向ける祥蔵に対し、劉兎は必死に麺を噛んで飲み込むと、水をひと口飲んで祥蔵の方へと向く。


「どういうことですか?」

「……俺は困った時によくここに来る。ここで麺をすすり、店長さんと話しながら色々考えるんだ」


 話が見えてこない、と眉をしかめる劉兎。祥蔵の目線は器に向けられ続けていた。その器には既に麺の痕跡しか残っていない。


「お前はまだこの霊界(れいかい)に来て日が浅い。更に、来てからというもの基本的に鍛錬の連続でまともに回れてもいないだろう」

「いやまぁ、確かにあまり外食とかもしないですし、まだ良く霊界を知ってるわけではないですね」

「そういうことだ。なにか悩んだ時、自室に篭もる以外選択肢がないのは良くないと思ったんだ。人に話すのもいいが、自分で考える時間も時には必要だ、でもそれはリラックスできる場所じゃないといかん」


 グラスの中の水を飲み干し、ピッチャーで追加していく祥蔵。更にもう一度グラスの中身を飲み干すと、やっと劉兎と目線が合った。


「悩み事を全部相談しろとは言わん、でも俺達は仲間だ。たまには頼れ、そしてお前の悩みを一緒に考えさせてくれ」


 得意げに笑う店主。なんで店長が得意げなんですかと突っ込む祥蔵を見て、シラを切った店主は祥蔵のグラスに水を注ぐ。


「この霊界にも色々ある。俺達は霊力(れいりょく)を武器を創ることにしか使わないが、非戦闘の幽霊達はそれこそ店長のようにラーメン創って生きてたりするんだ」

「いつでも新鮮な食材を出せるから料理が捗るってもんよ!」


 祥蔵に紹介され、大きく笑いながら力こぶを見せつける店主。思いがけない事実に少し驚く劉兎だったが、それでも声にはしなかった。


「そもそも俺達幽霊の目的は、悪霊を倒すことじゃない。自分の中にある霊力を長い期間で消費しきって、成仏……まぁ転生とも呼ばれるが、それを行うことだ」

「えっ初耳……」

「……そこまで説明されてなかったか」


 少し呆れる祥蔵に対し、驚きで空いた口が塞がらない劉兎。それを見ていた店主は再度笑った。


「なんだ兄ちゃん、ちゃんと研修したんか? 寝てたか?」

「いや多分聞いてないっすよ! 転生する話は聞いてましたけど、霊力を消費することが目的だとかはあまり……」

「教え方は人それぞれだが……まぁいいか、とにかく霊界で正しく霊力を消費して、魂を浄化することで転生に達する。正しく消費できなかった者は、霊界ともまた違う魂だけの世界、黄泉(よみ)で浄化を受けることになる」


 突然の情報量に思考が止まる劉兎。とりあえず思考を取り戻すためにグラスに入っていた水を飲み干すと、一息ついた。

 劉兎が再度口を開こうとした途端、祥蔵のデバイスが着信を知らせる。


「……ああ、俺だ。そうか、なら今から頼む」

昴流(すばる)ちゃんかい?」

「ええ」

「昴流……?」


 短く電話を終わらせた祥蔵は、静かに立ち上がる。既に彼の目の前にある器は空っぽだった。

 それに気づいた劉兎も即座に残っていた麺をすすり、立ち上がった。


「お前に会わせたい人がいる。名前は香月(かづき) 昴流。【神様】直属の治安維持部隊『軍神部(ぐんしんぶ)』の一員にして、一個隊長だ」


 軋む引き戸を開き、二人は再度霊界の街へと出る。

 快活な店主の声だけが店を木霊した。

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