第111話 痛み分け
「クソ……クソォ!」
「落ち着け、仁志」
「落ち着けるわけないでしょ! 二度の邂逅で仕留められなかった……! アイツは、オレが仕留めなきゃならなかったのに!」
未完迷宮戦を終え、悪霊退散会のカフェテリアに帰ってきた劉兎達は意気消沈していた。
反して、ノイと二度も邂逅して逃がしたという事実に、仁志は怒りを隠しきれず地団駄を踏んでいた。
比較的傷の浅い劉兎と、傷が霊力で殆ど治った仁志に対し、萌葱や祥蔵、梓などの重傷組は、帰還するや否や華鈴の治療を受けることとなる。
「アイツ、多分だけどそんなに強くない。極悪霊達にこき使われていたみたいだし、何よりも本人がバラクラバを名乗ってる。真っ向勝負すれば勝てる相手ではあるはずだ」
「じゃあ何でオレらは二度も見逃す羽目になったんすか!」
「そう熱くなるな……俺と戦ってた数十分、実際にアイツは逃げるだけだったんだ。正面から取り合うことなく、のらりくらりと躱すだけ。竜さんの顔をしているだけの、偽物だな」
「そんなことわかってるんですよ……アイツは偽物だ。だから、早く祓って、アニキの無念を晴らさないと……」
その場に三角座りで蹲る仁志。
やはり二度もノイを取り逃がしたのは痛いと、劉兎も思っていた。
淀んだ空気がカフェテリアに漂う。無言の時間が流れ、気まずく思った劉兎は静かに近くの椅子へと腰掛けた。
数分後、やっと三人の治療を終えた華鈴が姿を現す。
「……どうでしたか?」
「最善は尽くしたわ。でも、祥蔵の腕と萌葱の眼は、治せない」
「そう……ですか」
分かっていた事だったが、改めて聞くと息が詰まる。
霊力と幽霊体の構造上、欠損はその部位が残っていれば治る。しかしそれは裏を返せば祥蔵のように焼き切れてしまった腕は治せないと言ってるも同義。
更に、そもそも欠損にはなり得ない眼等の重要器官は、失くなってしまえば終わりの代物であった。
またもや流れる暗い空気に、誰もが口を噤む。そんな中、心を入れ替えるべく華鈴が手を叩いた。
「今回の戦い、失ったものは確かに多い、でも得たものもある」
「……得たもの?」
「祥蔵が【研ぎ澄まし】に覚醒したわ、まだ兆しだけど」
【研ぎ澄まし】という単語に劉兎の眉が動く。
それと同時に、兆しという単語が喉につっかえた。
「兆しって……琴葉みたいに純粋な覚醒ではないってことですか?」
「ええ……というより、そもそも【研ぎ澄まし】は琴葉ちゃんみたいに急に発現するものではなくて、兆しが表れてからゆっくり身体に馴染ませて覚醒するものよ、稀に土壇場での覚醒はあるけどね」
腑に落ちる答えに嘆息した劉兎。
傍らで聴いていた仁志もゆっくりと立ち上がった。
「とりあえず、もうすぐ会長達も戻ってくるはずだから、詳しい話はその時しましょう。萌葱達も、重症の所為で発熱を起こしてる」
「分かりました」
重症という言葉に、無意識に拳を握ってしまう。
今回の未完迷宮戦、いくら劉兎が途中参加だと言っても、戦闘は基本ノイのみで、逃げ続けられて翻弄されていただけに過ぎない。
同じタイミングで突入したはずの仁志は辛勝ながら勝利を収めている。
自分だけが何も成していない、その事実が劉兎を焦らせた。
四日後、悪霊退散会に帰ってきた幸太郎と琴葉は絶句する。
祥蔵の右腕と、萌葱の左眼を見ての事だった。
「こんなタイミングで複数の極悪霊との戦闘とは……いかにもヤツがしでかしそうなことだな」
ギリっと奥歯を噛みしめる幸太郎の表情は険しい。
当の本人たちは、未だに発熱を繰り返しており起き上がることもままならなかった。
そんな萌葱の左眼部分に触れる琴葉、殆ど無意識に桜色の霊力を放出させると、何とか治らないかと譲渡を始める。
勿論、そのような行為をしても無駄なのは琴葉自身分かっていた。
「やめろ、霊力が勿体ない」
霊力譲渡である程度元気を取り戻した萌葱が目を覚ます。
そして琴葉の施しを察すると、徐に差し出した手で琴葉の手首を掴んだ。
弱々しい力だったが、目つきはいつも通り力強い。覚悟を内包した眼光に、琴葉は思わず謝罪した。
「しかし会長、俺は兆しが訪れました」
「喜ばしいことだが、如何せんその腕では今後の戦闘は……」
三人の中でも比較的発熱が軽微に終わった祥蔵は先んじて起きていた。
けれども、元々あった右腕がないというのはそう簡単に慣れるものではない。単純に右腕分の体重が無くなってしまい、左右非対称になってしまった祥蔵の身体は、バランスを保つために全身の筋肉を使う。
普段使わない筋肉を変に作用させることで、筋肉痛を超えた凝りとして身体に刻まれていく。
そして、何よりもその状態で戦うとなれば、不利なのは必至。
今後訪れる霊の歌との戦いは、困難を極めていた。
「その辺はご心配なく、もう手立ては打ってあります」
だが、そんな幸太郎の心配を一蹴する祥蔵。
同時に、カフェテリアに来訪者が現れた。
「祥蔵、持ってきたぞ」
「ああ、ありがとう。待っていたぞ昴流」
やってきたのは昴流。文音を横に連れて、大きな木箱を抱えていた。
その場の全員が驚きを隠せない中で、木箱を机に置いた昴流は、そのまま中身を取り出す。
昴流が木箱から取り出したのは、人の腕を象ったものだった。
「祥蔵に頼まれて、文音さんに造ってもらった。祥蔵専用の義腕で、霊鞭もこれまで通り出せるはずだ」
「……なるほど、用意周到だね」
祥蔵に義腕を渡す昴流。
肘から下を失くした状態である祥蔵の腕にぴったりはまるように設計されたその義腕は、右腕を近づけるだけで霊力と同期し、即座にくっついて見せる。
更に、文音製のものであるため、義腕を扱う訓練無しに身体に繋がり、普通の腕と同じ様に扱えるようになっていた。おまけに霊鞭をこれまで通り出せるという性能に、幸太郎も思わず感嘆する。
「萌葱さんにはこちらを、義眼にしようと思ったのですが、萌葱さんはシンプルな眼帯の方がいいかなと思いまして」
「ありがとう、文音」
萌葱の方はというと、義眼ではなく黒いシンプルな眼帯という面持ち。
しかし勿論こちらも霊力に反応する機能はあり、霊力で身体強化をすることで視界がクリアになるという物である。
「……とりあえず二人共もう少し安静にしてもらおうか、渡米については梓が起きてから話すとするよ」
幸太郎の一言で、再び安静にすることになる萌葱と祥蔵。
傍らでそれを見ていた劉兎は、突然走った悪寒に身を震わせた。
「……なんだ?」
「劉兎さん、ちょっと手合わせしてくれません?」
「……あ、ああ、すぐ行く」
首元に感じる違和感に咄嗟に手で覆うも、何もない。
疑念を抱くものの、手合わせをしたいという仁志の言葉で頭の片隅に追いやる。
未完迷宮戦は、確かに終えた。
萌葱の左眼と祥蔵の右腕という大きな犠牲を払ったものの、極悪霊二体の祓除と有力な情報を手に入れたのは大きい。
そして、悪霊退散会は渡米する――。




