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霊ノ謳  作者: しろくろあめ
第8章 未完迷宮

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第110話 矜持

「終わったか……」


 最後の大技を繰り出したジュンは、攻撃をまともに受けてその場で倒れる祥蔵(しょうぞう)を見て勝利を確信する。

 

 大砲にしていた腕は崩壊を開始し、再び廃材を集めて狙撃銃を創り出すと、一発上空に発砲して座った。


「これで、何とか全員再起不能だ……私もこれ以上の力は出ない、さっさと来いよ、バラクラバ」


 木にもたれかかり、大きく息を吐く。

 ジュンの目線が静かに下に向こうとしていたその瞬間だった。


「マジ……か」


 祥蔵が独りでに立ち上がったのだ。

 

 ジュンの『極光(オーロラ)』から仲間を守るために全身を使い、更には右腕を焼き切られてもなお、祥蔵は立ち上がる。

 

 そのタフさにジュンは慄くも、祥蔵の眼を見て安堵した。


「何だ、気絶しているじゃないか」


 祥蔵は、白目を向いていた。

 

 既に意識はここには無いと確信し、再度大きく息を吐くジュン。

 

 ジュンの考える通り、祥蔵の意識はこの場にはない。最早全身ボロボロで右腕も無い。焼き切られた傷はそう簡単に治らず、何故立てているのか祥蔵本人も分からない。

 

 何もしなければ死ぬ、治療を優先すべき状態ではあったが、それでも祥蔵は立ち上がった。

 

 朦朧とする意識は、揺蕩うだけ。

 それでも、一つの記憶が、祥蔵の脳内に駆け巡っていた。


「結婚する」

「……なんて?」

「結婚、する!」


 それは、祥蔵が二十歳の時。四つ上の姉が突然そう告げた。

 突然すぎて驚きが隠せなかった祥蔵だが、既に挨拶を済ませたと聞き二度驚く。

 

 祥蔵の姉は祥蔵と似ても似つかない快活な性格で、精悍な笑顔は男性に受けが良かった。人当たりもよく、人を見る眼もある。今回結婚するという相手も、姉が大学時代から付き合っていた男性であり、祥蔵もよく知っていた。

 

 悪くない男性だと、祥蔵も分かっていた。だからこそ、そこには文句がない。


「こういうのって家族全員いるときにするもんじゃないの?」

「アンタバイト行ってたし、パパもママもアンタは居なくてもいいって言うからそのまま済ませたわ」

「なんて親だ」


 軽口は告げるものの、最早今の時代結婚に親の許可すら必要ないと言う風説もあるくらいで、挨拶するだけでも偉いかと口を噤む。

 

 そもそも祥蔵自身も姉との仲はそこまでいいものではない。一般家庭の姉弟というレベルだ。

 

 そんな突然の結婚発表に驚かされながらも年月が過ぎ、就活を始めた二十二歳の時、姉から子供ができたと知らされた。


「名前とか決めたんか? てか、性別とか……」

「何でアンタにそんな根掘り葉掘り聞かれなきゃなんないのよ……まあ、女の子で、名前は(あずさ)栗雲(くりくも) 梓。いい名前っしょ」

「梓か……いい名前だな」

「そういうアンタは就活どうなん? 進んでんの?」

「……あんまり」

「だろうね~アンタコミュ障だし、やりたい職業とかなさそうだし」


 カラカラと笑う姉を見て、怒る気にもなれない。

 何故なら、姉の言っていることは至極真っ当だったからだ。


 そしてまた月日が経ち、祥蔵は地元の工場で働いていた。

 

 そんなある日、姉がまた実家を訪問する。


「あ~」

「……」

「だ~」

「……」

「いや、なんか言ってあげなよ」

「い、いや……なんていえばいいんだ?」

「あんたねぇ……子供にまでコミュ障してどうすんのよ」


 はぁ……とため息を吐く姉。

 祥蔵の眼下には、生まれたばかりの梓が興味津々にズボンの裾を掴んでいた。

 

 姉に促されるまま、ゆっくりと梓を抱える祥蔵。

 たどたどしい姿に笑いを堪えきれない姉は噴き出していた。

 

 しかし、祥蔵の眼にはしっかり映る。梓の、嬉しそうな笑顔が。


「アンタさ、そんな顔できるんだね」

「……ヘンな顔してたか?」

「いいや、いい笑顔だった。アンタ、保育士向いてんじゃない? そんな変な工場辞めてさ、今からでも資格取って保育士になりなよ」

「簡単に言うなよ」


 ケラケラ笑う姉を軽く受け流し、梓を返す。

 物惜しそうに袖を引っ張る梓の手を優しく離し、行き所を失くした手を口に運ぶ。

 

 祥蔵の口元は、確かに上がっていた。


 それから十数年。工場で働き続けた祥蔵はいつもと変わらない日々を過ごしていた。

 

 そんな中、突然の事故で祥蔵は死んでしまった。


「祥蔵は、お盆どうするんだい?」

「……家族が精霊馬(しょうりょううま)を用意してくれたら、行きますよ」


 悪霊退散会あくりょうたいさんかいの中で、幸太郎(こうたろう)は小さく微笑んでいる。

 

 祥蔵死亡一年目の夏、慣例通り精霊馬がやってきたことで、生界(せいかい)に一時帰還を果たす。

 

 不安ながらも家族との邂逅を果たせる、そう思った矢先だった。


「梓……癌なんだって」


 姉から告げられた言葉はとても重いものだった。

 

 いつも溌剌で、精悍な笑顔がトレードマークだった姉、そんな姉が萎れているという現実が、祥蔵の心を絞めつける。

 

 姉の瞼から流れる涙が、最早間に合わないのだと教えてくる。


「もし、梓が死んで、アンタと同じところに行ったら、守って欲しい……」


 告げられた姉の言葉は、呪いのように心に刺さる。

 それでも、祥蔵は前を向いた。


「ああ……分かった、約束する」


 こうして祥蔵の一年目のお盆は終わりを告げた。

 しかし、祥蔵は生まれたての梓の姿しか知らない。それでも梓を梓だと判断できる術を、祥蔵は持っていた。

 

 それは、霊鞭(れいべん)である。


「なるほど、一子相伝の『霊鞭』。君の姪が使用するまで待たないといけないけど、もし見つけたら会に入れたい……と」

「そうです、お願いします」


 深々と頭を下げる祥蔵を見て、幸太郎は微笑む。


「君がそこまで自己表現をするとはね、分かった、その覚悟を受け取るよ」


 そして間もなく、梓が死んだ。

 

 死んだショックで霊界で暴れ回った梓を、祥蔵は必死に抑え込み、梓は叔父と知らぬまま、悪霊退散会に入ることになった。


(だから、俺は梓を守らないといけない!)


 向いていた白目が戻る。

 

 右腕に強烈な痛みを感じたが、今だけは知らないふりをするために、視線すら向けない。

 

 視線は、しっかりとジュンを見ていた。


(梓には血縁であることを言っていない。言う必要が無いと思ったからだ)


 霊鞭をしっかり構え、左手に迸らせる。

 ジュンは突然動き出した祥蔵を見て驚きながら立ち上がった。


(俺は陰で見守るだけでいい、それができれば充分。感謝も賞賛も、必要ない)


 無意識に脚が動く。右腕を失くした事でバランスがとりづらいが、それでもジュンに向かって走る。


(見返りなんてなくてもいい。だって俺は――)


 気づいた時には、ジュンの目の前まで来ていた。

 慌てた様子のジュンが拳銃を創造しているが、間に合いそうにない。


「叔父だからだ!」


 左拳を、勢いのままに繰り出す。


「これが俺の矜持だ!」


 防ぐのか、撃つのか、咄嗟に選べなかったジュンの腹部に拳が刺さる。

 

 同時に、霊鞭が疼く。


「『パイルバンカー』!」


 瞬間、杭のように撃ちだされる霊鞭。

 祥蔵の矜持と想いの乗った霊鞭は、太く、堅く、ジュンを貫く。

 

 腹部から胸元を貫かれたジュンは、瞬く間に霧散していく。

 同じく満身創痍だった祥蔵も、その場に崩れ落ちた。


「おいおい、何て有様だよ」


 そこに遅れてやってきたのはノイ。

 先程のジュンの発砲で一目散にやってきたのだ。

 唯一生きているカイを抱え、その場から退散を計る。


「待てコラァ!」

「チッ……しつこい!」


 その後を追うのは劉兎(りゅうと)仁志(ひとし)。即座にノイに向かって拳を繰り出す。

 

 しかし、仁志の拳はギリギリのところで空を切った。劉兎の攻撃もノイに命中するも、致命傷にはならない。


「まあ、今宵はオレ達の負けってことで」

「ざけんな! テメェの首も置いてけ!」


 二人の攻撃を躱し、闇夜に消えていくノイ。

 その後を更に追う仁志だったが、対する劉兎は祥蔵たちの様子を見て絶句していた。

 

 やがて、ノイに逃げられた仁志が怒りを露わにしながら帰って来る。

 

 不意に、劉兎の脚に何かの紙が当たった。


「新聞……?」


 劉兎が手に取ったのは新聞。

 そこには、一面にでかでかと『通り魔出現、犯人逃走中』と書かれており、悪辣さに耐えかねて眉を下げた。


「なんか最近現れたらしいっすよ、オレ、生界に来てから何度も見ました」

「……こういうのは、警察の仕事だ。俺達は、ただ悪霊を祓うだけだから、関われないな」

「あのバラクラバと言い、この通り魔と言い。人の尊厳をなんだと思ってるんすかね」


 横から覗き込む仁志が呟く。

 

 通り魔なんて許せない行為だが、劉兎達は悪霊ではないため生きている人には触れない。

 

 新聞を捨てる。同時に、未完迷宮の崩壊によって電波が通じたこともあり、ゲートが開かれ、全員を迎え入れた。

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