第106話 劣勢
「クッソ……マジか……」
巨人によって闘技場跡の中心から観客席にまで蹴り飛ばされた仁志。
決して油断したわけではなかったが、敵の力量を見誤ったことが原因だった。
頭から大量の血を流しながら起き上がるも、既に眼前には槌が迫っている。
「オオオッ!」
「ぬあああああッ!」
雄たけびを上げる両者。
振り下ろされる槌を避ける余裕は仁志には無く、選んだのは両手で受け止めるという愚策。
勿論力で勝てないことは承知済み、何とか逃げる隙を作るための手だった。
轟音と共に激突する槌。肘や手首と言った関節部分が悲鳴を上げ、瞬く間に筋繊維が千切れていく。
皮膚を突き破り、噴き出す血液に眉をしかめながらも、仁志は全力で受け止めた。
それでも巨人は迷いなく仁志を圧し潰そうと力を入れ、観客席ごと仁志を押す。
「くぅっ――極彩色!」
咄嗟に蒼色の霊力を迸らせる。纏ったスパークと共に、無理矢理槌を押し返した。
極彩色を発動させたものの、被害は甚大。腕や身体から吹き出る血液、走る痛みは直ぐに拭えないまま、何とか立ち上がる。
そして同時に気付く、腕が使えなくなっているという事実に。
「マジかよ……!」
槌を押し返された巨人は驚いていたものの、元より正気のない狂戦士である。
意志があるのかどうかすら分からないその化け物は、再び仁志に槌を振り下ろす。
腕をぶらつかせながら矢庭に跳び出し、振り下ろされる槌を避け、巨人の懐に入り、蹴りつける。
すれ違いざまの仁志の蹴りは、いくら極彩色状態と言えどダメージは無く、槌を持ち上げながら巨人は振り返った。
「……腕なんか使えなくてもいいさ、オレはもともとこっちの方が強いんだぜ!」
地を蹴り、巨人に向かって肉薄する。
極彩色を交えた超強化状態の蹴りが、巨人の大きな腹部に突き刺さる。
槌を振り下ろした時と同義の轟音が鳴り響き、呻き声を上げながらよろめく巨人。
すかさず着地と同時に跳び上がり、巨人の顎に膝蹴りを入れた。
追撃のために再び地を駆ける仁志だったが、倒れざまに自身に振るわれた脚を喰らい、対面の観客席に蹴り飛ばされてしまった。
「ウウウウ……」
呻き声を上げながらも立ち上がった巨人。
直ぐに仁志に歩み寄ると、その脚を掴んで持ち上げた。
意識が朦朧としていた仁志は、浮いていることに気付くや否や覚醒する。
藻掻いて脱しようとした仁志だったが、問答無用に振るった巨人は、そのまま地面に叩きつけた。
「ホラホラ、自分の影にも勝てないのかなぁ? それとも、オレが上手いだけかい?」
同時刻、公園。
極悪霊のカゲに翻弄される萌葱は、苦戦を強いられていた。
その理由は、自身の影を掌握されていることに起因する。
「『紅花』!」
「ハイ、『紅花』」
萌葱の刀と影の刀が激突する。
苦戦の理由はここにある。
萌葱と影は霊力上同一人物。影には萌葱の戦いの経験が全て入っていた。
つまりは、影は萌葱と同じ技が使え、萌葱のことを誰よりも知っているものである。
最早自分自身と戦うという異空間に、萌葱は攻めあぐねていた。
加えて、影特有の動きも翻弄されている理由の一つ。
「クソ!」
「はいはい怒らないの」
怒りのままに刀を横薙ぎするが、影は煽りながら地面に浸透する。
萌葱の刀は空を斬り、同時に真横から出てきた影が萌葱に斬りかかって来る。
それを柄で受け止め、蹴り飛ばして間合いを取るも、再び影は地面に戻っていった。
影は地面を伝い、萌葱の四方どこからでも出現可能であったのだ。
(このままじゃ埒が明かない……アタシの技は同じ技で相殺されるし、追撃しても地面に戻られたら太刀打ちできない)
刀を鞘にしまい、再度『紅花』のために霊力を循環させる。
しかし、そのまま繰り出せば当たらないのは萌葱も分かっていた。
だからといって、野放しにしていれば攻撃を喰らうのは必至。脳内を巡る情報が纏まらない。
「ハハハ! なんか頑張ってるけど、諦めたらどうだ!」
背後から伸びる影。
咄嗟に前転して避けるものの、刀が背中に掠ってしまう。
(駄目だ、避けるだけでも精一杯……どうすれば……)
自身の周りをぐるぐる回る影を睨みつけながら、全方位警戒を続ける。
どうするべきかと思案を続け、ふと、萌葱は気づいた。
(そうか……あれがある!)
大きく息を吸い、吐き出す。
そして柄に手を掛け、居合の体勢を取った。
「何だあ? 当てずっぽうに斬ろうってのか? まあ、そんなのやっても意味ないけどね!」
構える萌葱の背後に出てくる影。
動きもしない萌葱に向かって斬りつけた、その瞬間だった。
「そこだ!」
背中に刃が当たった直後、研ぎ澄まされた一撃が影を襲う。
今までの萌葱ならありえない大振りが、紅の一閃を繰り出した。
しかしその一撃が功を奏したのか、影の頬に掠る。
「マジか……マジかよお前」
「ああ、被弾覚悟のカウンターだ。ほら、どこからでも攻撃して来いよ、先に受けてやるから……まあ、背後から攻撃する事しか能のない臆病者に出来るかどうかだが」
「……上等じゃねぇか」
萌葱の安い挑発に乗るカゲ。
真正面から姿を現すと、刀を構える。だが、その口角は歪に上がっていた。
「来ないのか?」
「ふん、行くさ……こいつらがな!」
刹那、カゲの両肩が蠢き、新たな影を創り出した。
その影は小さな人型になると、萌葱に向かって走り出す。
「どこまでも卑怯な奴だ!」
「何とでも言いなよぉ!」
走り出した人影に向かって横薙ぎを繰り出すも、寸前で跳び上がった人影はそのまま刀身を起点に萌葱の頭上を抜け、結った髪の毛を掴み、振り子の要領で背中を蹴りつける。
前方によろめく萌葱、即座にその動きに合わせたもう一体は、腹部に正拳突きを繰り出す。
まともに喰らってしまう萌葱だったが、歯を食いしばって背中から地面に倒れると、背中で攻撃し続ける人影を挟み潰した。
更にそのまま立ち上がりざまにもう一体を斬りつける。
安堵も束の間、萌葱に向かってカゲが迫る。
刀が、目の前まで来ていた。
「ぬうっ!」
咄嗟に飛び退く。萌葱の計算では避けれていた、ハズだった。
しかし、現実は非情である。
避けきれずに通った切っ先は、萌葱の左眼を斬りつけた。
「ぐあっ!」
「ほーら当たった、当たっちゃったねぇ」
とてつもない痛みに後ずさる萌葱。
暗くなった視界に、生温い感覚。
恐る恐る左眼部分に手を持っていくと、べっとりと血が付着した。
萌葱は、左目を潰されたのだ。
「霊力による自然回復は、眼等の繊細器官は治せない……だったか?」
まるでどこかで聞いたと言わんばかりの口調で嘲るカゲ。
対する萌葱は平衡感覚を失ってその場に膝を付く。
「じゃあな!」
カゲはトドメを刺すために刀を振るう。
瞬間、萌葱はその刀を往なした。
まだ戦えると決意を顕わにするように立ち上がった萌葱は、そのままバックステップで距離を取る。
「オイオイ、眼を失くしたんだぜ? もっと狼狽えてくれよ」
「……なくなったものは仕方ないだろう」
「達観してんなぁ……つまんな」
慌てない萌葱に悪態を吐くカゲだったが、見た目以上に萌葱も狼狽えている。
それだけ、眼というものがなくなった支障は大きい。
それでも戦う意志を見せられたのは、敵がまだいるから。
敵の首が、まだ繋がっているから。
「狼狽えるのは、お前を祓ってからでいい!」
「そうか! じゃあ死ねよ!」
狂笑を貼り付け、カゲは迫る。
それを一瞥した萌葱は、静かに目を閉じた。




