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霊ノ謳  作者: しろくろあめ
第8章 未完迷宮

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第105話 辛勝と辛酸

「うっ……」


 刀に貫かれ、地面に跪く(あずさ)

 あの狂ったような『妖狐化(ビースト)』は既に解かれていて、淡紅色(たんこうしょく)の霊力が弱々しく揺れているだけだった。

 

 対するドクは、そんな梓を見ていない。

 ドクは、自身の真横で睨みつけ、右腕を斬り落とした月音(つきね)を睨む。


「な、なんだお前はァ!」


 斬られた右腕を月音に翳す。

 

 梓と同じ色の霊力で創られた月音は、一切話すことは無い。

 しかし、向けられる視線は、どう考えてもドクに対して敵意をむき出しにしていた。

 

 慌てて退くドク。地を蹴って肉薄した月音は、即座にドクの胸部を貫くと、心臓を握りつぶす。


「嘘……だろ……何で……僕が……」


 その場に倒れるドク。

 心臓を貫いても満足しないのか、月音はそのままドクの首を落とした。

 

 遂に霧散するドク身体を横目に、梓へと駆け寄る。

 辛うじて意識を保っていた梓は、喀血を繰り返していた。


「ハハッ、沢山インスピレーション湧いちゃったなぁ……死ぬ前って凄いんだね」


 誰にいう訳でもなく、ただ独り言ちる。

 そのまま目を閉じ、静かに倒れていく梓を、月音が受け止めた。

 

 自身に対して笑いかける月音を一瞥し、ゆっくりと目を閉じる。


「ありがとう、月音」


 土壇場の発想で創られた月音は、ただの梓の霊力体である。

 意志こそ悪霊憑依の効果で宿っているが、口を開いて話すことはできない。

 

 勿論、梓の意識が途切れれば消えてしまうような、脆弱なものである。

 

 そんなことも露とも知らない月音は、梓を抱きかかえると傍のビルに連れて行き、壁にもたれさせながら座らせる。


「何から何まで、ありがとうね……あの人倒したから、毒の進行も遅くなってるや」


 傍らで座る月音の頭を撫でる。

 感覚的に毒の進行が遅くなっているのに気づき、安堵から嘆息した。

 

 喀血を繰り返したことで、血の味が舌にこびり付き、鉄の匂いに眉をしかめるが、敵を倒した事には違いない。


「でも多分、二度同じ事をしろって言われたらできないかもなあ……ねえ、実はあたしの中に居るあなたが、不甲斐ないあたしを見て助けに来てくれたんじゃない?」


 目を開き、月を見る。

 傍らに座る月音はだいぶ揺らいできていた。

 霧散が近いことを悟り、問いかける。月音は少し困りながら笑みを返した。


「ほーら……本当にあなたは心配性だなぁ。でも、ありがとうね、あなたが居なかったら、あたし死んでたよ」


 腹部を擦る。未だにドクに刺された痛みが引かない。

 

 今回の戦いは全て土壇場だった。完全に背水の陣で戦い、技もその場で生み出したものばかり、想定を超える敵に、想定を超える戦い方をした梓の身体は、毒が引いていると言っても悲鳴を上げ続けている。


「もう大丈夫……回復したいから、一旦解除するね?」


 再度頭を撫でる。決意するように月音が頷いた途端、霧散して梓に霊力が帰っていく。

 

 休むために目を瞑り、微睡みを泳ごうとした途端、付近で爆発音がして咄嗟に目を覚ました。


「な、なに……!?」


 ビルの壁を杖にして無理矢理立ち上がる。

 

 爆発音は次第に近くなってきて、何とか一本ずつの霊鞭を構えた梓を迎え入れるように、ある影がビルを破って出てきた。

 

 影は二つ、一つは劉兎(りゅうと)そしてもう一つは――。


(りゅう)さん?」

「梓! 何でここに……いや、その傷大丈夫か!」


 呟いた梓の声を聴き、振り返った劉兎。

 

 夥しい梓の傷を見て目を見開きつつ、ノイと拳を交える。

 

 激突する両者、空中に跳び上がったノイを追い、劉兎も跳び上がる。

 

 空中で肉薄し、ノイの拳を避けて蹴り飛ばす。ノイはそのまま近くのビルに激突し、劉兎は蹴った衝撃で後退しながらも一回転して着地した。


「あたしは大丈夫だよ~毒喰らっちゃったから動けないけど」

「それって大丈夫じゃねぇじゃん!」


 ビルを蹴り、劉兎に向かって進撃するノイ。

 

 両手で掴み合った二人は、衝撃と共に激突する。落下と霊力強化の合わせ技で威力を上げたノイに対し、霊力強化のみで立ちはだかった劉兎は地面に両足をめり込ませた。

 

 それでも一切退かない劉兎は、再び鍔迫り合いに勝利し、先に膝をノイに入れ、殴り飛ばす。


「あれは……竜さん、じゃないよね」

「ああ、前に話したと思うが、竜さんの心臓を使って霊の歌が創り出した、悪趣味な紛い物だ!」


 語気を強め、霊力を開放する。

 身体の負担を考え、薄氷(はくひょう)の使役は控えつつ、迫りくるノイに相対する。

 

 動けない梓を置いておくわけにはいかず、しかしノイから目を離すわけにもいかない。

 

 板挟みになる劉兎だったが、しっかりと視線をノイに向けていた。





「ガアアアアッ!」

「流石に力じゃ分が悪いか!」


 同時刻、闘技場跡。

 巨人と相対する仁志(ひとし)もまた、苦戦を強いられていた。

 

 先刻、開戦と共に槌同士で殴り合った両者。結果は火を見るよりも明らかで、槌ごと身体を押された仁志が地面を転がるという結果だった。

 

 けれども、その事実は仁志も察していたものである。一切気にすることなく立ち上がると、寸前まで迫っていた巨人の槌を飛び退いて見せた。


「じゃあ、チクチクさせてもらうわ!」


 本能的に槌を持ち、叩き潰すためだけに振るう巨人。

 その眼は回っており、一切正気ではないということだけが伺える。

 

 だが、正気でないなら好都合。今の仁志の敵ではない。

 両手に槍を創造し、迫る巨人に向かって走り出した。


「オオオオオオッ!」

「獣が……!」


 頭上から振るわれる大きな槌。

 当たれば即死級であるが、仁志は冷静に跳び上がると空中で槌とすれ違う。

 

 地を叩く槌はそれだけで地面にヒビを入れるが、仁志はその槌に乗ると再び蹴って巨人の頭上に跳び上がった。

 

 獣のような反応速度で柄を仁志に突き出す巨人だったが、それすら足場にして高く跳び上がると、巨人の春上空で槍を投げつける。

 

 そのまま一回転すると、巨人の背後に着地した。


「ウ、グ、ゴ……」

「鈍いな」


 両肩に槍が刺さり、その場に項垂れた巨人。

 呻き声のみ上げる巨人を見ながら、仁志は静かに薙刀を創造する。

 

 そして容易に巨人の脚を両断すると、巨人は瞬く間にその場に崩れ落ちた。


「……お前、極悪霊(ごくあくりょう)じゃないな」


 薙刀を担ぎ、倒れた巨人に乗る。

 首はすぐそこにあった。


「どこに飛ばされたのかもわからないし、さっさとトドメ刺すぞ」


 薙刀を構え、首に向かって振るう。

 その一連の動作に迷いは無かった。

 

 それでも、薙刀は停止する。


「掴まれた……!」


 薙刀の柄を、巨人が掴んでいたのだ。

 

 力では勝てない以上、仁志は薙刀を離すしかない。その上、あまつさえ痛覚さえないと言わんばかりの巨人の狂いっぷりは、ついに両断された脚をそのままに立ち上がるという芸当をさせた。

 

 咄嗟に飛び降りる仁志、しかしそれが間違いだと直ぐに気づく。

 

 両手と足で器用に蠢いた巨人は、そのまま額で仁志を突き飛ばす。地面を何度かバウンドした仁志だったが、間髪入れずに足を治した巨人が仁志を蹴りつけ、観客席に突き飛ばした。

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