第105話 辛勝と辛酸
「うっ……」
刀に貫かれ、地面に跪く梓。
あの狂ったような『妖狐化』は既に解かれていて、淡紅色の霊力が弱々しく揺れているだけだった。
対するドクは、そんな梓を見ていない。
ドクは、自身の真横で睨みつけ、右腕を斬り落とした月音を睨む。
「な、なんだお前はァ!」
斬られた右腕を月音に翳す。
梓と同じ色の霊力で創られた月音は、一切話すことは無い。
しかし、向けられる視線は、どう考えてもドクに対して敵意をむき出しにしていた。
慌てて退くドク。地を蹴って肉薄した月音は、即座にドクの胸部を貫くと、心臓を握りつぶす。
「嘘……だろ……何で……僕が……」
その場に倒れるドク。
心臓を貫いても満足しないのか、月音はそのままドクの首を落とした。
遂に霧散するドク身体を横目に、梓へと駆け寄る。
辛うじて意識を保っていた梓は、喀血を繰り返していた。
「ハハッ、沢山インスピレーション湧いちゃったなぁ……死ぬ前って凄いんだね」
誰にいう訳でもなく、ただ独り言ちる。
そのまま目を閉じ、静かに倒れていく梓を、月音が受け止めた。
自身に対して笑いかける月音を一瞥し、ゆっくりと目を閉じる。
「ありがとう、月音」
土壇場の発想で創られた月音は、ただの梓の霊力体である。
意志こそ悪霊憑依の効果で宿っているが、口を開いて話すことはできない。
勿論、梓の意識が途切れれば消えてしまうような、脆弱なものである。
そんなことも露とも知らない月音は、梓を抱きかかえると傍のビルに連れて行き、壁にもたれさせながら座らせる。
「何から何まで、ありがとうね……あの人倒したから、毒の進行も遅くなってるや」
傍らで座る月音の頭を撫でる。
感覚的に毒の進行が遅くなっているのに気づき、安堵から嘆息した。
喀血を繰り返したことで、血の味が舌にこびり付き、鉄の匂いに眉をしかめるが、敵を倒した事には違いない。
「でも多分、二度同じ事をしろって言われたらできないかもなあ……ねえ、実はあたしの中に居るあなたが、不甲斐ないあたしを見て助けに来てくれたんじゃない?」
目を開き、月を見る。
傍らに座る月音はだいぶ揺らいできていた。
霧散が近いことを悟り、問いかける。月音は少し困りながら笑みを返した。
「ほーら……本当にあなたは心配性だなぁ。でも、ありがとうね、あなたが居なかったら、あたし死んでたよ」
腹部を擦る。未だにドクに刺された痛みが引かない。
今回の戦いは全て土壇場だった。完全に背水の陣で戦い、技もその場で生み出したものばかり、想定を超える敵に、想定を超える戦い方をした梓の身体は、毒が引いていると言っても悲鳴を上げ続けている。
「もう大丈夫……回復したいから、一旦解除するね?」
再度頭を撫でる。決意するように月音が頷いた途端、霧散して梓に霊力が帰っていく。
休むために目を瞑り、微睡みを泳ごうとした途端、付近で爆発音がして咄嗟に目を覚ました。
「な、なに……!?」
ビルの壁を杖にして無理矢理立ち上がる。
爆発音は次第に近くなってきて、何とか一本ずつの霊鞭を構えた梓を迎え入れるように、ある影がビルを破って出てきた。
影は二つ、一つは劉兎そしてもう一つは――。
「竜さん?」
「梓! 何でここに……いや、その傷大丈夫か!」
呟いた梓の声を聴き、振り返った劉兎。
夥しい梓の傷を見て目を見開きつつ、ノイと拳を交える。
激突する両者、空中に跳び上がったノイを追い、劉兎も跳び上がる。
空中で肉薄し、ノイの拳を避けて蹴り飛ばす。ノイはそのまま近くのビルに激突し、劉兎は蹴った衝撃で後退しながらも一回転して着地した。
「あたしは大丈夫だよ~毒喰らっちゃったから動けないけど」
「それって大丈夫じゃねぇじゃん!」
ビルを蹴り、劉兎に向かって進撃するノイ。
両手で掴み合った二人は、衝撃と共に激突する。落下と霊力強化の合わせ技で威力を上げたノイに対し、霊力強化のみで立ちはだかった劉兎は地面に両足をめり込ませた。
それでも一切退かない劉兎は、再び鍔迫り合いに勝利し、先に膝をノイに入れ、殴り飛ばす。
「あれは……竜さん、じゃないよね」
「ああ、前に話したと思うが、竜さんの心臓を使って霊の歌が創り出した、悪趣味な紛い物だ!」
語気を強め、霊力を開放する。
身体の負担を考え、薄氷の使役は控えつつ、迫りくるノイに相対する。
動けない梓を置いておくわけにはいかず、しかしノイから目を離すわけにもいかない。
板挟みになる劉兎だったが、しっかりと視線をノイに向けていた。
「ガアアアアッ!」
「流石に力じゃ分が悪いか!」
同時刻、闘技場跡。
巨人と相対する仁志もまた、苦戦を強いられていた。
先刻、開戦と共に槌同士で殴り合った両者。結果は火を見るよりも明らかで、槌ごと身体を押された仁志が地面を転がるという結果だった。
けれども、その事実は仁志も察していたものである。一切気にすることなく立ち上がると、寸前まで迫っていた巨人の槌を飛び退いて見せた。
「じゃあ、チクチクさせてもらうわ!」
本能的に槌を持ち、叩き潰すためだけに振るう巨人。
その眼は回っており、一切正気ではないということだけが伺える。
だが、正気でないなら好都合。今の仁志の敵ではない。
両手に槍を創造し、迫る巨人に向かって走り出した。
「オオオオオオッ!」
「獣が……!」
頭上から振るわれる大きな槌。
当たれば即死級であるが、仁志は冷静に跳び上がると空中で槌とすれ違う。
地を叩く槌はそれだけで地面にヒビを入れるが、仁志はその槌に乗ると再び蹴って巨人の頭上に跳び上がった。
獣のような反応速度で柄を仁志に突き出す巨人だったが、それすら足場にして高く跳び上がると、巨人の春上空で槍を投げつける。
そのまま一回転すると、巨人の背後に着地した。
「ウ、グ、ゴ……」
「鈍いな」
両肩に槍が刺さり、その場に項垂れた巨人。
呻き声のみ上げる巨人を見ながら、仁志は静かに薙刀を創造する。
そして容易に巨人の脚を両断すると、巨人は瞬く間にその場に崩れ落ちた。
「……お前、極悪霊じゃないな」
薙刀を担ぎ、倒れた巨人に乗る。
首はすぐそこにあった。
「どこに飛ばされたのかもわからないし、さっさとトドメ刺すぞ」
薙刀を構え、首に向かって振るう。
その一連の動作に迷いは無かった。
それでも、薙刀は停止する。
「掴まれた……!」
薙刀の柄を、巨人が掴んでいたのだ。
力では勝てない以上、仁志は薙刀を離すしかない。その上、あまつさえ痛覚さえないと言わんばかりの巨人の狂いっぷりは、ついに両断された脚をそのままに立ち上がるという芸当をさせた。
咄嗟に飛び降りる仁志、しかしそれが間違いだと直ぐに気づく。
両手と足で器用に蠢いた巨人は、そのまま額で仁志を突き飛ばす。地面を何度かバウンドした仁志だったが、間髪入れずに足を治した巨人が仁志を蹴りつけ、観客席に突き飛ばした。




