第104話 監紫獄
「さあ! 僕の可愛い子狐ちゃん! 『監紫獄』はどうかな!」
「な……なにこれ!」
ドクと戦闘を繰り広げていた梓だったが、突然地面の毒溜りから伸びた網に囚われ、空中で捕まってしまった。
ドクの檻、通称『監紫獄』に囚われ、梓は身動きが取れなくなっている。
捕まりながらも、なんとか霊鞭を身を纏い、直撃は抑えていた。
毒溜りと同じく、毒でできた網も勿論触れれば毒に侵される。霊鞭から感じる痛みに眉をしかめながら、刺激臭に顔を逸らす。
「こんな檻に閉じ込めたって、触らなきゃどうとでもなる!」
「ふうん、そうかい」
網の先に延びる毒液がビルとビルを繋ぎ、梓を空中に留まらせる中、ドクは優雅にその毒液の上に立って腹部に出来た狐火の火傷を治療していた。
対する梓も一筋縄ではいかないと示すべく、囚われながらでも狐火を繰り出した。
しかし、狐火を阻むように地面の毒溜りから現れた大蛇が身代わりになり、燃え上がる。
大蛇が蒸発していくその裏で、ドクはギザ歯を見せて笑っていた。
「まあ、その威勢もいつまで続くのやら」
「ッ!」
ドクを睨みつけていた梓だったが、咄嗟にその場で身を翻す。すると、梓を貫く様に毒液の光線が伸びていた。
梓が間一髪避けたことで、ドクに吸い込まれていく光線。悪霊憑依による野性的感性で避けただけに過ぎない梓は、大きく息を荒げていた。
「凄い凄い! まさか、死角からの攻撃を簡単に避けて見せるなんて、君は可愛いだけじゃないんだねぇ」
「うっさい!」
「ふふ、怒っている君も可愛いよ……でも、そろそろ終わらせるね」
一通り梓を嗤ったドクは、身体からあふれ出る毒液を四方に飛ばす。
飛ばされた毒液はビルの壁や地面に付着すると、その全てが梓に向かって毒液の光線を放った。
「ごめんね……『チビ狐』!」
「ほう……」
矢庭に淡紅色の霊力を増幅させ、いくつかの小さな狐を創り出す。
感心するドクに対し、即座に梓を守るように動いた小さな狐たちは、やってくる光線を身体を使って防ぎ切る。
防ぎ切ったのも束の間、梓の眼下にある地面にヒビが入り、先程よりも巨大になった大蛇が口を開けて現れた。
「なんのこれしき!」
監紫獄ごと梓を飲み込もうとする巨大蛇に対し、光線を防いだチビ狐たちにそのまま狐火を付与して激突させる。
一瞬の膠着の後、元よりアドバンテージを取れていた狐火が巨大蛇を燃やしていった。
監紫獄も解かれ、割れた地面の瓦礫に着地した梓。ドクを睨みつけると、同じく着地していたドクは笑みを貼り付けていた。
「茶番はここまでね」
刹那、梓の背中を何かが貫く。
貫いたのは、伸びる毒液の光線だった。
痛みはそれ程ではない、細い糸のようにも見える一撃、貫かれたと言っても大きな穴が開いたわけではない。
しかし問題は、被毒してしまうということだった。
「ぐっ……あああああッ!」
「僕の毒は被毒後だいたい二分で死に至る、残念だったね、君の命もここまでだよ」
貫かれた直後、即効性のある毒が全身に回る。
痛みから叫んだ梓は、無理矢理歯を食いしばりながら地面に膝を付いた。
今まで喰らったものとは違う、細胞から破壊するような痛みにのたうち回りそうになるのを抑え、鼻を劈く腐敗臭に飲まれながらも、霊鞭を保つ。
自身にできるだけ近づかせないように、六本の霊鞭を振るうものの、乱雑な攻撃が当たるわけもなく、辺りを壊すだけに留めてしまった。
「さあ、どうする? 君は最期に何を見せてくれるんだい!?」
大げさに両手を広げ、梓を煽るドク。
明らかに油断しているが、今はそれに反応できるほど梓の頭は回っていなかった。
全身に走る痛みに、呼吸は荒く、額に滲む汗が垂れる。
しかし不思議と、梓は立ち上がった。
そして、笑みを向ける。
「じゃあ、もう消耗とか気にしなくてもいいわけだ」
「……は?」
梓の言葉に、ドクの眼が見開かれる。
期待していた答えではなかったのか、明らかに苛立った様子を見せると、口を開いた。
瞬間、梓の全身から淡紅色の炎が放出される。
「妖狐化!」
明らかに正気ではない、梓の狂ったような瞳がドクを射貫く。
そして、獣のように四つん這いになった途端、噴き出していた霊力は梓へと集まっていく。
頭からは狐耳が生え、犬歯が力強く伸びる。尻尾が九つに割れ、毛並みが鋭くなっていく。
そして何よりも、瞳が赤く光り輝いていた。
「さっきまでの可愛かった君はどこにいったんだい!」
驚きを隠せないドク。対する梓は歯を食いしばりながら涎を垂らす始末。
呻く梓、それは痛みからであったが、毒なのか、身体の変化ゆえなのか、本人にすら分からなかった。
「とりあえず……鎮まれ!」
「ううううッ! アアアアアッ!!」
目の前の道を包み込むように、大蛇を出すドク。
毒液を撒き散らす大蛇は、一直線に梓に向かう。
しかし、最早被毒など気にしない梓は、大蛇に向かって跳び出すと、鉤爪状に硬化させていた霊鞭に狐火を纏い、容易く斬り伏せた。
更に、大蛇の身体を突き破り、背後に立っていたドクの身体にバツ印の傷跡を付ける。
「冗談じゃない……『監紫獄』!」
「『化け狐』!」
身体を斬りつけられ、バックステップで距離を置くドク。
すかさず監紫獄を繰り出し、梓を捉えようとするものの、身体から噴き出した霊力が狐の形を取り、収縮しようとする網を掴んで引き千切った。
「マ……マジか!」
「ガアアアアアッ!」
梓の全身から普通ではない軋み音が響き渡るものの、監紫獄を壊されたドクは完全に慄いていた。
踵を返そうとするドク。当然許さない梓は、そのまま捨て身でドクに頭突きし、突き飛ばす。
「ふ、ふざけんなよ!」
地面を転がり、死に物狂いで大蛇を生成するドク。
迫りくる大蛇に対し、梓が選んだのは静観だった。
口を開ける大蛇に対し、自ら飛び込むという暴挙。
驚くドクだったが、即座に大蛇が苦しみだし、身体が崩壊する。現れた梓は、再び狐火を纏っていた。
「アアアアアッ!」
そのまま地を蹴り、ドクの腹部に鉤爪状の霊鞭を突き刺す。
しかし、同時にドクの身体が液状化し、地面に浸透してしまった。
「えっ! ど、どこに……!」
間一髪逃れたドク、正気に戻った梓は辺りを見渡す。
けれども、散乱する毒溜り、どこから出て来てもおかしくない。
そして、その懸念を表わすが如く、毒液で創造された刀が梓を突き刺した。
「危なかった……間一髪だよ」
刀を刺され、瀕死になった梓。
安堵しながらドクが刀を引き抜こうとした、その瞬間だった。
「え……」
ドクの右腕が斬り落とされたのだ。
斬撃が来たのはドクの真横、恐る恐る視線を動かすと、そこには淡紅色に光る月音が睨みつけながら立っていた。




