第103話 攻守逆転
「さーて、コイツはここでいいかな」
劉兎達が結界に入る数分前、どこかのビルの一室で、シワだらけの顔を持つ背の低い老人が呟く。
その手にはタブレット型のデバイスの様なものを持っており、ニヤニヤしながら画面を注視していた。
彼こそがこの大きな結界『未完迷宮』の顕現者である、極悪霊のカイである。
カイが操作するデバイスは、もちろん未完迷宮に関するものであり、画面には大まかな結界の地図と、霊力を検知することで反応する位置情報がリアルタイムに送られていた。
「さっきジュンと対峙していたヤツ、あそこから動かないな……出方を伺ってるのか、まあいい」
転送のために座標を指で動かしていく。
今しがた萌葱の場所を移動させた。
「ドクと戦闘中の奴はそのままでいいな……お、外でまた悪霊退散会が来やがったか、手っ取り早く迷宮に入れて……」
「楽しそうだな」
「ッ!」
それは、生界に突入した劉兎達を結界に入れた直後だった。
突然背後から聴こえた声に、飛び退きながら顔だけ背後を見る。その脚は既に逃亡のために動き始めていた。
カイの背後に居たのは祥蔵。両手の霊鞭を迸らせ、強くカイを睨んでいた。
「どうやってここに……! いや、何故座標に掛からない!」
「……質問は一つにしろ、下衆。どうやってだって? 虱潰しに探しただけにすぎん!」
逃げるカイを追う。
静かに窓を割って入って来ていた祥蔵は、不意打ちでカイを殺すこともできた。
しかしそれをしなかったのは、カイを殺した時にこの未完迷宮がどうなるか分からなかったため。
だが、戦闘不能にする方法など、いくらでもある。
「だとしてもだ! どうやって位置情報を誤魔化した!」
『おい、カイ! 人選間違えてるぞ! オレはあのガキだろうが!』
「ッ! やかましい!」
逃げながら座標を動かしたこともあり、ノイから入る指摘。
本来であれば、仁志をノイの前に置くつもりであったが、祥蔵を前にした今、そのような微調整は行えなかった。
「俺の霊鞭はな、分離できるんだよ」
「……は?」
ビルの中を駆けていく。
不意に、祥蔵が自分の拳から出る霊鞭を引き千切った。
「そんなこと……できる訳! 霊鞭は神経に繋がっているんだろ!」
「本来はな、俺は違う、ただそれだけの話だ!」
引き千切った霊鞭を槍のようにカイに投げる。
寸前で身を翻して避けたカイは、そのままデバイスをノールックで弄る。
基本的に未完迷宮の操作に全力を注いでいるカイに、戦闘能力はない。だがそれは、迷宮の管理を全て霊力で行っているということ。
カイと祥蔵の間に亀裂が入る。同時に、カイの立っている廊下がせり上がり、祥蔵の目の前から姿を消した。
「ビルの階を増やしたのか!」
直ぐに思惑に気付き、階段を駆け上がる。
咄嗟の判断だったこともあり、一階しか増やせなかったカイは、直ぐに祥蔵と相対する。
相対したカイは、ジュンの作った歪な拳銃を握っていた。
「死ね!」
祥蔵の姿を見た途端、発砲。
踊り場で拳銃ではありえない威力の銃撃を受け、背後の窓ガラスを破って外に押し出される。
追撃で同じく踊り場に走ったカイだったが、空中で柄にもなく笑みを浮かべる祥蔵を見た。
刹那、壁から肥大化した霊鞭が放出され、カイの肩を貫く。分離された霊鞭だった。
「クソ! あの野郎!」
デバイスを落とし、痛みから肩を抑える。
血が噴き出し、地面を黒く汚していった。デバイスを拾おうとするも、カイの力が揺らいだせいもあり、霧散してしまう。
更に、空中で体勢を立て直した祥蔵は、即座に霊鞭を壁に刺し、巻き戻すことで階下の窓ガラスを蹴破ってビルに再突入した。
「まだだ……まだこっちには小型のデバイスが……!」
懐からデバイスを出し、画面を見る。
カイは、自身の眼を疑った。
「何だ……この座標の数は……」
カイの目に映ったのは、地図上に張り巡らされた無数の座標。
直ぐに窓から外を見る。複数のビルの屋上から、祥蔵の分離された霊鞭のようなものが天に伸びていた。
「逃がしはしないぞ!」
「ぐはっ!」
そんなことをしている内に、階段を駆け上がってきた祥蔵。
持ち前の霊鞭を伸ばし、カイの腹部を貫く。貫いたまま引き寄せると、そのまま殴り飛ばした。
地面を転がったカイ。こめかみと鼻から血を流しながらも起き上がると、追撃で迫る祥蔵に向かって両手を翳した。
「飛べ!」
瞬間、ビルの大きさが元に戻り、祥蔵を転送させる。
腹部と肩から溢れる血が留まることを知らない中で、カイは大声でジュンを呼んだ。
数分後、やってきたジュンが見たのは、傷だらけで地面に寝るカイだった。
そんなジュンは、傷跡を見るや否や、カイを背負う。
「おい! 回復させろ!」
「アイツと交戦中ならそう言え! 私の力はアイツと相性が悪いと言ったろうが!」
「アイツ……? 何故分かったんだ……?」
「後ろ見ろ馬鹿!」
血相を変えたジュンを見て、戸惑うカイ。
ビルとビルを跳ぶジュンに揺られ、傷は上手く回復しない。
そんな中でゆっくりと後ろを見る。視線の先には、鬼の形相で迫りくる祥蔵が居た。
「おいクソジジイ! もっかい飛ばせ!」
ジュンの言葉にハッとしたカイは、片手をジュンに、もう片手を祥蔵に向ける。
黒い霊力を放出させ、目を見開いた。
「飛べ!」
カイの叫びと共に、視界が暗転する二人。
視界が晴れると同時に、どこかの部屋に転送された二人は地面に激突した。
「クソ……もっと優しく着地しろ」
「助けてもらっただけありがたいと思えよ!」
言い合いをする二人。
しかし、傷の深いカイは直ぐに元気をなくし、その場に倒れ込んだ。
「急にどうしたんだ……お前なら座標を把握できるんじゃないのか」
「……できるさ、だが、今回はアイツに逆手を取られた。アイツは、霊鞭を分離できる」
「分離……なるほどな、一本の霊鞭ならまだしも、複数分離させて同じ場所に置けば、それはただの霊力の塊だ。いくつ出してるか知らんが、とてつもない霊力が必要という点を除けば名案だな」
「結果的にしてやられた……暫く僕は使い物にならん……強制転送ももう使えん」
「……お前がこの結界を作って無かったら殺してたよ」
カイの横に座り、嘆息するジュン。
傍らに見える景色には、聳え立つ分離霊鞭が見えていた。
「そうか……こっちか」
その景色の向こう。分離させた霊鞭の下で、祥蔵は何かを確認していた。
ゆらゆらと揺れる霊鞭に触れ、地面の揺れを感じる。
まるでダウジングのように探り、カイ達の居場所を突き止めていく。
数秒触り、更に霊鞭を増やす。何かを察知した途端、祥蔵は跳び出した。




