第102話 各所にて
「何だ……これ……『緊急事態のため全員出動』?」
「本当に誰も居ないわね……私のデバイスが使われているし……」
一方霊界では、トヨとの謁見を終えた劉兎と華鈴が悪霊退散会に戻ってきていた。
トヨから万が一を考慮され、帰った後にデバイスを起動するように言われていた劉兎は、梓から来ていたメッセージを今しがた受信する。
同じく華鈴も、自身のデバイスでゲートを開いた記録があるのを見て訝しんでいた。
そして何よりも、謁見に出かける前は居た筈の梓達が居ないこともあり、疑問が加速していく。
「劉兎くん……どうやら任務が来ていたみたい。しかも【神様】からじゃなくて、私自身のデバイスが検知した……極悪霊の!」
「極悪霊……また出たんですね」
「それだけじゃない……これ、見てくれる?」
華鈴にデバイスを受け渡され、画面を見る劉兎。
画面には住宅街の地図が展開されていた。
「何ですかこれ、どこの地図ですか?」
「今、皆が行っている筈の場所よ」
「行っている筈って……華鈴さんと会長のデバイスは、俺達会員のデバイスから位置情報を検知しているんじゃないんですか? 一切座標のピンないんですけど」
「そうなの、ピンが無いのよ。ただ、確実にここにはいる筈なの」
「なんか一気にきな臭くなりましたね」
デバイスを華鈴に返し、そそくさと準備を始める劉兎。
謁見用に来ていた制服を脱ぎ、直ぐに戦闘服へと着替えていく。
その間に華鈴はゲートを準備していた。
「いい? 最優先は皆の状況確認。極悪霊の祓除は後回しでいい」
「分かってます。まずは居る筈の皆と合流する!」
華鈴の指示でゲートは開かれる。
不穏な空気が会内を流れていく中で、劉兎は硬く決意をして突入した。
「と言っても……地図通りただの住宅街じゃないか」
生界に降り立つ。しかし当然そこはただの住宅街。
夕暮れ時となった住宅街は、一般人が帰宅のために練り歩いている。
そして、黒い霊力による結界が無い事に気付くと、直ぐに琥珀色の霊力を纏った。
「あれ、劉兎さん」
「……仁志! 何でここに!」
全方位警戒を始めた劉兎に最初に会ったのは、梓でも萌葱でもなく、仁志。
ブロック型の携行食を食べながら歩く仁志は、何食わぬ顔で劉兎に挨拶した。
「劉兎さん意識戻ったんですね……何でって、聞いてないんすか? オレ、今武者修行中です。劉兎さんこそ何でここに? ここ、結界も無いんで悪霊も居ないっすよ」
「修行ってのは聞いていたが……丁度いい、お前にも手伝ってほしい」
キョトンとする仁志に対し、劉兎は即座に説明を始める。
梓達がここに来たはずであること、任務の場になっている筈なのに、華鈴のデバイスからも位置情報が取れない事、そして、極悪霊が居る事。
全てを掻い摘んで説明し、食事途中だった携行食を無理矢理飲み込んだ仁志は、目つきを変える。
「また極悪霊ですか……」
「なあ、梓達を見てないか?」
「見てないっす、オレさっき来たばっかりなんで」
「そうか……ッ!」
仁志の回答に落胆した直後、肌を刺すような重圧に気付く。
仁志も同じく気づいたらしく、全身から蒼色の霊力を放出した。
無意識に背中合わせになる二人、全方位警戒を開始した。
「何だ……この感覚、約一週間くらい生界に居たけど、こんなの初めてっすよ」
「……十中八九極悪霊だ。警戒を怠るなよ――」
警戒を促した直後、一瞬だけ視界が暗転する。
背中に感じていた仁志の感覚が消えたことに気付くと同時に、劉兎の視界に広がったのは山の麓。そして、目の前から歩いてくる見覚えのある影。
「……そういうことか」
「おい、カイ! 人選間違えてるぞ! オレはあのガキだろうが!」
劉兎の目の前には、あの忌々しいバラクラバのノイが立っていた。
竜と同じ顔、同じ声。それを見るだけで腸が煮えくり返る思いに駆られる。
心臓から沸々と沸き上がる怒りを体内に循環させ、ノイを睨みつける。
ノイは目の前に劉兎が来たのが気に入らないのか、到底竜がしないであろう悪辣な表情で天に声を上げる。
しかし、反応が無いのを見ると、静かに舌打ちをして劉兎を睨みつけた。
「劉兎さん!?」
同時刻、劉兎とは全く別の場所、闘技場のようになっている場所に飛ばされた仁志。
辺りを見渡し、夕暮れだったのが夜になっていること、空気が淀んでいて、湿っぽい空気が鼻腔を擽ることを確認すると、警戒を続けながら劉兎を呼ぶ。
「ギガ……ガガガ」
「オイ……闘技場みたいだなと思ってたけど、まさかマジで現れるとは思わんだろうが」
警戒を続ける仁志に対し、地を這う重低音が視線を一点に見つめさせる。
まるで地響きのような、地鳴りのような、心臓を強く叩くような重低音が段々と近づいてくると、ついにその姿を現した。
現れたのは男。但し、その体躯は二メートルを優に超えており、その手には体躯と同じくらいの大きさをした槌が握られていた。
「巨人って……もう何の悪霊なのか分かったもんじゃねえな」
「ガアアアアッ!」
「しかも……正気もぶっ飛んでやがる!」
仁志を視認するや否や、叫びながら突進してくる巨人。
最早踏み潰す事すら可能と思わせる地響きに、咄嗟に槌を創り出した仁志。
「うおおおおおッ!」
槌対槌。
雄たけびを上げる仁志と巨人。両者の槌が激突する。
「今度は何だ……」
更に同時刻、萌葱は公園に飛ばされていた。
周りを見渡すも、そこには誰も居ない。本来であれば、転送後は基本的に敵からの不意打ちがあったものだが、今回は音沙汰がなかった。
「ヒヒ……居るぜ」
「ッ! 誰だ!」
聴こえた声に反応するように、刀を横に薙ぐ。
しかし周りには居ないのか、萌葱の攻撃は空を切るだけだった。
「バーカ、下だ下」
「……下?」
声に従うように、眼下を望む。
すると、萌葱の身体から伸びていた影が、萌葱の身体から離れ始めていた。
更には、独りでに動き出し、萌葱に向かって刀を向ける。
「何だッ!」
咄嗟に飛び退き、刀を回避する。
完全に萌葱から離れてしまった影は、ゆっくり地面から這い出てきた。
「……オレは、極悪霊のカゲ。お前の影はオレが貰った」
「ダメージは無い……影に憑依する能力か」
萌葱の考察に、ご明察と声を上げるカゲ。
萌葱の影を乗っ取った事もあり、見た目は完全に黒いだけの萌葱である。
その手に持つ刀も同じものであり、緊張が走った。
不意に、影の口があり得ないほどぱっくりと開く。
「お前は今から影であるオレに負けるんだ、そして代わりにオレがお前になってやるよ」
「やってみろ、偽物が」
開いた口は避けながら笑みを浮かべ、萌葱に向かって刀を向ける。
対する萌葱も、紅い霊力を放出させた。




