第10話 免許皆伝
翌日、萌葱と共に生界に降り立っていた劉兎。しっかりと戦闘服を着用して、既に霊器を使って刀を創造していた。
「準備はいいな」
「はい、いつでも行けます」
琥珀色の霊力を纏い、全身を強化していく。同時に、劉兎の眼が琥珀色に輝いた。
「アタシは基本的に手出しはしない。以前のように特別なことがない限り、お前が死にかけたとしても、その目に意思が宿る限りは助けない」
「大丈夫です。ここまで訓練してきたんですから」
劉兎の表情を見て、少しだけ口角を上げた萌葱は、そのまま付近の家屋の屋根に跳び移った。
深夜の閑静な住宅街の中、劉兎の足音だけが木霊する。
「……居ないな」
辺りを捜索するも、劉兎の目的である小人は見つからない。しかし、突き当たりまで歩き、角を曲がろうとした刹那、全身が紫色に肥大化した小人が現れた。
「何だお前は! ここは俺のナワバリだぞ!」
「……お出ましか」
ヨダレを垂らしながら騒ぎ立てる小人に対し、冷静に劉兎は刀を構える。
二回りは違うであろう体格差に慌てることも無く仁王立つ劉兎に憤りを感じた小人は、すぐさま地を駆ける。
「お前も、俺の、養分にしてやる!」
「来い!」
劉兎と肉薄し、拳を振り上げる小人。
流れるままに振り下ろされた太い腕を、劉兎は刀で受け止める。
一瞬の膠着の後、劉兎は拳を往なした。
「アアアッ!」
「悪いが、祓除するッ!」
往なされた小人の拳は劉兎の横の地面に刺さる。
その隙を劉兎は見逃さず、一歩さらに間合いを詰めると、小人の身体を袈裟斬りにした。
「痛えなァ!」
「その身体、一体何人の幽霊を食べてきたんだ?」
「ンなこと覚えてるかよ!」
斬られた傷から溢れる黒い霊力。
痛みから激昂した小人は暴れ始めるが、理性をなくした拳は既に劉兎の敵ではなかった。
大振りで繰り出される拳を、自身に当たるものだけ瞬時に判断し、避け、往なしていく。そうして作った隙で更にカウンターを与えていく。
「ちょこまかとォ!」
「訓練通りだ……!」
迫る拳を往なし、その勢いのまま回し蹴りを小人の腹部に刺す。一歩仰け反った小人を追うように跳び上がり、顔面を殴る。
巨躯を維持し続けられない小人は、その勢いで地面に伏した。
「ふむ、まあまあか」
屋根上で倒れた小人の首を斬り、祓除した劉兎を見ながら萌葱は軽く思案する。
小人の身体が霊力に代わり、霧散していくのを見届けると、劉兎の横に跳び降りた。
「よし、ちゃんと倒せたな」
「被弾なしです、上々では?」
「ああ、訓練の賜物だな。よく短期間でここまで成長した」
萌葱の褒め言葉に頬が緩む劉兎。しかし、萌葱の眉間にはシワが入る。
「勘違いするな、これでやっとお前は免許皆伝ってだけだ。しかもまだ相手にしたことあるのは小人だけ、本物の悪霊はこんなにヤワでは無い」
「……霊の歌ですよね?」
「あれは別格だが、要するにあいつも悪霊の一人であることには変わりないからな、その認識でいい」
話している二人の背後でゲートが開く。
萌葱に続くように劉兎もゲートへと入っていった。
「お疲れ様、どうだったかな?」
「特に問題ないですね、小人と対面しても冷静でしたし、ちゃんと祓除してました」
「なら結構」
悪霊退散会に戻り、待っていた幸太郎は笑うでもなく真面目な顔で結果を聞く。
一通り報告を聞いた幸太郎は、真っ直ぐ劉兎を見た。
「これで君も立派な悪霊退散会員として、これから様々な任務をこなしてもらうことになる」
「はい! よろしくお願いします!」
「とりあえず君を仮会員から本会員として登録するよ、これで訓練期間、研修は終わりだ」
懐から一枚の紙を取り出す幸太郎。劉兎が仮入会の日に霊力を登録した特殊な紙だった。
その紙に向かって幸太郎が手をかざすと、登録済という赤いスタンプが押される。
「よし、改めて説明するけど、私達は基本的に生界の悪霊を祓う組織だ。だから霊界の治安維持は担っていない。生界の治安維持は様々あるが、基本的には突出して黒い霊力を放ち、人々に危害を与える悪霊を祓うように指示される」
「指示? 誰かから言われるんですか?」
「まぁ便宜上は【神様】からとされている。これを私達は任務と呼んでこなしている」
「まぁウチでもある程度生界の状況は分かるようになっているがな」
話しつつカウンターから一台のスマートフォンを出す幸太郎。促されるままに劉兎は受け取り、画面を見た。
「それは悪霊退散会に支給されるスマホ型デバイスだ。短距離の無線が繋げられたり、そこに任務が入ってくる」
「基本的に任務の管理は会長と華鈴さんがやっている」
「へぇ……便利なんですねぇ」
デバイスの画面はシンプルで、無線と電話と依頼の機能以外には特に何も無い。その青白い画面をまじまじと見ていると、不意に通知が鳴った。
「これは?」
「私の方から任務を送らせてもらった。基本的にその人の能力や力に適したものを分散して送らせてもらってる」
「なるほど……って『トイレの花子さん』!?」
依頼の文章を見て驚く劉兎。その横で萌葱も画面を見ていた。
「そう、最初にはちょうどいい相手だと思う」
「ちょちょちょ! トイレの花子さんなんて俺でも知ってる怪談ですよね!? めちゃくちゃ強いんじゃないんですか? それこそ言霊で強化とかされてそうで……」
「その辺は大丈夫だよ、確かに学校にまつわる怪談は人々の噂で大きくなりやすい。だがその分我々が何度も出現した学校に忍び込み、祓っている」
「要はそいつは新規で現れた悪霊ってことだ、アタシも最近別のを祓ったしな」
萌葱と幸太郎から諭され、少し安堵する劉兎。
任務の文を全て読み終えたのち、一番下に用意されている受領の欄を触る。
すると、任務が劉兎のものとなったのか、ホーム画面のアプリの右上に赤い丸が付いた。
「よし、受領してくれたね」
「受領したらすぐに行かなきゃダメですよね?」
「いいや、別に一週間くらいなら置いてくれて構わない。今はひとつだが、戦っていくうちに任務は溜まっていく、その時に優先順位をつけて欲しいからね」
「まぁ優先順位は任務の欄の色で分かりやすくなってる。今回のは言霊で肥大化する可能性が極めて少ないから青色、危険なやつは赤色になってる」
「分かりました……じゃあ準備して行こうと思います」
一通り確認ができた劉兎は立ち上がる。
話を聞いてもなおすぐに行こうとしたことに驚く二人だが、劉兎が行く気満々でウォーミングアップを始めると、少しだけ微笑んだ。
「ちなみに電話のアプリには緊急通報の機能もある、もし勝てないと思ったら遠慮なく使ってくれ」
「死にそうになったら使えなくないですか?」
「その辺は安心してくれ、そのデバイスは既に君の霊力で登録してある。戦闘中に危機的状況になってたら自動的に報告が来るようになっているよ」
「アタシ、華鈴さん呼んできます」
デバイスを戦闘服のポケットにしまい、手首や足首を回して温めていく。
程なくしてやってきた華鈴が、劉兎の前にゲートを創った。
「行ってらっしゃい」
「はい、行ってきます」
三人に見送られ、ゲートに入る劉兎。
ゲートの先は、真夜中の小学校だった。