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第4話 Fランク登録、S級騒動

デルヴ冒険者ギルド。昼時でごった返すホール。掲示板には依頼の札がびっしり。

 受付嬢は眠そうに髪を束ね、羊皮紙を差し出してきた。

「初登録ですね。戦歴、特技、武器……」

「戦歴:帰宅部。特技:早退。武器:無し」

「……Fランクでよろしいですね」

 書類は一瞬で判を押され、木札のギルドカードが渡された。Fの刻印がかわいい。

 隣でリリィが「が、頑張りましょう!」と握り拳。ノクスはカウンターに顎をのせた。

「安宿の割引券どうぞ。依頼は掲示板から自由に」

「これ、荷物運び。短距離だし、よさそう」

 俺が選んだのは、書類の束を役所に届けるだけのF級。

 しかしその書類の束、表紙に小さく「予算案(臨時)」とあり、件の図書塔消火で生じた修繕費が絡んでいるらしい。

 届け先は市役所の三階。最短で行こうと階段を上がると、廊下の先で慌てた役人たちがぶつかり稽古中。

 別棟では、S級の「盗賊王逮捕」作戦の会議が難航しているらしい。捕縛許可の押印が足りない、とのこと。

「コピー、ついでに取ってきます?」

「F級にそんな権限は……」

 俺は書類束の一枚を引き抜き、ホチキス魔具——リリィの落としものを借りて仮押印の位置にパチン。

 すると、塔で再配置された最短路の余波がまだ残っているのか、廊下の掲示板や備品棚が勝手に再配置を始め、必要な係員が勝手に目の前に集まってしまった。

「課長! ここに!」「判を!」「ここで!?」

「今、会議中だが……ええい、押せばよいのだろう!」

 判が連打で落ちる。役所の手続きが三十分で終わり、俺は無事にF級配達を完了。

 受領印と引き換えに、ギルド窓口へ戻ろうとしたら——

「大変だ! 盗賊王が逃走、南門へ!」

「S級パーティ、まだ会議中です!」

 ホールがざわつく。窓の外、黒い外套の大男が屋根から屋根へ跳躍して南へ走る。その先は、昨日迷子が消えた最短路。

 逃走者に最短路を与えたら厄介だ。俺は窓を開け、深呼吸。

「帰る道は、こっちだけ」

 ぽつりと言う。

 その瞬間、屋根の上の洗濯物(黒い外套とよく似た色)がひらひら落ち、逃走者の視界を塞ぐ。

 彼は足を滑らせ、物干し竿に全身がきっちり引っかかって回転、そのまま隣家の庭にきれいに着地。

 庭には近所の子らが作ったぬいぐるみの刑務ごっこ用の紐が張ってあり、逃走者は自らぐるぐる巻きになった。

「捕縛、完了……?」

「今の、何の術だ!?」

「——物干し最短法です」

 誰もわからないが、誰も疑わない。S級パーティが駆けつけ、縄を受け取って礼を言う。

「恩に着る、Fの勇者殿」

「Fで。Fが落ち着くので」

 ギルドに戻ると、受付嬢が半目で書類をめくり、ため息をひとつ。

「F級依頼:配達、完了。追加功績:S級対象の捕縛に寄与。……ランク据え置き希望、と」

「はい」

 木槌がコトンと鳴って処理は終わり。

 報酬を受け取ると、リリィが嬉しそうに両手で包んだ。

「これで砂漠への旅費、足ります!」

「足りなきゃ、帰り道が何とかするよ」

 そのとき、背後で甲高い声。

「Fの仮面英雄だって? 笑わせるなよ」

 振り向けば、金の装飾で固めた若手貴族冒険者の一団。リーダー格が鼻で笑う。

「盗賊王は俺たちの獲物だ。手柄を横から攫って、評価は据え置き? 善人ぶった計算だな」

「計算できるなら、数学のテストで取ってる」

 リーダーは顔をしかめ、こちらに歩み寄る。ホールの空気が刺々しくなる。

 リリィが一歩前に出て、ぎゅっと拳を握る。その手は震えていた。俺は彼女の肩に手を置く。

 その瞬間、天井の梁からハト時計みたいな魔導装置が飛び出して時刻を告げた。「昼だよ」。

 若手貴族のマントの肩留金が、時報の振動でパチンと外れ、ずるっとマントが落ちる。

「うわっ」

 転びかけた彼の足元に、ノクスがそっと尻尾を滑り込ませ、体勢を保たせる。

 そのまま彼は尻もちを回避し、恥もかかずに済んだ。

 ……怒鳴る理由も、なくなった。

「……お前、運がいいな」

「うん、帰りがいい」

 彼は舌打ちして去った。ギルドの喧騒が戻る。

 俺は受付で地図を買い、砂漠への街道を確認した。オアシスの名はサーベルの瞼。昼は熱波で閉じ、夜にだけ開く。

「乾いた竜の涙、取りに行こう」

「はいっ!」

 ギルドを出ると、デルヴの子どもが走ってきて花を差し出した。

「帰宅勇者さま、また来てね!」

「帰宅勇者……新しい蔑称?」

 悪くない響きだ。

 外聞をもう一枚、心の中で脱いで、俺たちは砂漠へ向かった。

 ——帰るために。

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