第2話 王都脱出とドジっ子護衛
翌朝。荷を整え、街道に出る。
ノクスは肩、リリィは大荷物。俺は帰宅のイメトレ。
「今日中に図書都市デルヴの手前まで行こう」
「は、はいっ。えっと……地図は……あっ」
リリィの足もとから、地図が風にさらわれた。紙は空でひらひら舞い、街道脇の立入禁止の柵を軽やかに越えて森の奥へ。
「追いかける?」
「危ないので私が――きゃ」
踏み出した瞬間、リリィのヒールが根っこに引っかかり、半回転。俺は反射的に手首をつかんで引き寄せた。
と、引っかかっていた根がぼきりと折れて、埋もれていた石標が顔を出す。苔むした古い道しるべだ。
「……『古王国の巡礼路』?」
「え、王都の南には失われた古道が――って、聞いたことあります! 巡礼路はデルヴへ続いてるって!」
道しるべの矢印に沿って森を見ると、木々の間の地面がすうっと平らになる。落ち葉がよけ、石畳が顔を出し、苔の間から光が差し込む。
俺はただ、リリィを支えただけだ。けれど巡礼路が勝手に復旧した。
「す、すごい……カケルさま、道まで味方に……!」
「偶然。森のメンテ。」
巡礼路を進むと、昼前には検問に突き当たった。王都の騎士団が陣取り、往来を制限している。
「魔王軍の間者が紛れている。通行は停止だ」
「デルヴへ行く用事があるので、最短で通してほしいです」
騎士は眉をひそめる。が、そのとき、後ろから荷車の車輪がギギッと悲鳴を上げ、車軸が折れた。
積み荷の樽が転がり出て、検問前のぬかるみにジャストで並ぶ。樽の上に板が倒れ、臨時の橋ができた。
「……通路、できましたね」
「か、勝手に!?」
騎士団は顔を見合わせ、最終的に肩をすくめた。「渡れ。ただし護衛をつける」
案内役として若い騎士がふたり同行に加わった。俺の「最短」が世界で物理化しただけだが、周囲は高度な戦術だと誤解している。
道中、彼らは警備のため先行し、俺たちは後ろを歩く。
リリィは緊張しつつも、せいいっぱい気を利かせようとする。水筒を差し出し、猫に話しかけ、俺の歩幅に合わせようとして、石につまずいた。
「あっ……!」
倒れ込む拍子に、彼女の鞄からホチキスみたいな魔具が飛び出し、空中でカチンと閉じる。
次の瞬間、森中に張られていた盗賊のワイヤー罠が「バチバチバチ」と連鎖で針金結束され、樹々にまとめて固定されてしまった。
「何の音だ!?」「罠が……消えた?」
「……(小声)リリィさん、すごい器用」
「ち、違います! 勝手に……!」
結束されたワイヤーの束が、まるで縄梯子みたいに垂れ下がる。先行していた騎士がそれを伝って丘を越えると、丘の向こうで盗賊団の本営があっけなく露出していた。
しかも本営の中心の旗には、なぜかノクスが前足で押しつけた泥の肉球がべったり。盗賊たちは「呪印だ!」と勝手に怯えて投降した。
「勇者殿の……神獣印……!」
「いや、猫の遊びです」
盗賊団が持っていた奪略品を村に返す段取りだけ手伝い、俺たちは先を急いだ。
夕暮れ、デルヴの城壁が見えてくる。すると門前で人だかり。泣いている商人、うろたえる役人。理由は――
「火事!?」
図書塔の一角から煙。人々は桶で列を作るが足りない。
俺は息を吸い、空を仰ぐ。帰りたい。門を開けたい。早く入りたい。
「——風、来い」
言った瞬間、巡礼路の谷から谷風が巻き上がり、煙を外へ押し流す。
風に乗った黒い煤が、塔の周りの水路に落ちた。水路はさっきの盗賊ワイヤーで束ねた縄梯子に連動するみたいにせり上がり、石段を伝って塔へと走り、桶より早く散水した。
ぱちぱち、という音のあと、火は嘘みたいに消えた。
「助かったぞ勇者殿!」「デルヴの書庫が守られた!」
歓声。俺は手を振ってごまかす。やったことは入城を急いだだけだ。
だが結果として、デルヴの人々は俺を**「消火の英雄」**と呼んだ。ノクスは肩でどや顔、リリィは潤んだ目でこちらを見上げる。
「カケルさま、きっと帰郷門も、すぐに見つかります」
「そうだね。明日、図書塔で話を聞こう」
夜。宿のベッドで天井を見つめる。
帰りたい。帰る道。俺が願うたび、世界は素直すぎるくらいに動く。
——それは多分、良いことだ。今は。
肩の上のノクスが小さく鳴いた。「ニャ」。
返事代わりに、俺は電気も無い天井に、心の中で蛍光灯の紐をぶら下げて引っ張った。
——ぱち。脳内の灯りがついて、すぐ眠くなった。
明日、図書塔の封書を開けて、帰り道のヒントを手に入れる。たぶん、たまたまで。