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第1話 召喚即、帰宅希望

 目を開けると、金ピカの広間。天井まで届く旗、光る床、豪華な服の人々。そして、正面の王冠の人が両腕を広げた。

「異界の勇者よ! 魔王を――」

「すみません、帰ります」

 拍子抜けするほど静かな声で言ったのは、俺、灰村カケル(十九)。気づけば制服のまま、なぜか剣の像に囲まれている。ミスマッチ感やばい。

 王冠の人が口をパクパクさせ、隣の魔導師っぽい長ヒゲが杖を折りそうな勢いで机を叩いた。

「か、帰るとな!? 世界は滅亡の危機なのだぞ!」

「わかりました、でも俺の世界も朝のホームルームが危機なので。まず帰してもらっていいですか?」

「勇者殿、こちらへ……!」

 急いで駆け寄ってきたのは、栗色ツインテールの侍女。器用にスカートの裾を持ち上げて頭を下げる。

 名はリリィ。あとで聞いた。今はただ、目が丸い。

「帰還の術式……は、伝承にはありますが、現存は……」

「じゃ、伝承の場所まで案内してください。魔王の件は――」

「――まさか、断る気か!」

 長ヒゲが俺の前にズイっと来る。杖の先が鼻先スレスレ。

「召喚は王国の総力だ! 異界の勇者は定めに従い、魔王を討つべし!」

「定めより定期(登校)が大事なんで」

 広間がざわつく。俺はポケットを探る。スマホは……無い。チャージも無い。電波も無い。無い無い尽くし。

 ため息をひとつ。帰り道を見つけるしかない。

「とにかく、帰郷門の情報ください。伝承でも地図でも」

「……不遜な。しかし、我らとしても勇者殿を拘束はできぬ。監視――いや護衛をつける。王都を出るのは明朝だ」

 王冠の人が苦渋の決断っぽい顔で言う。俺はうなずいた。

 帰る。そのためなら、王都でもどこでも歩く。ただし余計な戦いはしない。というかできない。体育二だ。

 ……そう思っていた、このときだけは。

 ◇

 翌朝、王都の南門。

 護衛に任じられた侍女――リリィが、やけに大きな旅行鞄を抱えて立っていた。靴紐が結べていない。心配だ。

「リリィさん、その……紐」

「ひゃっ……! あ、ありがとうございますっ。きょ、今日は勇者様のために、がんばります!」

「勇者って呼ばれると帰りづらくなるので、『カケルさん』で」

「……か、カケルさま……! (小声)近い……」

 顔がほんのり赤い。靴紐を結びながらふと、足もとに影がよぎった。

 黒い。柔らかい。しっぽが忙しく揺れる。

「……猫?」

「ノクス!? どこ行ってたの!」

 リリィが驚く。黒猫は俺の足首に頭をこすりつけてくる。つやつやの毛並み。

 目がやたらと賢そうだ。俺がしゃがむと、胸元に飛び乗って、喉をゴロゴロ鳴らした。

「この子、王都の神殿に住みついてて……人に懐かないはずなのに」

「猫は俺に弱いんだよな。前世――いや現世でも、通学路でよく……」

 質問の視線を浴びたが、説明は省いた。猫は正義。名前はノクスに決まりらしい。勝手に決まった。

 門番がラッパを吹き、俺たちは王都を出た。

 第一目的地は図書都市デルヴ。帰郷門についての古文書があるという。

 街道は広く、人も多い。荷車、旅人、行商。それらに混じって――

「おい、あれ……魔獣じゃね?」

 空気が一瞬で張りつめた。丘の向こうから土煙。角の生えたイノシシのような群れが、一直線にこちらへ。

 騎士が槍を構え、冒険者らしき連中が隊列を組む。

「ど、どうしましょうカケルさま!」

「……どうしましょうって、逃げるに決まってるでしょ」

 俺はリリィの手を取る。ノクスが肩にぴたりと乗った。

 荷車の裏に回り、しゃがみ込む。……そのとき、ポケットから銀貨が一枚、コロリと落ちた。

 銀貨は石に当たって跳ね、たまたま道端の鐘(魔獣避けらしい)にカン、と当たる。

 澄んだ音が、ひとつ。ふたつ。三つめは――なぜか連続音になって和音になった。街道沿いの鐘が次々に共鳴し、音の波が押し寄せる。

 魔獣の群れが一斉に足を止め、耳を伏せ、次の瞬間。

 地面から透明な壁がせり上がった。鐘の共鳴が古い結界術式を勝手に起動させたらしい。魔獣は壁に激突して弾き飛ばされ、隊列は乱れ、丘の向こうに雪崩れるように退いていく。

「……助かった?」

「か、カケルさま……今のは、まさか、結界起動を……!」

「いや、銀貨が……ただの物理現象でしょ」

 俺の声をかき消すように、周囲がどよめく。

「勇者様が鐘を操ったぞ!」「なんて精妙な魔導だ……!」「あの一打で群れを鎮めた……!」

 いやいやいや。操ってない。銀貨が勝手に……。

 リリィが目を輝かせる。ノクスは胸の上でドヤ顔。猫にドヤ顔はある。

「ありがとうございます、勇者様! おかげで荷も人も無事です!」

「勇者じゃなくてカケルです。たまたまです」

 でも、たまたまにしては出来過ぎている。

 胸の奥が、微妙にムズムズする。昨日から、望んだ方向に世界が寄ってくるような感覚がある。

 帰りたい、と思うほど、道が勝手に整っていく。そんな、都合のいい話が――

 ◇

 昼過ぎ。街道沿いの小さな村で休憩。

 村の掲示板には「魔王軍・南方支隊の通達」の張り紙。略奪予告、みたいな物騒な文面。夜に通るらしい。

「デルヴはここから二日……この村、今夜、危ないかもしれません」

「うーん。巻き込まれたくないけど、通る以上、被害は少ない方がいいよね」

 俺は張り紙をはがし、くるくる丸めてポケットに突っ込んだ。

 村の子どもが、古い井戸を覗き込んでいる。綱が絡まって、桶が落ちたままらしい。

「取ってあげようか」

「あ、危ないです! 私が――きゃっ」

 リリィが足を滑らせ、ふたりで井戸の縁にしがみつく。ノクスが肩から飛び、綱を前足で引っかいて……ほどけた。

 桶がするりと上がる。水が太陽にきらめき、光の粒がふわりと舞った。

 それは井戸の縁から村へ、村から畑へ、畑から森へ、薄い膜のように広がって――消えた。

「……わ。空気が、軽い」

「さっきの、何か……瘴気が晴れた?」

 村人が口々に言う。

 俺は肩のノクスを見る。猫は尻尾で俺の頬をぺしぺし叩いた。お前がやったのか? という顔。違うのか? じゃあ誰が。

 夕方、村の入口で見張っていると、遠くから旗が揺れた。

 黒い紋章――魔王軍の南方支隊。十数人の山賊まがいが、歌いながら近づいてくる。

「よ、夜襲の予告って、あんな堂々と来るんですか!?」

「予定、前倒しなんじゃない?」

 村の自警団が震える。俺は、掲示板から剥がした通達を取り出し、旗の棒に括り付けた。

 そして、風上に向けてひらひらさせる。

「な、何を……」

「見せびらかし。『予定公開されてるぞ』って」

 魔王軍の先頭が足を止め、こちらを凝視した。

 次の瞬間、隊列がざわつく。「誰だ計画流したのは」「密偵がいるぞ」「今は撤退だ」――勝手に疑心暗鬼。

 彼らはバラバラに引き返し、森の奥でなぜか同士討ちを始めた。旗が倒れ、喧噪が遠ざかり、夜が来た。

「……勝った?」

「勝ってません。勝手に帰りました」

 村人たちが歓声を上げ、俺に花を投げる。肩のノクスがそれを猫パンチで落とす。

 リリィはほっと息をついて、俺を見上げた。

「カケルさま、やっぱり……最強なんですね」

「いや本当に、ただ帰りたいだけで」

 それでも、事実として村は救われた。

 俺が帰るための道が、またひとつ、勝手に整った――のだと思う。

 その夜、村の宴で出された薄いスープをすすりながら、リリィが言った。

「図書都市デルヴに、帰郷門の古文書があります。封が固くて、誰も開けられないんだとか」

「じゃ、明日はそこへ行こう」

 ノクスが小さく鳴いた。「ニャ」。

 俺は空を見上げる。星は知らない並び。けれど、帰り道だけは、はっきり見える気がした。

 ――帰る。

 それだけ考えて歩いていけば、きっと明日も、何かが勝手に片付く。

 そして翌朝、村を発つ俺たちの背に、誰かがつぶやいた。

「英雄って、案外素っ気ないんだな」

 違う。俺は英雄じゃない。

 ただ 帰宅部なだけだ。

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