綻び
由衣が信者に繰り返す記憶の上書き。
薄暗い室内にひれ伏す姿は、まるで儀式のようだった――。
由衣にとって、もはや習慣となっていたその儀式の最中、
1人の信者が苦しそうな声を上げた――。
ほとんど感情を失っていた由衣も、思わず顔をあげた。
頭を抱え、呻き声を上げる――。
こんなことは今までなかった。
彼女は、由衣に視線を向ける――怯えるような、助けを求めるような。
次の瞬間、その身体は逃げるように走り出していた――。
由衣は慌てて手を伸ばし、“去っていく背中”を見た――。
遠い記憶が蘇る……。
『あー、ごめん。あたし用事あるから。』
初めて能力を使った時。
急に態度を変えて去っていく背中を、茫然と見つめていた――。
あれから、どれだけの人生を壊してきたのだろうか……。
(自分は一体、何をしてるんだろう……)
言いようのない虚無感――。
「いい……。追わなくていいから。」
由衣は、他の信者を制止した――。
*
しばらくして、錯乱している人物の情報がCPAに寄せられた。
奇しくも、その連絡を受け、現場に向かったのは咲希だった。
警察に保護されたが、記憶の混乱がみられ、特殊能力との関連を疑われたそうだ。
今までで最も由衣を思い起こさせる事案――。
はやる気持ちを抑え、保護された人物と接触を図る。
相手は落ち着かない様子で辺りを見回していた。
咲希は、できる限り刺激しないように聞き取りを行った。
それでも途中、取り乱す相手を何度も宥めることになった……。
調査結果をまとめると、
・名前などは答えられるが、最近までどこで何をしていたかは答えたくない様子。
・出身校や職歴を尋ねていくと、途中で記憶の乱れがある。
ここまででもかなり確信めいたものはあった。
記憶の乱れは、恐らく無理に記憶を上書きされたからだろう。
最後の決め手――
咲希は、ゆっくりと息をつき、一枚の写真を見せた。
「見覚えはありますか?」
相手は一瞬目を見開き、答えた――。
「……知りません。なにも。」
その様子をじっと見つめ、咲希は何かの結論を得たようだった。
「そうですか。ありがとうございました。」
声は静かだったが、咲希の内心には確かな手応えがあった。
――本部に報告を終えた咲希の目は、ようやく由衣の影を捉えた。