記憶の消去
もし、自分に特殊能力があるとして……
(考えられるのは、記憶を消す能力……とか?)
だが、それを確かめるには、相手が必要になる。
歩きながらそんなことを考えていると、
隣から聞き慣れた声がして、由衣は現実に引き戻された。
「由衣、聞いてんの?」
「あ、ごめん……なんだっけ?」
咲希は軽くため息をつく。
「友達だよ。ちょっとは増やす努力しなよ?あんたの将来が心配だよ、私は。」
「いいんだよ……私には、咲希がいるんだから。」
咲希とは幼い頃からの親友だ。
そして、多分これからも――私にとって一番、大切な人。
咲希の呆れ顔を見ながら、ふと思う。
もし、私の能力が『記憶の消去』だったら……
加減を間違えたら、私との記憶だって消してしまうかもしれない。
たとえそうじゃなくても、咲希を“実験台”にするなんて……絶対に嫌だ。
唯一の親友を失う想像に、思わず身震いをする――。
「……絶対無理!!」
「……?いや、そんな言い切らなくても。この歳にして、我が子を心配する親の気持ちを理解するとは思ってなかったよ。」
「……咲希がお母さんだったらよかったのにな。」
「あんたねぇ……一応私の方が誕生日遅いんですけど。」
言い終わってから、咲希は少し気まずくなった。
(由衣に親の話なんてするべきじゃなかった……)
しかし隣を見ると、由衣は傷ついているというより、
何やら真剣に考え込んでいるようだった……。
(お母さん、か……)
由衣の両親は早くに離婚していた。
母との関係は、あまり良くない。
理由は分からない。ただ、他の子のお母さんとは、どこか違っていた。
食事は用意される。でも、会話はない。
誕生日ケーキも、おこずかいも――話を聞くたびに、正直周りが羨ましかった。
(……家に帰ったら、試してみようかな。一度だけ、確かめるだけだから。)
*
由衣が帰宅すると、母は無言で台所に立っていた。
テーブルに置かれたのは、おそらく昼に母が食べたおかずの残り。
量は、育ち盛りの子には少な過ぎる――。
文句を言う気にもなれず、黙って食べ、食器を洗う。
ソファには母の背中。スマホの画面を無言で見つめている……。
(……一度だけ。ほんとに、確かめるだけだから――)