2人の帰る場所
由衣は、すぐに病院に搬送され、検査を受けた――。
……結果として、身体に異常は見つからなかった。
彼女が抜け殻のようになっている理由について、医師たちはこう結論づけた。
「自身の能力によって記憶を失った可能性が高い――」
それが事故だったのか、それとも彼女の意思によるものか。
……真相は、今も分からないままだ。
あの廃ビルにいた、由衣の“被害者たち”にも事実は告げられた。
彼女の能力によって記憶を操作されていたこと。
そして、その記憶が元に戻る見込みがほとんどないことも。
それでも皆、一様に由衣の身を案じていた……。
「彼女は大丈夫なのか」と、咲希に問いかけてきた。
*
その後、由衣は専門の施設に移送された。
外界から遮断されたその場所で、国の監視下に置かれている。
咲希は、定期的に彼女を訪ねるようになった。
最初の頃は、
顔を合わせる度に感情が込み上げてきて、涙が止まらなかった。
(あの時、あんな言葉をこぼさなければ……)
(もっと、早く見つけ出せていたなら……)
悔いは消えない。
そんな時、由衣はいつも、
心配そうな顔で咲希を見つめてくれた。
そのたび咲希は、彼女の頭をやさしく撫でながら、こう声をかける。
「……だいじょうぶだよ。」
返事はない――
だけど不思議と、慰められているような気がした。
*
あれから半年が過ぎた――。
面会証を首から下げ、咲希は今日も施設の門をくぐった。
今では道順を覚え、この広い建物の中でも迷うことはない。
由衣の記憶は、いまだ戻る兆しを見せない。
だが、それでも……咲希は歩みを止めない。
面会室に入ると、由衣は嬉しそうな顔を見せた。
おぼつかない足取りで近くまで来ると、
咲希の胸元に頭をあずけ、ほっとしたように甘える。
まるで……自分を母親だと思っているかのように。
咲希は、そんな彼女の髪をそっと撫でながら、静かに想う――。
由衣は――
あまりにも多くの、取り返しのつかないことをしてきた。
社会的には、決して許されるものではない。
能力に翻弄されたとはいえ、それが免罪符になるわけでもない。
……それでも。
“由衣”が、生きていてくれること――
こうして、目の前にいてくれるだけで――
わたしは、何より嬉しい。
咲希は、そっと由衣の背中に腕をまわし、抱きしめる――
悔しさも、悲しみも、愛しさも、全部まるごと抱きしめながら。
その腕の中で、由衣は、
ようやくなにかを見つけたかのように微笑む――
咲希もまた、静かに微笑みを返した。
それが、2人の――
帰るべき場所だった。